第2講 同じ神々なのに、どうして宗派があるの?
解答例:
全知全能とは、すべてを知り、あらゆることができるという意味です。
ただし、「何でもできる」という言葉を厳密に考えると、難しい問題が生まれます。
例えば、「全知全能の神様は、自分でも持ち上げられない石を作れるでしょうか?」
作れないなら、できないことがあります。作れるなら、その石を持ち上げることができません。
このように、全知全能という考え方には、論理的な矛盾を巡る議論があります。
レオン: 「大切なのは、すぐに答えを決めることではありません。
言葉の意味をよく考え、疑問を持つことですよ」
これは神学や哲学にもつながる、いい宿題だね。
リンデンフェルト伯爵家の書斎。
窓の外には、穏やかな午後の日差しが降り注いでいた。
レオンが教材を並べていると、アーデルハイトが勢いよく手を挙げた。
「先生! 昨日、お父様と神殿へ行ってきましたの!」
「おや、そうでしたか」
「それで、帰り道に気づいたんですけど……」
アーデルハイトは少し首を傾げた。
「この町には、十二神教の神殿が二つありますわよね?」
「ええ、ありますね」
「どちらも同じ十二柱の神々を信じているんでしょう?」
「そのとおりです」
「だったら、どうして神殿が二つあるんですの?」
隣で聞いていたカールが口を挟んだ。
「姉上、神殿が二つあったら便利じゃないか!」
「そういう話じゃありませんわ!」
「だって、遠い方まで歩かなくて済むでしょう?」
「カール!」
レオンは小さく笑った。
「カール君の言うことにも一理ありますね。
ただ、アーデルハイトさんが気になっているのは、少し別のことのようです」
「そうですわ!」
「実は、同じ宗教でも、教えの受け取り方や考え方の違いによって、
いくつかの集まりに分かれることがあるんですよ」
「それが宗派?」
カールが尋ねた。
「ええ。よく知っていますね」
「前にお父様が言っていた!」
「では、今日はその宗派について考えてみましょう」
レオンは黒板に大きく書いた。
『宗教と宗派』
*
「まず、お二人に質問です」
レオンは机の上に、小さな荷物の模型を置いた。
「友達が重い荷物を持って困っていたら、どうしますか?」
「もちろん、すぐに持ってあげますわ!」
アーデルハイトが即答した。
「私は力持ちですもの!」
「姉上、それはどうかなあ」
「何ですって?」
カールは笑いながら答えた。
「僕なら、まず手伝ってほしいか聞くよ」
「どうして?」
「自分で運びたいかもしれないじゃないか」
「でも、困っているのでしょう?」
「うん。でも、勝手に持っていったら怒られるかもしれないよ?」
アーデルハイトは腕を組んだ。
「……それは、そうかもしれませんわね」
レオンは二人を見渡した。
「さて、どちらが正しいと思いますか?」
「私ですわ!」
「僕だよ!」
「ふふ。では、少し考えてみましょう」
レオンは荷物の模型を持ち上げた。
「アーデルハイトさんは、困っている友達をすぐに助けたいと思ったんですね」
「もちろんですわ!」
「カール君は、友達がどうしてほしいのか、先に確かめたいと思った」
「うん!」
「つまり、二人とも友達を助けたい気持ちは同じなんです」
二人は顔を見合わせた。
「……確かに」
「そうだね」
「でも、どう助けるのがよいかについては、考え方が違いました」
アーデルハイトが目を輝かせた。
「ああ! 宗派もそういうことですのね!」
「ええ。似たところがあります」
レオンはうなずいた。
「同じ神々を信じ、同じ教えを大切にしていても、
その意味や実行の仕方について意見が分かれることがあるんですよ」
カールが手を挙げた。
「先生! じゃあ、姉上と僕も宗派が違うの?」
「ふふ。宗教の話ではありませんから、宗派とは呼びませんね」
「残念!」
「何が残念なのよ!」
*
「では、十二神教の宗派について説明しましょう」
レオンは黒板に三つの丸を描いた。
「連合王国では、大きく分けて三つの宗派が知られています」
「三つもありますの?」
「ええ。一つ目は、神々が示す理想を大切にする人々です」
レオンは最初の丸を指さした。
「二つ目は、実際の世界や人々の暮らしをよく見て考える人々」
続いて、二つ目の丸を指さす。
「そして三つ目は、昔から伝わる言葉や決まりについても、改めて考えてみようとする人々です」
カールが難しい顔をした。
「……先生」
「はい?」
「全部、神々を大切にしているんだよね?」
「そうですよ」
「だったら、みんな同じでいいんじゃない?」
レオンは微笑んだ。
「では、先ほどの荷物の話を思い出してください」
「……あ!」
「二人とも友達を助けたいと思っていましたね。でも、助け方については意見が違いました」
「そうでしたわね」
「宗教でも、それに似たことが起こるんです」
アーデルハイトは少し考えた。
「先生。では、どの宗派が一番正しいんですの?」
「それは難しい質問ですね」
「先生でも分からないんですの?」
「ええ。簡単には決められません」
カールが嬉しそうに笑った。
「先生にも分からないことがあるんだ!」
「もちろんですよ。世の中には、私にも分からないことがたくさんあります」
「じゃあ、一緒に考えよう!」
「ええ。そうしましょう」
レオンは黒板に向き直った。
「大切なのは、どれが正しいかを急いで決めることよりも、なぜそのように考えるのかを知ることです」
アーデルハイトがうなずいた。
「なるほど……。相手の考えを聞かないと、分かりませんものね」
「そのとおりです」
*
「でも先生」
カールが手を挙げた。
「宗派が違う人たちって、喧嘩しないの?」
「意見がぶつかることはありますよ。宗派の違いが大きな争いにつながる地域もあります」
「ええっ!?」
アーデルハイトが驚いた。
「同じ神々を信じているのに?」
「残念ながら、そういうこともあるんです」
「じゃあ、この町でも喧嘩しているんですの?」
「リンデンフェルト領では、異なる宗派の人々が比較的穏やかに共に暮らしていますね」
カールが胸を張った。
「それなら安心だ!」
「ですが、まったく意見の対立がないわけではありませんよ」
「……そうなの?」
「ええ。人間同士ですからね」
レオンは二人を見た。
「お二人だって、意見が合わないことはあるでしょう?」
「ありませんわ!」
「毎日あるよ!」
二人が同時に答えた。
「カール!」
「ほら、今も!」
レオンは笑ってしまった。
「ですが、お二人は仲がよいですよね」
「もちろんですわ!」
「うん!」
「意見が違ったからといって、必ず仲が悪くなるわけではないんです」
アーデルハイトは、少し考えてから言った。
「……確かに、カールとはよく喧嘩しますけど、嫌いではありませんわ」
「僕も姉上のこと、大好きだよ!」
「な、何を急に言っているのよ!」
アーデルハイトの頬が赤くなった。
レオンは微笑んだ。
「大切なのは、違いをなくすことではなく、違いがあっても一緒に暮らしていけることなんですね」
*
「では、もう一つ考えてみましょう」
レオンは黒板に、人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人の絵を描いた。
「連合王国には、さまざまな種族の人々が暮らしています」
「ドワーフの商人さんなら、この前お父様とお話ししていましたわ!」
「ホビットの商人さんも来ていたよ!」
「そうですね。リンデンフェルト領は交易が盛んなので、
いろいろな土地の人々と出会う機会があります」
カールが手を挙げた。
「先生! ドワーフの人って、みんな鍛冶が得意なの?」
「得意な人は多いですが、全員がそうとは限りませんよ」
「そうなんだ!」
「人間でも、料理が得意な人もいれば、苦手な人もいるでしょう?」
アーデルハイトが笑った。
「カールはお料理が苦手ですものね!」
「姉上だって、卵を焦がしたじゃないか!」
「そ、それは火加減を間違えただけよ!」
「それを苦手って言うんじゃない?」
「カール!」
レオンは苦笑しながら続けた。
「種族や文化によって得意とされることが違っても、一人ひとりを見れば、いろいろな人がいるんです」
「じゃあ、決めつけちゃいけないんだね」
「ええ。そのとおりです」
レオンは二人に向き直った。
「では、お二人の得意なことは何でしょう?」
「私は、人のお世話をするのが得意ですわ!」
「僕は走るのが得意!」
「なるほど。では、二人で迷子の子どもを探すとしたら?」
カールが勢いよく答えた。
「僕が走って探す!」
「私は、見つけた子のお話を聞いて、お家まで連れていきますわ!」
「よい考えですね」
レオンはうなずいた。
「一人では難しいことも、二人ならできそうですね」
「本当だ!」
「私たち、いい組み合わせですわね!」
「うん!」
レオンは黒板の絵を指さした。
「宗派や種族の違いも、ただ人々を分けるものとは限りません。
お互いを知り、それぞれのよいところを生かせれば、社会はもっと豊かになります」
アーデルハイトがうなずいた。
「そのためには、相手のことを知る必要がありますわね」
「ええ。そして、相手が自分と違うからといって、
すぐに間違っていると決めつけないことも大切ですよ」
カールが笑った。
「じゃあ、まずは話を聞いてみる!」
「そのとおりです」
*
「さて、今日の授業をまとめましょう」
レオンは黒板に三つの言葉を書いた。
『宗派』
『考え方の違い』
『共に暮らすこと』
「宗派とは、同じ宗教の中で、教えの理解や考え方などの違いによって生まれた集まりです」
「十二神教にも三つあるんですのね!」
「ええ。連合王国では、三つの主な宗派が知られています」
「でも、みんな同じ神々を信じているんだよね?」
「そのとおりです」
アーデルハイトが手を挙げた。
「先生。今日の授業で、一つ分かりましたわ」
「何でしょう?」
「考え方が違っても、仲良くできるんですのね」
「ええ。もちろんです」
カールも手を挙げた。
「僕も分かった!」
「どうぞ」
「姉上と喧嘩しても、仲直りすればいいんだ!」
「……それは、いつものことでしょう?」
「うん!」
レオンは笑った。
「違う意見を聞くことで、新しいことに気づく場合もありますからね」
アーデルハイトは、隣に座る弟を見た。
「……カール」
「何?」
「さっきの荷物の話ですけど、今度からは、手伝ってほしいか聞いてみますわ」
「じゃあ僕も、困っている人がいたら、ちゃんと声をかけるよ!」
「ふふ。二人とも、よい考えですね」
今日のまとめ
宗派とは?
同じ宗教の中で、教えの理解や考え方などの違いによって生まれた集まりです。
十二神教にも、考え方の異なる三つの主な宗派があります。
考え方が違うと、喧嘩になるの?
意見がぶつかることはあります。宗派の違いが大きな争いにつながる地域もあります。
しかし、考え方が違うからといって、必ず仲が悪くなるわけではありません。
大切なのは?
相手の考えを知り、自分と違うからといって、すぐに間違っていると決めつけないことです。
違いをなくすことよりも、違いがあっても一緒に暮らしていけることが大切です。
第二話完
レオン先生からの宿題
あなたと友達が、同じ問題について違う意見を持っていたとします。
さて、あなたならどうしますか?
相手の意見を聞くでしょうか?
自分の意見を説明するでしょうか?
それとも、別の方法を考えるでしょうか?
なぜそうするのか、理由も一緒に考えてみましょう。
正解は一つとは限りません。
「先生!」
「はい、カール君」
「宿題の答え、姉上の言うことを全部聞く、でもいい?」
「……カール?」
アーデルハイトが弟を見た。
「あなた、何か企んでいますわね?」
「えっ!? 何も企んでないよ!」
「怪しいですわ!」
レオンは笑いながら答えた。
「相手の意見を聞くことは大切ですが、自分の考えを持つことも大切ですよ」
「じゃあ、姉上の言うことを全部聞かなくてもいいんだ!」
「カール!」
「ほら、先生! また意見が違った!」
「ふふ。では、どうすれば二人とも納得できるか、考えてみましょうか」
今日も伯爵家の書斎には、双子の元気な声が響いていた。




