第十三話 衝撃の告白
元気な子どもたちの面倒を半日ほどみたことによる疲れからなのか、初ライブの思い思いの余韻からなのか、帰り道の四人はあまり言葉を交わさなかった。一同はとぼとぼと夕暮れを背負いながら、楽器や機材を返すために部室を目指した。
門を潜る。耳に入るのは運動部の声。そこから思い起こされるのは4月の部活動勧誘の声。それが嫌で、先輩が毎日開けてくれていたであろう西門から、コソコソと帰っていたことを思い出した。先輩から同好会へ誘われて、勧誘を丁重に断る理由が出来たのと同じ頃に俺への興味も失せたみたいで、いつの間にか勧誘はされなくなった。「俺、入りたい所あるんで」って今ならはっきりと言ってやれる。
下駄箱。学年ごとに昇降口が違うので、先輩とタナショーとは一度別れる。別に後で部室でなんて言ってないけれど、靴を履き替えて一目散に歩き出す。
「志之、帰りがけに鶴見さんと何を話してたんだ……?」
「あれね。大したことないよ。もっと頑張りますって話だよ」
「……中堂先輩のことだろ」
「まぁ、凛くんのことも聞いたけどー。それは本人に聞けって、はぐらかされた感じだから成果なしだったよ」
「……悪い、疑った。先輩が倒れた時。凄い反応速度だったから、俺たちが知らない何かを知ってるのかと思った……。あの人、オレとタナショーにはあまり話してくれないからさ」
「…………」
返す言葉が見つからなかった。先輩のことに関して、俺しか知らないことなんて無いと思う。だけど、俺にしか気づけないことは確かにあるのだと思ったからだ。タケとタナショーは少しのアクシデントはあったものの、初ライブを無事に終えられたのだから手放しで喜びたいはずだ。しかし、少しのアクシデントと捉えることができない俺や先輩が、態度でそれを否定してしまっている。それが二人にとってどんなに悲しいことなのか、否定している側の俺が推し量っていいわけがない。
聡平と茸木は部室の鍵を取りに行った凛と田中を待ってから、四人はそろって部室に入った。
──カチッ。
扉の鍵がかかる音が室内に響く。それを見越したかのように聡平は口を開いた。
「ライブ楽しかったよね!」
「う、うん! お客さんの前で緊張したけど、練習よりずっと良かった」
「……ああ、震えた」
三人は互いに顔を見合わせて喜びを確認する。それから、一人顔を逸らす凛の方を向く。まるで彼の意見を催促するように。
「……だから言っただろ。出来ると思ったから引き受けたって。こんなんで満足するなよ。まだまだボクの歌に頼りきりだし、これくらい難なくやってもらわなきゃ、先が思いやられるし────」
次々に言葉を並べる先輩の顔はどこか穏やかだった。
「はいはい、そこまでだよ。凛くんも嬉しかったんでしょ。素直に喜んでよ」
「うんうん。僕も中堂先輩のこと分かってきたよ。これは大分嬉しそうだね」
「男のツンデレは需要ない……」
「調子乗んなよ。まだまだなのは本当だからな、お前らも。……ボクも」
凛の一言で、ワイワイとしていた室内の雰囲気が一変する。彼は一呼吸置くと真面目な顔で三人のことを見る。
「あらかじめ、ボクの体質のことを言っておかないのは悪かった。言っても信じてもらえないと思ったから、一人で危ない橋を渡った。自分で言うけど、ボクは歌がとてつもなく上手い。歌声を聴いて、惹きつけられない人はまず居ない。だけどボクは────」
言い淀んで下を向く先輩。再度顔を上げた時、視線は俺に向けられている気がした。背徳感と罪悪感が混じったようなものが体に渦巻く。
「ボクは……フルコーラスを歌いきれない体なんだ!」
凜は清々しいほどの明るい表情で片方の手を胸へ、もう片方の手は大きく広げる。フルコーラス。つまり曲を一番二番通して歌いきることができないということである。三人は流石に呆気にとられたようで反応を返せずにいる。すると、凜はポーズを一旦辞めて口を再度開く。
「ボクは……フルコーラスを歌いきれない体なんだ!」
「凜くん! 聞こえていないワケじゃなくてね! 追いつかないんだよ理解が!」
「……何その、一曲歌いきれない代わりに、とてつもなく歌が上手いみたいな。どこかの漫画やアニメでありそうな制約とせ………シバリ──いよいよ現代ドラマのキャラじゃないでしょ……」
「僕は一体どこにツッコんだらいいの⁉」
凛の衝撃の告白を受けて混沌とする室内。「とりあえず一旦落ち着こう」という聡平の声により、パート決めをした時のような椅子と机の陣形で、凛に対する質問会の幕が上がるのであった。
「はい! 先輩はフルコーラスを歌い切る体力がないってことですか?」
「そうだけど、そうじゃねぇよ。非力なことは認めるが、体力でどうにかできるもんなら、もうとっくの昔に歌えるようになってる」
「じゃあ。一番だけなら、何曲も続けて歌えるってことですか……」
「そうだな。そこはお前らと変わらねぇよ」
「好きな食べ物は?」
「カルドンチェッロのソテー。……は?」
凛はいつものように教卓に座っている。その前へ置いてある椅子に座った田中、茸木、聡平から質問攻めを受けているのだ。本人はとても不服そうだが、こんな状況になったのは彼の告白が原因である。
「体力面では無いということでしたが、精神的な面で何か心当たりはあるのでしょうか。また、解決策を先輩は思いついているのでしょうか?」
「結構ヅカヅカとプライベートな話に入りこんでくるな。心当たりも解決策もねぇよ、そんなもん。一曲に全てをかけて、観客の心を掴めばいいだけの話だろ。何か問題あんのかよ」
「ええ、じゃあやっぱり、念的で呪術的な何かによる代償なんじゃ……」
「なわけねぇだろ、馬鹿。お前はボクを何だと思ってんだ。ボク自身にそんな力はねぇよ。ただの人間だ」
「好きな色は?」
「赤……って志之、さっきからお前は何を聞いてんだ。ふざけるのもいい加減にしろ」
聡平は凛から指摘を受けると、「ごめん、ごめん」と平謝りをしながら、どこからか取り出したメモとペンをポケットに突っ込んだ。
マイペースな聡平と、馬鹿と言われてへこむ茸木を他所に、田中は凛の体質についてまとめていく。
中堂凛はフルコーラスが歌えない体。その理由は体力的でも精神的でも呪術、魔法的なフィクションでもない。フルではなくワンコーラスだけなら、普通に連続して歌うことができる。これが、彼への質問から分かったことである。
「でも、一曲しか歌えないんじゃ、『ムジカデラーニモ』は絶望的じゃないですか。確かビデオ審査の次は現地でのミニライブでしたよね?」
「あ゛? 勘違いするなよ。いつからお前はボクを心配できる立場になったんだ。ボクはお前に何かしてもらおうなんて思ってねぇ。倒れることをライブ前に言わなかったことは悪いと思ってる。でも、ボクの体のことで迷惑をかけたとも思ってねぇぞ」
「迷惑だって? 僕と茸木君が動揺してるお客さんを多少なりとも落ち着けさせたんだよ! どう考えても心配はかけてるでしょ!」
「は? 支えた気になってんじゃねぇよ。サポートが不十分だったから、こんな話し合いをしてんだろ。ボクの歌より、お前の叩ける音の少なさの方が問題だろ」
「凛くん、落ち着いて! 言い過ぎだって。タナショーは凛くんのことを悪く言ったつもりはイチミリも無いと思うよ。冷静になってよ」
凛は鋭い視線を田中に刺す。聡平はヒートアップしそうな彼を宥めると、やんわりとした言葉を投げかける。
「と、とりあえず! 俺たちも演奏をもっと頑張らなきゃいけないのは事実だからさ。凛くんの歌のことも、俺らの技術のことも、みんなで一歩ずつ進めていこうよ」
「今日はお疲れ様でした」
田中は一度頭を下げると、部室から出て行く。それを見た茸木も扉の方へ歩き出す。
「……これは流石に中堂先輩が酷いよ。じゃあ……」
「待って!」
茸木は捨て台詞のような言葉を残して、部室から出ていく。室内には聡平と凛の二人だけになる。
「……聡平ごめん。ボク、どうかしてるよね」
先輩は急にしおらしくなった。教卓から降りて、俺の隣の椅子に腰をかける。
「まぁ、二人が心配してたのは本当だし、タナショーは精一杯頑張ってるだろうから、あれは良くないかな。あと、謝る相手は俺じゃないからね」
「うん」
「でも俺さ、あの質問会の時。凛くんがフルコーラスを歌えるようになる方法なんて考えてなかったんだよね」
「え?」
「だって、凛くんが頑張ってないはずないんだもん。あんな凄い歌を歌える人が、フルコーラス歌えないって言ったんだよ。もう方法なんてないよ。じゃあ、あとは俺が頑張ればいいだけでしょ」
一曲を通して歌えないのなら、歌わなければいいだけだ。ワンコーラスだけなら連続して歌えるのであれば、何か体質の穴をつく、とんち的な方法がきっとあるはずだ。何のために俺がいるのか。やっと意味を見出せた気がする。
「俺が作るよ。凛くんのためのフルコーラスを」
俺は席を立つと、片方の手を胸に、もう片方の手を大きく広げた。いつも先輩がやっているポーズだ。それを見ると先輩は下を向いてクスリと小さく笑う。
「うん。期待してるよ」
窓から差し込む夕日が先輩に淡く色をつけているようだった。端正な顔を崩して笑う先輩の姿に両目が吸い寄せられるばかりだ。何だか恥ずかしさでいっぱいになったように、体の内側がじんわりと熱くなる。
「た、ただ! 二人にも俺と同じことを期待するのはやめてくださいね。二人がいないとバンドサウンドにならないですし、もう大事な大事な────」
居た堪れなさを和らげるために必死で言葉を並べていると、先輩が急に俺へ距離を詰めてくる。そして、ネクタイの結び目を握り込む。
「deciso」
短い言葉に込められた作者の想い。それに準えた言葉は、俺の頭の中に先輩がイメージを作り出しているようで。
「俺は何があっても、凛くんをあの舞台へ連れて行きます!」
俺は自分に言い聞かせるように、先輩へ決意の言葉を口にした。




