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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第十四話 環境音に耳を傾けて

 初ライブ終わりの部室で、中堂凛なかどうりんの「フルコーラスが歌えない体」という告白の後、田中翔一たなかしょういちの真っ当な言い分とりんの不遜な態度、強い言動がぶつかり、喧嘩別れのような形になった新・ボランティア同好会。


しばらくは部室での合わせ練習は中止して、それぞれが個人練習をすることになった。志之聡平しのそうへいがなんとか茸木光なばきひかると田中に連絡を取って、関係性を保っている状態である。


 お昼休み。志之しのは教室で昼食をとっている。ポツンと席に座り、何かを考えながら箸を口へと動かしている。今、彼の思考の大部分を占めているのは、ふざけた名前の同好会の仲間たちと、難航している曲作りについて。


 前にりんに聴かせたアイリスの未発表音源。りんはあれを使わないのは勿体ないという理由から、同好会バンドのオリジナル曲として手直し(リアレンジ)をしてほしいと聡平そうへいに頼んでいた。


そんな朧げな思考のまま昼食をとる彼の元に、一人の女子生徒が来た。


「しのくん」


 彼女は彼の前で名前を呼んだが、返事はない。


「しのくん!」


 もう一度。大きな声で名前を呼ぶが、返事はない。ただの屍だと諦めることも出来たが、彼女は諦めなかった。自身の首に下げたストラップに触れる。


────ピシュー…………。


 音がした。何かを起動する準備をするような音。この音は……。俺は咄嗟にスラックスのポケットに手を突っ込みながら、顔を上げた。


音がする方向にポケットから取り出した物を向ける。目の前にはカメラを構えた女子生徒。


「さ、佐藤さとうさん?」


────カシャリ。


「うん、いい顔してるね。だけど安心して、この写真はすぐに消すから」


 彼女は聡平そうへいに液晶モニターを見せながら、ボタンを操作して、今撮った写真を削除する。彼はなぜ自分が撮られたのか分からず、呆気に取られているまま、彼女の方へ無意識に突き出した自身の腕を確認する。


「あ! ごめん。俺もすぐに消す」


 聡平そうへいがポケットから咄嗟に取り出したのはハンディレコーダーだった。先生によっては、授業の復習のためにボイスレコーダーの使用が、事前報告の元認可されているが、彼の使用用途は違った。


「ごめん! これはハッときた音を録っておくのが癖になってて……あ、でも、怪しすぎるか。いや、盗聴とかじゃなくて────」


「だ、大丈夫だから。今さ、腕章してないでしょ。だから、私も盗撮かもしれない。隠れてないけど! それならおあいこだし。もしそういうことに使ってるんだったら、今私にレコーダー向けたりしないでしょ。第一、しのくん……盗聴なんて、しなさそうだしさ」


「う、うん。しない、絶対」


 コロコロと変わる彼女の表情。慌てていたり、冷静だったり、恥ずかしがったり。転々とする言葉と仕草を見ていると、俺の脳裏にはある一人の人物が浮かんだ。


それが何だかいけないことのようで、胸のあたりが少しキュッとなるのを感じた。


「それでね、これ。頼まれてたこの間のボランティアの写真。それからデータね」

「何のデータ? 俺頼んでたっけ」

「……写真部の友達がね。ライブの映像を途中からだけど撮ってたみたいで、何かに使えるかなって」

「わー! ありがとうね。その友達にもお礼言っといて、助かったって」

「うん。あ、のさ。何か相談したいこととかあったら、何でも言ってね。私音楽のことはわからないけど、話聞くくらいならできるからさ」

「ほんと? 写真とか映像とか、多分必要になることがあると思うから助かるよ。その時はよろしくね!」


 聡平そうへいはにこりと、微笑んで見せた。




 その日の放課後。聡平そうへいは田中に写真を手渡すために二年生のフロアを訪れた。そもそも写真は活動報告書と一緒に提出するために用意してもらったものだからだ。


田中とは予め連絡をつけた聡平そうへいは、待ち合わせ場所である談話スペースへと向かう。先に着いた彼は、木で出来た無骨な長椅子に腰を掛けて、坊主頭を待つのであった。


「流石に遅くない?」


 聡平そうへいは一人きりの談話スペースで声を上げた。スマートフォンをポケットから取り出して、時刻を確認する。待ち合わせの予定時間は三十分を過ぎていた。それから、田中にメッセージを送る。


 タナショーとはまだ短い付き合いだけど、約束を無断ですっぽかすような人でも、忘れるような人でもないことは分かる。となると、何か外せない用事ができたか、誰かに引き止められているか。


志之しの君、ごめん! ちょっと呼び止められちゃってね」


 聡平が返事のこない画面を見ていると、田中が慌てて談話スペースに駆け込んできた。


「いえいえ、ちょうどそんなことだろうと考えていた頃です。もしかして、先生だったりしますか?」

「え、僕なんかしたと思われてるの! 違うよ。何か三年生の面識ない人だよ」

「えー、それは災難ですね。絡まれるなんて先輩もついてないですね」


 軽い挨拶もほどほどにして、聡平そうへいは田中に写真を手渡す。田中は少し遅れて、差し出される写真を受け取った。


「なんか違和感あるなぁと思ったら、志之くん僕に敬語使ってる?」

「敬語って言えるほど、大層な言葉ではないと思いますが、丁寧には話してます」

「なんでよ?」

「今ここには僕と先輩しか居ませんが、いつ誰が来るか分かりませんし、誰の耳にこの会話が届いているか分からないじゃないですか。先輩が下級生にタメ口で話されているなんて噂が立つと迷惑だと思うので、校内では特に気を付けてます」

「どんどん堅くなってるね! やめてよ、僕は別にそういうの気にしないし、傍から見たら僕の方が下級生に見えると思うよ。いつものラフな感じでおねがい」

「そんなことはないですけどね。先輩がそれでいいならやめますね」


 聡平そうへいがそう言い終わると、田中は吹き出すように笑う。それを見た聡平そうへいもクスクスと笑い始めた。初対面のようなおかしな会話のおかげで、大分場の空気は和らいだ。ひとしきり笑った所で聡平そうへいは口を開く。


「よかったよ元気そうで。後味悪い別れ方したからさ。もう同好会辞めちゃうと思ったよ」

「まぁ、僕としては正しいことを言ったし。口は悪いけど中堂なかどう先輩も正しいことを言ったんだと理解はしているからね。安心してよ、まだ今はそのつもりないから」

「そう? 俺はりんくんが百悪いと思うけどね」

「ありがとね。そういえば先輩はどう? 志之しの君はどうせ会ってるんでしょ」

「俺もあれから一回しか会ってないよ。それも曲作りの依頼の話だけだったし。あの人携帯持ってないから連絡取れないんだよね」

「あ、そうなんだ。今時そんな人いるんだね。曲作り? 志之くんも大変そうだね」

「そうでもないよ。これは俺がやりたいことだからね」


 二人は会話もほどほどにこの場は切り上げることにした。聡平そうへいはこの後、部室で茸木なばきとギターの練習をする予定があるからだ。りんが合同練習から個人練習にすると決めたからといって、部室で集まって練習をしてはならないということではない。りん聡平そうへいに部室の鍵も自由に使ってよいと話していた。


「タナショーも気が向いたらさ、今日じゃなくてもいいから、いつでも来てね。多分、りんくんはしばらく部室に近づかないと思うよ。あ、強制はしないよ」

「うん、わかったよ。茸木なばき君によろしくね」


 聡平そうへいは彼と別れて、部室を目指した。

 部室棟の階段を上がっていると微かにエレキギターの音が聞こえてくる。増幅器を通して聞こえてくるその音は、たどたどしさの中に力強さがあるように思える。繰り返されるいくつかの和音のパターンに乗せられるように体が軽くなったように感じる。次へ踏み出す足が心地よい。タンタンタンと足を動かして辿り着いた部室。俺は力強く扉を開けようと手を掛けた。


───あれ……?


 扉の前に着いて、耳に届くのは増幅器を通していない。原音のギターサウンド。明らかにタケのものではない、知らない第三者の音。


「タケ! ごめん、遅くなった」


 聡平そうへいは勢いよく、わざと自分の存在を知らせるように扉を開ける。扉の小窓から誰かを確認する余裕はなかった。

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