あなたがいるから
「……会長さん」
そうジンに抱きしめられていた千馬さんだったが、ふと真剣な表情で僕を呼ぶ。なんでしょうか、と僕は答えた。
彼女は迷ったように視線を彷徨わせて、あの、とか、その、とか口から出て来ない言葉が宙を舞う。だがやがて言葉を捕まえたらしい。再度真剣な表情で僕を見つめると。
「──もう1回、茜と戦ってくれませんか」
「……」
「今は、あの、小鳥遊言葉とか、どうでもいいです。あの人のことは、どうでもいい。……だから会長さん的には、ちょっと無駄に体力を削るだけになるかもしれないけど、でも、茜が貴方とそうしたいと、思ったから」
一種の通過儀礼、なのかもしれない。千馬さんの瞳を見て、僕はそう思った。
恐らく彼女は今、僕を以て何かを超えようとしている。自分が恐れている、何かと。
「いいですよ」
「ぃっ、いいの!?」
「はい。別に、ほぼ毎日生徒たちから校内で勝負仕掛けられるので今更ですし」
「ぅぐ、流石は学園最強の異能力者……」
千馬さんのその絞り出すような声に、僕は思わず目を見開く。学園最強、その言葉は……言葉に使われていたものだったから。
今は僕が、そう呼ばれる人間になったのか。ちょっと、身の丈に合わない気がするけど……。
「──では僕は今から、貴方の敵ではなく……貴方の先輩、明け星学園の生徒会長として、貴方の前に立つことにします」
「……はいっ」
千馬さんの瞳が凛と煌めく。風が吹いてそのツインテールが揺れて。
僕たちは距離を取った。しばらく見つめ合って、お互い武器を構え、そして──。
「あ、小鳥遊先輩」
「……糸凌」
なんか校庭が騒がしいと思って顔を出した窓の近く。すると音の出所より先に見知った姿を発見し、糸凌は声を掛けた。すると彼女は顔を上げ、相変わらずの無表情で静かに名を呼ぶ。
「いつの間に帰ってたんだよ」
「……さっき」
「へぇ。一星たちといるの楽しそうだったし、もう少しいるものかと思ってたが」
「……記憶、あるの」
「意思があったからな」
少し驚いた様子の言葉に、糸凌はさらっとそう返す。ツッコミを入れることを諦め、言葉は視線を前に戻した。
そこには戦闘を行う灯子と千馬茜の姿がある。なんか睨まれたと思ったら戦い始めて、戦い始めたと思ったらなんか話し始めて、話したと思ったらまた戦っている。しかも今度はジン抜きで。……遠目で見ているだけなのでどんな話をしていたのか分からない。だからワケが分からない。
「なんか騒がしいと思ったら原因はあれか。何してんだあいつら」
「さぁ……」
「あ、そう。……まああれで満足するなら別にいいんだけど」
糸凌は深々とため息を吐いて、窓辺から離れようとする……だがその前に、あ、と何かを思い出したように声を出して。
「小鳥遊先輩」
「? 何……」
言葉は呼ばれるがまま振り返る。すると頭に軽い衝撃。……手刀をかまされたのだと分かり、言葉は微かに顔をしかめた。
「……何」
「あんたがいなくなったせいで俺の仕事が馬鹿にならない量になってるので」
「……」
「おかえり。無事で良かった」
糸凌はそう、優しく微笑む。そして今度こそ窓を閉めると、校内に戻っていった。言葉はその背中を見送りながら、特に痛くもない頭をさする。
……やっぱり、変なヤツだと思う。出会った時から、ずっと。
私のこと苦手だと思っているはずなのに、彼はずっと、私を大事に思ってくれている。
どうして、と思うと同時、言葉ちゃんが生きていて幸せと思う人が沢山いる、というののかの声が脳内で再生された。その言葉が、胸の中でじわりと広がる。指先まで、温かい。
ああ、生きている。言葉は両の指を絡め、静かに目を閉じた。
何故か無性に、貴方の名前を呼びたくなった。
僕はミーくんに斬りかかる。だがミーくんは腰を深く落とし、腕を曲げて拳を構える。次の瞬間には、激しい衝突。やっぱり……力負けする。
向こうの勢いを流して空中で体勢を整える。そしてそのままもう一度斬りかかろうとしたが……向こうも流された勢いのまま追撃の姿勢に入っていたらしい。タイミングが見事に噛み合い、腕に強い力が乗る。ぎり、と奥歯を噛み締めた。
そんな僕に対し、向こうは余裕だ。腕1つだけでは飽き足りず、もう一方の腕も振るってくる。ヤバいと思ったが間に合わず、僕は反射的に脚で受け止めた。……なんか変な音した気がするんだが。
色んな意味で冷や汗を流しつつ、まず力を振り絞って日本刀で一瞬押し勝ち、使っていない方の足で腕を大きく蹴って離れる。……着地の瞬間、鋭い痛みが走った。やっぱなんかヒビとか入った気がする、これ。
「Z→A」で脚の中に板を生成し簡易的に骨を固定する。それをしながら同じく「Z→A」で大量の日本刀を生成し、次々に投げていった。愚直に真っ直ぐ向かうものから、不規則な動きで飛ぶものまで。
それらに対し、千馬さんは全てに対処してみせる。冷や汗を流して少し緊張したような顔だが……落ち着いていると、そう分かった。いつもみたいに変な慌て方をしていない。
思わず、小さく笑う。
何かが変わっている。彼女の中で。そのきっかけがもし僕なら……今日まで生きて来た意味は、きっとある。
ミーくんがその巨体に似合わない素早さで僕に急接近する。そして両手を重ねるとそれを振り下ろす──僕は衝突する直前で地面を転がってそれを避けると、日本刀をがら空きの脇腹に突き刺した。
手応えはほとんどない。当たり前だ。だってミーくんはぬいぐるみなのだから。
そのまま横に振るうと、勢い良く綿が吹き出す。まるで血液のようで。
「ぅ、ぐっ……ッ!!」
声の方を見ると、千馬さんが脇腹を抑えて座り込んでいた。顔には大粒の冷や汗が流れていて、表情も苦しそうだ。
あれが千馬さんの異能力の代償……ミーくんの受けたダメージは、本人にも来る。半減以下にはなっているようだが、それでも脇腹をこうも裂いたのだ。痛くないわけがない。
……だが千馬さんは必死な形相で再び立ち上がる。そして僕を見つめた。まだ、続ける気がある。
それならいい。こちらも、遠慮はしない。
返事に代えて日本刀を振るう。千馬さんは手を振って確かに反応し、ミーくんがその攻撃を受け止めた。




