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第1講 神様は一柱? それともたくさん?

 第0話 宿題の解答・解説

私たちの服は、誰のおかげで届くのでしょう?


  【解答例】


私たちが着ている服には、たくさんの人々が関わっています。


例えば、綿の服なら、綿花を育てる農家の人がいます。


収穫された綿花を糸にする人、糸から布を織る人、布を染める人、服の形に裁断して縫う人もいます。


完成した服を運ぶ人、お店で販売する人も必要ですね。


さらに、服を作る機械を製造する人、工場で使う電気を供給する人、

道路や港を整備する人なども、間接的に関わっています。


**つまり、一枚の服が私たちの手元に届くまでには、

直接会ったことのない大勢の人々の仕事がつながっているのです。**


    【レオン先生の解説】


 カール: 「先生! 服を一枚作るだけなのに、そんなにたくさんの人が必要なんですか?」


 レオン: 「ええ。しかも、今お話ししたのは、ほんの一部ですよ」


 アーデルハイト: 「でも先生、家で自分の服を縫う人もいますわよね?」


 レオン:「もちろんです。その場合は、お店で完成した服を買う必要はありませんね」


 カール: 「じゃあ、一人でも服を作れるんだ!」


 レオン: 「そうですね。ただし、その人が使った布や針、糸は、どこから来たのでしょう?」


 カール: 「……あっ! それも誰かが作ったんだ!」


 レオン: 「そのとおりです」


 アーデルハイト: 「一人で作ったつもりでも、ほかの人のお世話になっているのね」


 レオン: 「ええ。私たちの暮らしは、たくさんの人々の仕事によって支えられています」


 カール: 「じゃあ、僕が今日のおやつを食べられたのも?」


 レオン: 「もちろんです。小麦を育てた人、運んだ人、お菓子を焼いた人……」


 カール: 「すごい! 僕のおやつにも、たくさんの人が関わっているんだ!」


 レオン: 「ふふ。そう考えると、いつものおやつも少し違って見えませんか?」


   【今回のポイント】


私たちの生活は、多くの人々が仕事を分担し、互いに支え合うことで成り立っています。


これを『分業』といいます。


そして、材料が作られてから商品が消費者に届くまでの一連のつながりを、

『供給の仕組み(サプライチェーン)』と呼びます。


皆さんも、身の回りにある別のものを一つ選んで、どんな人々が関わっているか考えてみてください。


 大切なのは、正解を一つ見つけることではなく、普段は見えない人々の仕事に気づくことです。

「先生、今日は神様のお話でしたよね?」


 アーデルハイトが、教科書を開きながら尋ねました。


「ええ。今日は、世界の人々がどのように神様を信じているのか、一緒に考えてみましょう」


「神様って、十二柱いるんですよね?」


 カールが言いました。


「私たちの暮らすティルセニア連合王国では、

十二柱の神々を信仰する十二神教が広く信じられていますね」


「じゃあ、世界中の人が十二柱の神様を信じているんですか?」


「いいえ。実は、神様についての考え方は、地域や文化によって違うんですよ」


「どんなふうに違うんですか?」


 カールが身を乗り出しました。


「では、まずは二つの言葉を覚えましょう。『一神教』と『多神教』です」


「いっしんきょう? たしんきょう?」


 アーデルハイトが聞き返しました。


「一神教は、ただ一柱の神様を信じる宗教です。多神教は、複数の神々を信じる宗教ですね」


「それなら、十二神教は多神教ですね」


「そのとおりです」


「でも先生、神様が一柱しかいなかったら、全部のお仕事を一人でするんですか?」


「ははは。面白い質問ですね」


 レオン先生は微笑みました。


「多神教では、神々がそれぞれ異なる役割を持つと考えられることがあります。

例えば、豊作をもたらす神様や、海を守る神様などですね」


「じゃあ、一神教では?」


 カールが尋ねました。


「一神教には、ただ一柱の神様が世界のすべてをつくり、治めていると考える教えがあります」


「ええっ! 一柱で世界全部ですか?」


 アーデルハイトが目を丸くしました。


「そう考える人々もいるということですね」


「でも、神様がたくさんいた方が便利そうですけど」


 カールが首をかしげました。


「ふふふ。神様の数が多ければ便利、少なければ不便というわけではありませんよ」


「そうなんですか?」


「ええ。宗教は、神様の数だけで決まるものではありません。

人々が神様をどう考え、どのように信じているのかも大切なんです」


「先生、一つ質問してもいいですか?」


 カールが手を挙げました。


「もちろんですよ」


「一柱なら一神教、たくさんなら多神教ですよね。じゃあ、二柱だけだったら何になるんですか?」


「おや、いいところに気がつきましたね。二柱の神々を信仰する宗教を、二神教と呼ぶことがあります」


「そんな宗教もあるんですか?」


 アーデルハイトが尋ねました。


「ええ。例えば、南の大陸には、天空神と地母神を中心に信仰する人々がいます」


「あれ? 天空神と地母神って、十二神のうちの二柱ですよね?」


「そのとおりです」


「じゃあ、同じ神様を信じているんですね!」


「ええ。ただし、同じ神々を信じていても、その教えが同じとは限らないんですよ」


「どういうことですか?」


「南の大陸には、天空神と地母神を善と悪の対立として考える人々がいます」


「善と悪?」


 アーデルハイトが首をかしげました。


「ええ。世界には善と悪という二つの力があり、

それらが対立していると考えることを『善悪二元論』と呼びます」


「どちらが善なんですか?」


 カールが尋ねました。


「その教えでは、地母神を善、天空神を悪と考えています」


「ええっ! 天空神が悪い神様なんですか?」


「それは、あくまでその人々の考え方ですよ」


「どうしてそんなふうに考えるんでしょう?」


「南の大陸には、大地の恵みが豊かな一方で、激しい嵐や厳しい日照りに苦しむ土地もあります」


 レオン先生は続けました。


「そうした暮らしの中で、大地は人を守り、天は人を裁くと考えるようになったのかもしれませんね」


「なるほど。神様の考え方にも、住んでいる場所が関係するんですね」


 アーデルハイトがうなずきました。


「ええ。そして、同じ二柱を信仰しながら、陰と陽の関係として考える人々もいます」


「陰と陽なら、魔術でも習いました!」


 カールが嬉しそうに言いました。


「そうですね。陰と陽は、どちらか一方が悪いというものではありません」


「じゃあ、二つの考え方は仲良くしているんですか?」


「……残念ながら、そうではないんです」


「えっ?」


「同じ神々を信じていても、考え方の違いから争いが起きることもあるんですよ」


「同じ神様なのに……」


 アーデルハイトが小さくつぶやきました。


「そうですね。だからこそ、自分とは違う考え方を知ることも大切なんです」


---


「先生、もう一つ聞いてもいいですか?」


 アーデルハイトが手を挙げました。


「ええ、何でしょう?」


「一神教の神様って、一柱で世界全部をつくったり、治めたりするんですよね?」


「そう考える教えもありますね」


「じゃあ、その神様は何でもできるんですか?」


「おや、面白いところに気がつきましたね」


「何でもできる神様なんているんですか?」


 カールも不思議そうです。


「宗教の中には、神様はすべてを知り、何でもできると考える教えがあります」


「すごい! 無敵じゃないですか!」


 アーデルハイトが声を上げました。


「ふふふ。そうした考え方を表す言葉に『全知全能』があります」


「ぜんちぜんのう?」


 カールが聞き返しました。


「『全知』は、すべてを知っていること。『全能』は、何でもできることです」


「じゃあ、全知全能の神様なら、できないことなんてないんですね!」


「さて、本当にそうでしょうか?」


「……え?」


 アーデルハイトがきょとんとしました。


「それは、今日の宿題にしましょう」


「また難しい宿題になりそうですね」


 カールが苦笑しました。


「ははは。大丈夫ですよ。すぐに答えが出なくても構いません」


「大切なのは、自分で考えてみることですからね」



    今回のまとめ


  『一神教』は、ただ一柱の神様を信仰する宗教です。


  『多神教』は、複数の神々を信仰する宗教です。私たちの暮らす地域で広く信じられている十二神教も、その一つですね。


また、二柱の神々を信仰する宗教を**二神教**と呼ぶこともあります。


同じ神々を信仰していても、その神々をどのように考えるかは、人々によって違うことがあります。


宗教は、歴史や文化、そして人々が暮らす土地とも深く関わっているのです。

レオン先生からの質問


「全知全能」とは、どういうことでしょう?


「全知」は、すべてを知っていること。


「全能」は、何でもできること。


では、少し考えてみましょう。


何でもできる神様には、本当にできないことが一つもないのでしょうか?


正解を急ぐ必要はありません。


自分なりの答えと、その理由を考えてみてくださいね。

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