罪に罰
激しい憎悪を滲ませながらこちらを睨みつける千馬さんに、僕はどう言えばいいのか分からなかった。ただ向こうが攻撃の体勢を取っているから、こちらも攻撃の体勢を取らざるを得ない。
いや……それより。
どうやら彼女がその憎悪の視線を向ける先は、僕じゃないらしい。──その相手は、僕が背後に庇っている小鳥遊言葉。
「会長さん、そこを退いてください」
「退いたら、それで貴方は彼女をどうするつもりですか」
「会長さんには関係ありません」
「関係ある。僕は……言葉のことが大事だから」
僕がそう言うと、千馬さんはぎり、と奥歯を噛む。その音がこちらまで聞こえてくるような気がした。
「小鳥遊言葉……どれだけ苛つかせたら、気が済むんですか」
そしてやはり千馬さんが気持ちを向ける先は、僕ではなく言葉だった。
「千馬さん……説明を、していただけませんか。言葉が貴方に、一体何をしたんですか」
「……」
千馬さんは黙る。しかしすぐに僕から視線を逸らして俯くと、小さくため息を吐いた。
「……分かりました。じゃあ、教えてあげますよ」
意外にも彼女はすんなりと喋ることを受け入れ、大きく息を吸う。そしてこちらと視線を合わせないまま、話を始めた。
中学校の時、友達がいたこと。その友達がすごく好きで、何をするにも一緒だったこと。気弱で内気な自分に話しかけてくれて、優しくしてくれたこと。
だけどある日突然、その子から絶縁宣言を受けてしまったこと。
……その時は丁度、小鳥遊言葉が明け星学園に籠城し、生徒たちを人質に取っていた。世間が異能力者に恐々としていた時だった。
自分が異能力者だったから、自分まで怖がられてしまった。本当に大好きな友達だったのに。
だから許せない。大事な友達を奪った、その原因になった小鳥遊言葉のことを──。
「……」
言葉の一件があって、異能力者は様々な風評被害に遭った。親族や友人から縁を切られた人、高校や大学や就職活動に影響が出た人、異能力者というだけで石を投げられた人……挙げるとキリがない。
明け星学園も大きな影響を受けた。異能力者というだけで一般の高校から入学を断られたという生徒からの志願が殺到したため、入学者数は過去最高に。お陰で今までは弾いていたタイプの人も入学しているので、若干治安が悪くなっている。それでも入学を受け入れたのは、理事長の意思だけど。
言葉1人の行動で、世界が変わってしまった。実際に言葉へ恨み言をぶつけた人だって、知っている。僕は見ている。だから、理屈はよく分かっているつもりだ。
「わたしの、せい」
後ろで言葉が小さく呟く。どんな表情をしているかなんて、見なくても分かった。
だから後ろに手を伸ばし、その手を掴んで。
「会長さん、分かったらそこを退いてください」
「嫌です」
はっきり言い返す。千馬さんは驚いたように目を見開いた。
「……どうして」
「確かに言葉は許されないことをした。誰も許しちゃいけない。彼女が背負うべき罪だ」
「だったら……」
「でも千馬さん、貴方がその罪に罰を下すというなら、僕は貴方の敵になる」
確かに千馬さんには、言葉を許せない理由もあるし、具体的にどうするつもりかは分からないけど、手を出したいと思うのは仕方がないと思う。
だけど僕は、それを見過ごすわけにはいかない。全力で、止める。
「ッ、そいつが生きている限り、異能力者はまた嫌われる!!!! そいつは、小鳥遊言葉は、存在していちゃ駄目な人間なんだ!!!!!!!!!!」
「……」
その言葉を、僕は否定できないけれど。
「貴方も小鳥遊言葉が許されちゃいけない人間だって言うなら!!!! ……どうして庇ったりするんですか!?!?!?!?!?」
「──愛しているから」
ただそれだけの話だ。
千馬さんは大きく目を見開く。どこか絶望したような、空虚がその瞳の奥に写る。……しかしすぐに憎悪の赤に塗り潰されて。
「どうして……どうして貴方は愛されるの!?!? 茜は、全てを失ったのに!!!!!!!!!!」
「……」
感情が、ぶつけられる。痛い。彼女の気持ちが、分かる。境遇は違うけれど、こんなにも痛く、伝わってきた。
僕は。
「──そっか、茜、それが茜の激情の理由なんだね」
そこで割り込む声が1つ。
瞬きを1つすると、千馬さんの隣に人影があった。千馬さんも突然横に人が現れたことに驚いたのか、ぅひゃっ、と軽く飛び上がる。それを見てその人物は──ジンは、面白そうに笑って。
「お母さんが嫌いなのは分かってたけど、傍に人がいなくなっただけでそこまでの感情を抱けるなんて、茜はすごいね」
「ッ、何、ばかに、してるの」
ジンの言い草に千馬さんは露骨にムッとしたように眉をひそめ、絞り出すようにそう尋ねる。するとジンは不思議そうに首を傾げた。ジンにはそのつもりはなかったのだろう。
「すごいと思ってるだけだよ。わらわには無い感覚だから」
「……だから、それが──」
「大切な人がいなくなるって、どんな感じなのかなぁ。どれだけ悲しいんだろう、どれだけ辛いんだろう、どれだけ寂しいんだろう。……言葉としては知ってるけど、わらわは本当の意味で理解はしていない」
ジンの言うことに、千馬さんは押し黙る。ジンはそんな千馬さんを見上げた。
「茜はすごいよ。感情をちゃんと理解してる」
「……茜、は」
すると千馬さんは冷や汗を流し、戸惑ったように1歩後退る。明らかに取り乱している千馬さんに構わず、ジンは今度はこちらを見つめた。
「母さん、わらわは茜に付くよ」
「え!?」
「……気に入ってるから?」
「うん、茜のこと好き」
「……分かった。あんたの好きにしなよ」
「えっ、えっ」
千馬さんが驚いたように僕とジンの顔を見比べている。いや、僕も頷いちゃったけど、結構驚いてるからな。僕と言葉の対立側に立ってもいいんだ……。いやジンがいいならいいんだけど……。
僕は小さく息を吐く。そして千馬さんを見つめた。
「千馬さん、どうしても、言葉に手を出したいと言うのなら」
言葉の手を離す。1歩、前に踏み出す。もう一度、日本刀を横に構えて。
「僕を倒してからでお願いします」
千馬さんは目を見開く。しかしすぐにこちらを睨みつけて。敵意が、こちらに向く。
とうこ、と小さく声が聞こえた。でも僕は振り返らない。
「──僕が、お相手致します!!!!」




