トラブルメーカーの妹
そんなことを話していた僕たちだったが、いい加減春松くんはしびれを切らしたらしい。実幸は何してるんだ、と苛つき交じりに言うので、ベッドで寝てますよ、とうっかり答えたところ、春松くんは黙って一目散に部屋を飛び出していった。僕と千馬さんは慌ててその背中を追う。
下で鉢合わせた春松くんのお母さまに会釈で謝罪をし、僕たちは春松くんの家から出る。すると隣の家──実幸さんの家から悲鳴が上がり、僕たちは顔を見合わせた。
「実幸お前ーーーーッ!!!! 何ぬくぬく寝てんだこの馬鹿!!!!」
「いったぁい!? 頭叩かないでよ~~~~!!!!」
「お前みたいな馬鹿は叩いて直した方が良い」
「あーーーー!!!! 暴力だーーーー!!!! いけないんだぁーーーー!!!!」
……うるさい。家の前に立っているだけなのに、ここまで鮮明に聞こえてくるものなのか……。
「……あのお二方、本当に仲が良いんですかね……?」
「……仲が良いからああいう暴言が吐けるんじゃないですかね……」
知らないけど。
さて、人の家に勝手に入るわけにもいかず、聞こえてくる2人の大声での喧嘩は収まる気配がなく、もう言葉探しに行っちゃっていいかな、と僕が考え始めたところで。
「……うちに何か御用ですか?」
「え?」
横から声が掛かる。僕がそちらを見ると……そこには、1人の少女が立っていた。背が高く、大人びた顔立ち。どの学校の制服なのか分からないが、真っ黒なセーラー服を着ている。切れ長な瞳はこちらを警戒しているのが丸わかりで、僕たちが何者なのか見定めているようだった。
その眼光が怖かったのだろう。千馬さんがぴゃっと飛び跳ねて僕の背中に隠れる。僕は千馬さんを一瞥してから、視線をその少女に戻す。……うち、って言ってたけど、うちって……小波さんのお家の人ってことだよな。ということはこの人、実幸さんのお姉さんとか……?
僕はそんなことを考えながら、口を開いた。
「実幸さんと春松くんと一緒に、人を探してるんですけど……あの通り、2人が言い合いをし始めてしまって……」
「……すみません。どうせうちの馬鹿姉が、春松さんに迷惑を掛けたんだと思います」
姉? と僕は頭の中でその単語を繰り返す。少女は家の扉を開けると、どうぞ入ってください。と僕たちを振り返った。
許可を貰ったので、お言葉に甘えて僕たちは家の中に入る。千馬さんが鍵を閉めると同時、上から怒号が響き渡った。
「お客様が困ってるじゃないですか!!!! 喧嘩する暇があるなら、早く人探しに行ってください!!!!」
千馬さんが大きく肩を震わす。その声は先程の少女のもので、少し低めのその声は家の中によく響いた。
僕たちは2階に上がり、再び実幸さんの部屋まで辿り着く。僕と千馬さんで部屋の中を覗くと……そこには、少女の前に正座する春松くんと実幸さんの姿があった。
「大体おねぇがまた春松さんのこと困らせたんでしょ!? ほんっとマイペースなんだから……少しは年相応に、常識ってもんを身に付けたらどう!?」
「わーーーーん!!!! 夢~~~~海歌が虐めるよ~~~~」
「自業自得だろ」
「春松さんも、おねぇに苛つくのは分かりますが客人を放っておくのはどうかと思います」
「えっ……いや、それはその……すみません…………………………」
「やーいやーい怒られてやんの!!!!」
「ふんっ」
「いったぁい!? 海歌のデコピン、強いよぉ!!!!」
「「…………………………」」
僕と千馬さんは思わず顔を見合わせてしまう。どうやらあの少女は、春松くんと実幸さんにはっきりと物を言える人であるようだ。
実幸さんはあの人のことを、「海歌」と呼んでいたが……。
するとそこで僕たちの視線に気が付いたのだろう。海歌さんが振り返り、鋭い瞳でこちらを見つめる。……たぶん切れ長な瞳のせいだろうけど、なんだか睨みつけているみたいになっている。千馬さんが小さく悲鳴を上げて飛び上がり、僕の背中に隠れた。僕の背中、大活躍である。
そして千馬さんの悲鳴が聞こえたらしく、春松くんと実幸さんも顔を上げてこちらを見つめた。
「あっ、灯子ちゃんたち!! この子は私の妹の、小波海歌ですっ!! 中学3年生で~、とってもしっかりしててピアノが上手くて色んなところで活躍したりしてて、本当に優しくていい子で!!」
「ちょ、おねぇ、急に紹介されても困るだけでしょ……」
すると実幸さんはすぐに立ち上がり、少女──海歌さんの肩を抱くと、そんな風に意気揚々と紹介をし始める。まあ海歌さんの言う通り、急に紹介されても困るだけだが……。
この子が良い子だということは、なんとなく分かる。そして、やっぱり年下だったらしい。実幸さんよりずっとしっかりしている印象だから、ぱっと見だと分からなかった。
「突然お邪魔してしまってすみません。僕は伊勢美灯子と申します。年齢はお姉さんと一緒で、高校2年生です」
「あ……ご丁寧にありがとうございます。いつも姉がご迷惑をおかけしてすみません」
「そんな、迷惑なんて被ってません。……まだ」
「灯子ちゃん!? まだって何!?」
何って、そのままの意味なのだが。
僕はそう思いつつ、僕の背中に隠れる千馬さんに視線を送る。目が合い、自己紹介しなさいと目線で促すと、彼女はおずおずと僕の背中から出てきた。
「あ……の、千馬茜……です」
「……何? もっと大きな声で喋ってほしいんだけど」
「ひぇっ!? ちちち、千馬茜ですっ!!!! 高校1年生です!!!! 明け星学園で生徒会書記兼会計をやってます!!!!」
「いや、役職まで聞いてないけど……」
海歌さんが眉をひそめて聞き返すと、千馬さんは腹の底から声を出して自己紹介を済ませた。千馬さんからそんな大声を聞いたことがなかった僕は、思わず驚いてしまった。千馬さん、そんなに大きな声出せたのか……。
「……って、流れで自己紹介聞いちゃったけど、別に私に自己紹介する必要はないでしょ。私はその人探しとやらに手を貸せないんだから」
「え~? そんなぁ、私は海歌がこんなに素敵な子だということを広めたいだけなのに……」
「いや、普通に迷惑」
うるうると上目遣い(海歌さんより実幸さんの方が背が低いので、自然と見上げる感じになっている)をする実幸さんに、海歌さんがばっさりとそう切り捨てる。撃沈する実幸さんを見て、ぷっ、と春松さんが小さく吹き出して、僕も思わず小さく笑ってしまった。




