光が溢れる世界の中心で
「聞いて、くれますか」
声が聞こえる。手は止めない。足も止めない。日本刀を振り下ろし体を裂く──としようと思ったが見事に避けられ、視界の端に映る腕。左腕でガードの姿勢に入ると同時に衝撃。空中で回転し、地面に日本刀を刺して勢いを止めた。
「お好きにどうぞ」
「……ありがとうございます」
一方で千馬さんも攻撃の手を緩めない。ミーくんは大きく飛び上がるとそのまま蹴りを放ってくる。重い一撃を体を沈めつつ刀の峰で受け止めて、勢いを流すように横にズレてからこちらも蹴りを放つと、見事にクリーンヒットした。
目の前で上がる砂煙。それを裂くように再びミーくんが現れ、互いに一歩も譲らない攻防が続く。
「茜は、家にあまり親が居ませんでした」
「……」
「寂しさを埋めてくれるお友達は、ミーくんだけで。……ミーくんだけがずっと茜の前から立ち去らず、茜の話を最後まで聞いてくれた」
ミーくんの拳が連続で飛んできて、僕はそれを避ける。風を裂く音が耳の真横で鳴っていた。
「茜の世界はミーくんが全てだった。それでいいと思っていました。どうせ、誰も、茜のことをちゃんと見て、話して、愛してくれる人なんて、いなかったから」
「……」
「でもこんな茜と、友達になってくれた子がいたんです。その子は本当に優しくて、強い子だったんです。教室で自分の机を見てるだけの茜に、話しかけてくれた。ミーくんが友達だって言っても、面白半分に奪ったり汚したり笑わないでいてくれた」
会長さんで2人目です、と千馬さんは笑う。瞬間、脳天に向けて振り下ろされる拳。受け止める。
「その子のことが、大好きだった」
笑う。滲む。
「好きだからずっと一緒に居たかった。何をするにも一緒が良かった。そうじゃないと安心できなかった。あの子も茜のことが好きだという確証がほしかった。ずっと……ずっと、『どこまでなら許してくれるかな』ってラインを、計ってた」
涙が落ちる。動きが止まる。
千馬さんの時間は、そこで止まっている。
「茜は信じられなかった。茜みたいな人間が愛されるはずがなかった。茜は弱い。だから茜は愛されない。茜は試して、計って、だから駄目なんだ。茜はいつも駄目なんだ。信じられるほど強くない。茜は、茜は強くなりたい……」
それが本当の、千馬さんの中に存在する、言葉。
ああ、痛いな。その気持ちは……よく分かるから。
「でも自分の弱さを、認めることも出来なかった。茜が弱くて、茜ただ1人が悪くて、そう確信してしまうのが、怖い。その弱さを、弱いことの責任を負うのが、怖い。1人が、怖い……」
震える。蹲る。光が見えない暗闇の中で。
「……だから、他に理由を用意しないと、気が狂いそうだった」
間違っていると分かっている。偽りの光だとしても、それがないと生きていけなかった。
だって、僕は弱いから。
「……分かりますよ、千馬さん」
踏み出す。
「1人で強くあれる人間になりたかったし、
大切な人とずっと笑い合っていたかったし、
悲しくて苦しくて辛くて涙なんて零したくなかったし、
自分の弱さを、誰かへの憎しみに変換するような、醜い人間になりたくなかったですよね」
分かるよ。
「──僕も、そうだから」
1人で強くあれなかった。
大切な人の笑顔を奪った。
何度も絶望して泣いた。
復讐なんて安易な手段に逃げようとした。
──でもそんな僕だったから、今、ここにいる。
「……分かって、くれますか」
「完璧に、全てを理解することは不可能でしょうけど」
手を差し出す。千馬さんは顔を上げた。
「少しでも近づくために、貴方のことを、知るために。……話しましょう、沢山。良ければ、教えてください」
そしてきっと同じくらい、僕のことも話すから。
千馬さんは驚いたように目を見開いて、すぐに微笑む。手を伸ばして。
「……背後注意、流石ですね、会長さん」
「完全に気を抜いていたので、危なかったです……」
背後に急接近したミーくん。飛んできた拳を差し出していなかった方の手で受け止め、片手で横にぶん投げた。千馬さんは全く気にせず大きな声で笑って、僕も微笑んだ。
今度こそ千馬さんは僕の手を握る。
温もりがあって、ここで、生きている。
「……いいんですか。貴方はあの人間を気に入っていたのに、加勢しないで」
少し離れて地面に体育座りをしていたジンの背後から話しかける人影が1つ。ジンは大きくため息を吐くと、振り向かないまま答えた。
「わらわが好きで見たいのは、茜らしい茜だよ。なんかわらわと一緒だと茜は茜らしくいてくれないらしいから、いいの」
そんなことも分かんない? とジンは煽るように笑う。それを聞き、少女は──実幸はくすりと笑う。
「生まれたての赤ん坊が随分と人間のことを分かったように言いますね」
「うげぇ、嫌な言い方」
「……まあ、その認識は的を射ていますね。どうやら茜ちゃんは、傍に人がいるとその人に甘えてしまう癖があるようなので。……独りで立つには、独りで立ってみるしかない」
実幸は光が溢れる世界を見る。今彼女の視界の真ん中では、主人公と呼ばれる少女がまた1人、誰かを照らしている。
世界がそう望んだ。誰の心にも光があり、それがその人の形で煌めくことを。時には光を失うこともあるかもしれない。それでも傍立つ光が燃料をくべてくれることを。そうやって光が相互に干渉し合い、光が広がっていくことを。
伊勢美灯子は証明した。自分こそがその中心であることを。──本人にその自覚はなくとも。
「……貴方の光は、言葉ちゃんの光の軌道を変えたんですね」
並大抵の所業ではない。これはまた稀有な人間に出会ってしまった、と実幸は苦笑いを浮かべる。覚えがないわけではない。だが、母数が少ないのも事実。
実幸は灯子に忠告をした。もしかしたら、貴方は選ばないといけないことがあるかもしれないということを。何かを切り捨て、大事なものを選ばないといけないことがあるかもしれないと。
──だけど彼女は、全てを拾った。全てを拾ったうえで、大事なものを守りきった。希望も絶望も、彼女の中にある全てを煌かせて、全てを照らした。
その光は、強い。その結果、良くない方向へ影響を及ぼすこともあるだろう。
だが実幸はこの目で見て、確認をした。──あれならば、きっと大丈夫だ。
「帰るの」
「ええ。次の世界に行かないと」
「もうわらわのことはいいわけ? あんな邪魔して来たくせに」
「それはご両親の教育方針に一任します」
カーテシーを披露し、実幸は恭しく頭を下げる。
これで閉幕。もう実幸の預かり知るところではない。だからどうでもいい。──どうせ灯子が上手くやる。
「まあまた何か機会があれば、私は貴方の前に現れますよ」




