貴方は選んだ、この世界を
ショッピングモールから出ると、オレンジ色の夕日が僕たちの顔に光を落としていた。そして僕たちと同じように家に帰ろうとする人たちの影を、黒く、黒く。伸ばしている。
「──ジン」
僕は久しぶりにその名前を呼んだ。するとすぐに、横に気配。気づくと隣にジンが立っていた。その姿は、最初に会った時と同じくらい──小学生のような幼いものになっている。
「もういいの? まだ1日が終わるまでは時間があるでしょ?」
「うん。もう……いいの」
僕は振り返り、2人を見つめる。ののかはどこか寂しそうな表情で頷き、言葉はずっと俯いていた。
「もう、帰る時間だから」
そう、これは普通に学校の友達と放課後に遊びに行って、暗くなってきたから帰る。……ただそれだけの話。
そういうものなんだ、とジンは呟く。そしてゆっくり手を挙げると。
「まあ母さんがそう言うなら──」
「──待って」
何かを終わらせようとした、ジンの声を1人の声が止める。その声の主は、言葉だった。
僕は思わず目を見開く。顔を上げた言葉──その瞳には、大粒の涙が溜まっていたから。
言葉はののかの方を見る。言葉の表情を見たののかも、同じく目を見開いて。
「言葉ちゃん……?」
「ねぇ、どうにかならないの? 間違ってる、私みたいな、私みたいな生きていることが間違いな人間がこのまま戻って、何になるの、貴方みたいな、私みたいな人間にも優しくしてくれる人が戻った方が、皆幸せなはず。私がこのまま戻って何になるの、貴方がいなくなって誰が幸せになるの、ねぇ、どうして、私じゃなくて、貴方が──」
「……言葉……」
言葉の瞳から涙が零れる。口から零れる言葉も、ただ思考を垂れ流しているような纏まりのないものになっていて。決して声を張り上げてはいない、だけど悲痛な叫びに、僕は息が詰まった。
同じ事を、思っている。どうして僕みたいな人間が生きて、ののかみたいな誰にでも優しい、周りの人を幸せにするののかがこの世にいないのだろう。それはもちろん僕が殺してしまったからなんだけど……。それでも僕たちが今、何の痛みもなく生きていて、苦しみながら死んだののかは──。
そこまで考えて、思考をやめる。だって、分かっているから。ののかは、僕の知るののかは。
「……言葉ちゃん」
ののかは静かな声でそう言うと、微笑みながら言葉の肩に手を置く。顔を手で覆っていた言葉はその手を退けて。
「怒るよ」
「……え」
ののかが端的に告げた一言で、驚いたように固まった。
「どうにかならない! そして言葉ちゃんが生きてることは何も間違ってない! 私は貴方たちが生きていてとっても幸せ! 私以外の人も、言葉ちゃんたちが生きていて幸せって思う人が沢山いる! 私はもういない、でも、貴方たちはあの世界でちゃんと、生きるの」
「ののかちゃん……」
「後ろを向くことも大事だよ。でも、どうか前を向いて生きてほしい。私の分まで、なんて言わないよ。貴方は貴方のために生きるの。貴方の幸福のために、貴方は生きるの」
「私の……ために……」
そこでののかは言葉のことを抱きしめる。言葉は大きく目を見開き、固まった。
「言葉ちゃん、貴方はもう、自分が生きたいと願っていることを知っているはずだよ。生きて、幸福になりたいって」
「……ッ、でも、でも私は……!!!!」
「私はね、言葉ちゃん、貴方のことが大好き。これまでも、これからも、ずっと。……だからそのお願いが叶えばいいなぁって思うな」
僕は小さく笑う。そして2人に近づいて……僕も2人のことを、抱きしめた。
「僕も、言葉とののかのこと、大好き。だから……2人が幸せでいてくれたらいいなって、心の底からそう思ってる」
「……とう、こ」
「えへへ、私も灯子が幸せでいてくれたらなぁって思うよ」
「うん、ありがとう」
ののかが右腕を言葉から離し、その腕を僕を抱きしめることに使ってくれる。……というかなんか、肩を組んでるみたいになったけど……まあいいか。
「2人とも大好き。2人とも、私の本当に大切で大好きなお友達だよ」
「……私はっ……そんなことを言ってもらえる人じゃ……!!」
「じゃあ言葉ちゃんは私のこと嫌い?」
「ッ、そんなわけ」
「ふふ、じゃあ言葉ちゃんが大好きな私の言うこと、信じてほしいな☆」
「いや、別に大好きとは言ってないじゃん」
「えぇっ!? でもでも、言葉ちゃんから大好きオーラ感じるよ!?」
「大好きオーラって何」
僕は言葉を見つめる。僕の視線を受け、言葉は僕が言わんとすることが分かったらしい。頬を赤く染め、少しだけ口ごもると。
「……だいすき、だよ。ののかちゃん……」
「……うんっ」
言葉の素直な言葉に、ののかは嬉しそうに大きく頷く。言葉も少しだけ微笑んで、でも悲しそうな顔もしていた。
きっと、大好きだと認めてしまったから。……大好きな人の言うことは、信じたいから。信じてほしいと、言われてしまったから。
「2人にそう言ってもらえて、私……本当に嬉しい」
そう言うとののかは、僕たちから腕を離す。そして距離を取るように2、3歩下がって。
「さようなら。2人で幸せにね」
ジンちゃん、お願い。とののかが告げる。無表情で僕たちのやり取りを見つめていたジンは、コクリと頷いた。
次の瞬間、どこかで鐘の音が響く。世界が歪む。輪郭を失って、溶けていく。
嘘の世界が、虚に戻る。
「さようなら、ありがとう──」
僕と言葉は、必死にののかに手を振る。ののかも笑ってこちらに手を振っていた。……気のせいじゃなければ、その目には涙が浮かんでいた……そんな気がする。
……ありがとう、ののか。僕と一緒に、言葉を助けてくれて。
大好きだよ。これからも、ずっと。
目を開くと、そこは明け星学園の前だった。
横を見ると言葉が立っていて、その瞳からはほろほろと涙が零れ落ちている。……きっと僕も同じような顔をしている。
言葉がこちらを見つめた。背後から夕陽が当たって、その涙を光らせる。夕日の色が涙に溶ける。
「……お帰りなさい」
「……ただいま──」
僕がそう言って笑うと、言葉もそう言って小さく笑う──。その少し先に、誰かが立っていた。
考えるより早く体が動く。「Z→A」で日本刀を取り出して、その人物と言葉の間に割り込んだ。
構えると同時、腕に強くのしかかる重さ。攻撃の威力は、その人物の想いの強さを思わせた。
「──どうして!!!!!!!!!!」
咆哮が夕方の街中に響き渡る。その叫びを聞く者は、僕たちだけだ。
下がって、と僕は背後に立つ言葉に小さく告げる。言葉が戸惑ったように頷くのを見て、僕は視線を前に戻した。
「どうして、どうしてお前のようなやつが!!!! お前は……お前は!!!! 茜の友達を奪ったくせに!!!! 小鳥遊言葉……ッ、どうしてお前だけが!!!!!!!!!!」
そこに立つのは、千馬茜──巨大化させたミーくんを横に携えながら、憎悪を滲ませた顔でこちらを睨みつけていた。




