時間と距離を、重ねて
灯子との昼食兼会話を終えた茜は灯子に許可を取って更に休憩を貰い、とある場所に足を運んでいた。
小走りで向かったため、息が上がっている。胸の前で抱きかかえるミーくんに汗が滲んでしまっている気がする。だが今それを気にしている暇はなかった。……ミーくんには申し訳ないが。
ミーくん。茜は心の中で唯一の友達に声を掛ける。ずっと傍にいてくれた、一緒に戦ってくれる友達に。
──茜はこれから、一歩踏み出すよ。
抱きしめて、顔を上げる。目の前にあるのは……ほんの数カ月前まで通っていた、中学校だった。ついこの前来た時は、顔を隠すように歩いたけれど。……少しでも顔を上げたら、あの子との思い出を見つけて虚しくなってしまうと思ったから。
でも今は──ちゃんと、前を見ていられる。
こんな自分勝手な自分を、このままでも、好きだと言ってくれる存在がいるから。
「……けど、ここからどうしよう」
思わず呟く。ここまで来たのは、実は衝動からだった。灯子と話していたら、胸の中に1つ浮かんでしまったものがあったのだった。我ながら突拍子もない想いだと思う。ああ、本当に馬鹿馬鹿しい。だけど今周囲にいる人はそれを認めてくれると、そう思ってしまったから。
差し出したいものがあった。受け入れてもらえるかは、分からないけど。
だけどそもそも論、その差し出したい対象と出会えるかが分からない。完全なノープラン。どうしよう、ここで一旦帰って仕切り直し、とかしたらたぶん永遠にこれを果たすことが叶わない。でもここにずっといたら不審者になっちゃうし、とグルグルと茜が考え始めたところで。
「……何してるの、あんた」
「……あ」
声を掛けられる。茜は思わず一歩後退って、そちらを見つめた。
そこには、立っていた。──小波海歌が。
目つきが鋭くて、口調も強くて、背も高くて、ちょっと怖い。でも、言い方が悪いかもしれないが、異能力もないのに図書室で自分のことを庇ってくれた……優しくて、強い人。……眩しい、人。
きっと茜が、一生かけたって成れない人。正反対で、一生かけたって慣れない人。
だから。
「……あ、の。えと、小波サンに、話したいことが、あって」
「……え、何。私に会いに来たの?」
「はい、まあ、一応」
すぅ、はぁ。呼吸をして気持ちを落ち着かせて。心臓の音が耳元でうるさく泣き喚いている。あまりにも騒がしくて涙が出そうになる。──だけど、必死でこらえた。
今、一歩を踏み出さないといけなかった。
「……そ、の。スゴク、突拍子もないことを、言うのですが」
「……はい」
茜が真剣な表情をしているのを見て、海歌も静かな声色で返事をする。すぅ、はぁ。もう一度深呼吸をして、茜は真っ直ぐに海歌を見つめた。
「……茜と、友達になって……くれ、ま、すか!?」
「……はい?」
茜の口から出てきたまさかの申し出に、海歌は思わず眉をひそめて盛大に聞き返した。
茜は肩を震わせ、一気に青ざめる。そしてブリキ人形のようなぎこちなさで踵を返すと。
「たたたた大変失礼しました、ぁあ茜は見苦しいがゆえ視界から消えますがゆえ」
「慌てすぎて日本語おかしくなってるけど……。いや、その、嫌ってわけじゃなくて、本当に突拍子がなかったから驚いてるだけ」
茜の腕を掴み、海歌が素直な感想を零す。茜は涙目で振り返ると、逃げるのを諦めたらしく体の向きを海歌の方に戻した。気まずいのか、目線は合わないが。
「……茜は、こういう人間です」
「はぁ」
「貴方からしたら、その、なんかハッキリしなくて、見ているとイライラするタイプの、人間だと、思うんですけど」
「……まあ否定はしない」
「……茜も、そんな自分が、嫌いで」
海歌は目を見開く。茜は俯いているのでその表情を見ないまま、続けた。
「茜は、その、ちょっと前にお友達のことで……失敗しちゃって、本当もう、生きる意味ないっていうか、ヤケになってたんですけど」
「……」
「でも、こんな茜のこと、好きって言ってくれた子がいて、そのままの茜が好きだって、言ってくれて。……だから茜、もうちょっと頑張ってみようかなって、思ったんです。自分を認められるように、嫌いな自分を、変えられるように」
で、友達になってくれませんかはつまりどういうことなんだ? と結論を急かしたい海歌は必死で口をつぐむ。たぶん茜も茜の中で思考を整理している最中だと思ったから。
すると案の定茜は少しだけ黙って、そして言葉が纏まったのか再び口を開く。
「だから……今度は自分から、お友達になりたいって思った人に、一歩踏み出そうって思ったんです。手を引かれるのを待つんじゃなくて、自分から……」
「……それが私」
「はい、その……貴方は、茜と全然違うから。すごく、強くて、眩しくて……尊敬できる人だと、思ったから。貴方みたいな人と、いれたらいいなって、思って」
「……伊勢美さんとか、あのジンってやつは違うわけ?」
「……灯子先輩は先輩だし、ジンくんは、友達って感じじゃ、ないから」
「……それ言うなら私は後輩なんだけど」
「いっ、嫌ですか!?」
茜が顔を真っ赤にしながら海歌に尋ねる。その必死な様子に、海歌はため息を吐いた。
依然として戸惑ってはいるが、まあ、理屈は分かった。
「……だから、嫌とは言ってないでしょ」
「……それじゃあ」
「あんたが望む『お友達』になれるかは分からないけどね。あと……私、そんなに友達多くないから。なんか世間一般の友達が何してるかも分からないし。それでも良いなら」
海歌の遠回しだが自身の要望を呑んでくれた言葉に、茜はたまらず瞳を輝かせる。……そんなに嬉しそうな表情をされると、と海歌は気恥ずかしいようないたたまれない気持ちになった。
それを誤魔化すように、咳払いを1つ。
「じゃあ、その敬語と『小波さん』ってやつ、やめてくれる?」
「え?」
「え? じゃなくて。……友達なのに敬語なのも他人行儀な呼び方なのも、変でしょ。ていうか前も言ったけどそもそも私の方が年下だし、遠慮しなくていいから」
確かに、と茜はその言い分に納得する。納得、するのだが。
「う、うぅぅぅ」
「……何、呻かれても困るんだけど」
「うぅぅぅぅぅ、ッ、うみ、ぅみか、さん…………………………」
「『さん』はいらない。ほら、友達になりたいって言ったくらいのガッツを出しなさいよ」
というか高校生にもなって友達になりたいと言う方が、名前を呼ぶより恥ずかしいと思うのだが。海歌は呆れ半分面白半分、茜に友達らしい名前呼びを促す。茜は恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、息を詰まらせながら必死に口を動かした。
「ぅ、海歌、ちゃん」
「はい」
及第点か、と海歌は納得することにする。すると茜は露骨にホッとしたように息を吐くので、この子、これからずっとその呼び方をするという認識が抜けているのではないか、と心配になってしまった。
……まあ、これから一緒に居るなら、いつか当たり前のことになる。きっと。
「じゃ、これからよろしくね。茜」
「よよよっ、よろしくお願いします……!!!!」
「だから敬語」
「ひぇぇぇぇぇっすみませッ……あっ」
「……先は長そうだね」
ごめんなさいぃぃぃぃ、と茜が悲鳴にも似た謝罪を繰り出す。海歌は思わず苦笑いを浮かべた。
でも、いいのかもしれない。言葉だけで一応、友達にはなったけれど。……友達とは本来、徐々に距離を近づけてなるものだと思うから。
これから近づけていけばいい。共に、時間を重ねて。
茜は自分のことを、自分とは全然違う人、と形容したが……そんなことないのではないか、となんとなく思う。
友達になってくれ、ま、すか。そう言った茜の何か覚悟を決めた表情。強く、眩しい光がこもった瞳。それがあったからその申し出を、馬鹿らしいと蹴らなかった。
彼女のことを知りたいと、思った。
「とりあえず連絡先でも交換する?」
「あっ、ぜ、ぜひ……じゃなくて、うん」
「……これアイコン、その抱えてるぬいぐるみ?」
「そう!! この子はミーくんって言ってね、茜のお友達なの」
「ふーん……写真撮るの上手いんじゃない」
「! あ、ありがとう……!」




