貴方に出会えて良かった
すごいという言葉を首を横に振って否定する僕に、千馬さんも同じように首を横に振って否定する。そして会長さんはすごいです、ともう一度繰り返した。
「……会長さんは……大事なお友達と別れてここで生きることを、選んだじゃないですか」
千馬さんのその言葉に、僕は目を見開く。それは、つまり。
「……記憶が、あるんですか。あの世界の」
「はい、実は……」
ジンが作り上げた、幸福な世界。僕がワガママを言って延長してもらった、あの時。
僕は千馬さんとぶつかった。あの時の千馬さんは……。
「楽しかった、です。あの子はもう二度と……茜に笑いかけてくれることはないって、そう思ってたから」
やっぱり。あの時傍にいた子は……かつて千馬さんの友達だった人だったのだ。
あれが千馬さんの、幸福。
「会長さんは、すごいです。きっとあの人は、会長さんの大事なお友達だったのに。……会長さんはその人と二度と会えないとしても、ここにいることを選んで。会長さんは、強くて、すごいです」
「……」
「余計に、自分が惨めに思えました。やっぱり茜はそうあれないって、茜はいつまでも大嫌いな自分のままで、変われなくて、自分勝手で、愛されなくて──羨ましかった。自ら別れを選べる強い貴方が。自分勝手をやっても貴方に愛され続ける小鳥遊言葉が」
自分には無いものを持つ人をこんなにも見せつけられて、それが眩しくて、目が、心が、痛かった。
「貴方たちを否定しないと、貴方たちが許されないでくれないと……茜に生きる価値がなかった」
「……はい」
「本当に、清々しいほどの他責です」
千馬さんはそう言って笑う。僕は否定も肯定もしなかった。
「……でもこんな自分勝手な茜のことを、そのままが好きだって、助けるよって言ってくれた人がいた」
「……水を差すようで申し訳ないですが、あの子、どのくらいの真剣さでああ言ったのか分かりませんけどね……」
「あはは、確かに助けるとかは……半信半疑くらいですけど」
半信はしてるんだ……という言葉は飲み込んだ。まあ、ジンはああいう世界を作ったくらいだし、なんかめちゃくちゃな力でやってくれそうな気はするけど。でもズレたことしてきそう。
僕がそんなことを考えていると、会長さんがそういう顔するのも分かります、と千馬さんが笑う。一体どんな顔をしていたのだろう。
「……別に、本当じゃなくてもいいんです。でも、嘘は吐いてなかったと……思う。茜のことをちゃんと見てくれて、茜のためにそう言ってくれたって……その事実が嬉しいんです」
「……千馬さんはジンのこと、好きですか」
「……そうですね。好き、なんじゃないかなって思います。会ったばかりですけど……茜は、茜のことが好きな人が好きだから」
「そうですか、それなら良かった。……いつも面倒見てくれてありがとうございます」
「え、いや、茜が好きでやってることなので……」
顔上げてください、と千馬さんが慌てたように言う。僕は言われた通り顔を上げて微笑んだ。すると千馬さんはキョトンとして、そして同じように微笑んでくれた。
「もう茜のことをそう、好きだって。言ってくれる人なんていないと思ってたから、茜は今……本当に嬉しいんです」
千馬さんはそう言って頭上を見上げる。その瞳はキラキラと輝いていた。それはきっと、木陰の隙間から覗く太陽の光に照らされているから……だけではない。
「僕も千馬さんのこと、好きですよ」
「……へっ」
そしてその横顔にそう告げると、千馬さんがこちらを見る。その頬は大きく見開かれた瞳と似た色をしていた。
「……なんでそう驚いてるんですか?」
「なんでそう驚かないと思ったんですか!?」
「いや、知ってるものかと」
「知りませんよ!!!! 言われたことないです!!!!」
「えー、そうでしたっけ……」
「い、いや、茜がまさかそんなこと言われると思ってなくて都合良く記憶を消しただけ……? ちょ、ちょっとやりかねないのでなんとも言えないです……」
「いや、僕が言うこともあんまり信用しないでください」
「なんで!?」
「ちょっと僕もあの、ちゃんと言葉にしてたかなって不安になってきたので……」
「えぇ!? しっかりしてくださいよ!?」
そこまで言い合ってから、ふと同時に吹き出す。そしてあはは、と2人で声をあげて笑ってしまった。
「……すみません。もっとちゃんと、早く伝えるべきだった」
「い、いえいえ、茜みたいな者にそんな、お気になさらず……」
「気にしますよ。大切な後輩なんですから」
「そ、そうですか? えへへへへ……」
僕の言葉に、千馬さんはニマニマと喜びを隠しきれない様子である。そう喜んでくれるのなら……本当に、もっとちゃんと伝えるべきだった。
……感じた好意はちゃんと伝えるべきだって、僕はそう学んだはずだったのに。
「茜も……」
「?」
「茜も会長さんのこと……その、えと、す、好き……ですよ」
千馬さんはこちらを見ないまま告げる。耳や首の後ろは真っ赤で、相当な覚悟を決めて伝えてくれたことが分かった。
「そ、その!! 会長さん茜がこんな人間だって分かってるくせに大変な仕事ばっか投げてくるし副会長さんにいじめられても助けてくれないしそもそも茜と生徒会なんて一番縁遠いものなのになんか誘ってくるしていうか会長さんは忌々しい小鳥遊言葉と気持ち悪いくらいベタベタしてるし」
「千馬さんさては僕のこと嫌いですね」
「嫌い、です。気に入らない。……でも、好きです」
分かってくれますか、と千馬さんは不安げに尋ねる。僕は迷いなく頷いた。
それを見た千馬さんは安堵したように笑う。そしてもう一度、口を開いた。
「会長さんのことは、好きで、嫌いで、憎らしいほど憧れの存在です。……初めて助けてもらった、あの日から」
どこまでも透き通った青空の下、桜が咲き誇る、日の当たらない校舎裏で。
僕たちは出会った。
かつて僕がののかに、言葉に出会ったように。
「あそこで会ったのが、貴方で──灯子先輩に会えて、良かったです」
僕は、あの人たちのようになりたかった。
「……とても光栄です。ありがとう、茜」
千馬さんは──茜は瞳を震わせ、そして大きく頷く。
どこかから、良かったね、灯子。という声が聞こえた気がした。




