自分の想いを持つこと
というわけで1年生の授業へ。
この学校は大学みたいなシステムで、登録していない授業にも自由に参加していいことになっている(もちろんその代わり、成績は付かない)。だから別に3年生である言葉がここにいるのは、悪いことではないのだが……。
1年生ともなると、生徒会長である言葉に見慣れていない生徒は多い。きゃあっ、と黄色い悲鳴があがり、誰もが言葉のことをチラチラ見て、何かを小声で話していた。
言葉は微笑みながら、一番後ろの窓際の席に腰掛けている。何も気にしていないように見えるが、気まずそうだというのが分かった。それなりに一緒に過ごすようになって、彼女が隠している感情も何となく分かるようになってきた気がする。
僕は言葉の前の席に座り、ののかは言葉の隣の席に座った。
「ねーねー言葉ちゃん、分からないところあったら教えてくれる?」
「え……あ、うん。もちろんだよ! なんてったって僕はと~っても優秀な生徒会長だからね! お茶の子さいさいだよ☆」
ののかに尋ねられ、言葉は一瞬驚いたように固まった後、すぐにいつもの様子を取り戻す。僕は2人を振り返り、ののかに苦笑いを浮かべた。
「もう、ののか。あんまり言葉のこと困らせないでね」
「え~っ、私は質問しちゃいけないって言うの~!?」
「いやののか、いつも予習復習とかしまくってるんだから、分からないところは大体自分で解決するでしょ」
「そ、それは~……てへっ☆」
「……ののかは言葉と話したいだけみたい」
「……そんな、わざわざ質問なんて口実作らなくても、いつだって喋るよ」
「ほんと!? わーい言葉ちゃん大好きっ!!」
「わわっ」
「いやだから、困らせちゃ駄目だってば」
ののかは言葉に抱き着き、言葉はまた戸惑ったようにしている。僕はののかを咎めるが、彼女は聞く耳を持っていない。全く……。
まあ、言葉も嫌がってはないみたいだし……これ以上言わなくてもいいか。
「なんか……意外、生徒会長って……」
そこでふと、周囲の生徒の声が聞こえる。思わず耳をそばだてると、続きが聞こえた。
「いつもカリスマオーラ凄くて、あんなにグイグイ近づく生徒っていないから……押されてる生徒会長って新鮮だね」
「生徒会長もああいう、普通の顔するんだな~」
「ちょっと分かるかも。親近感湧くっていうか……」
「もっと、俺たちとは違う世界の人だと思ってた」
最初に聞こえた声と、違う席からもチラホラ声が上がっていく。僕に聞こえているということは、言葉にも聞こえていると思うけれど。
「ねーねー言葉ちゃんって何の教科が一番得意? 私はね、理科が得意だよー! この世で起こる様々な事象がちゃんと論理的に説明できるようになるのって面白いものがあるよね! そう思うと勉強も進んで結果的に一番出来るようになっちゃった! やっぱり好き~とか面白い~って原動力になるよね! 言葉ちゃんもそう思う~?」
「そ、そうだね……」
いや、後ろでののかが質問に感想を乗せて更に質問をしていて、それどころじゃなさそう……。
「僕は……特に、これといった得意教科はないよ。満遍なく、出来るようにしてる」
「そっかぁ……言葉ちゃん、いっぱい努力してるんだね! 素敵だなぁ」
「……そうかな。ありがとう」
ののかに真っ直ぐ褒められ、言葉は照れたようにお礼を言った。声だけでも分かる和やかな雰囲気に、僕は思わず微笑む。
やっぱり……思った通りだ。言葉とののかは、似ている。いつも人のことを思いやっているところも、周りを明るく盛り上げてくれるところも、人から慕われているところも……。仲良くなりそうだなと、思っていたんだ。
だから、良かった。この光景を、誰よりも近くで見ることが出来て。
そこで先生が入ってきて、言葉の姿を捉えるとぎょっとしたように目を見開く。その視線に気づき、言葉は気にしないでと言うが如くひらひらと軽く手を振った。先生は小さく息を吐き、何事もなかったかのように教卓へ向かう。そしてつつがなく授業が始まった。
一応「ここが虚構の世界だ」と気づいた僕は、しっかり自分が過ごした1年と少し分の記憶がある。だから今の授業も、ぶっちゃけ約1年前の焼き増しだ。まあだから、簡単だった。
でもグループワークの時間に、3人で机を合わせてあーだこーだと議論が出来たのは楽しかったな。僕たちの意見はバラバラで、まとめるのに苦労したけど……でも、3人それぞれが納得できる意見にまとまったと思う。
「あー面白かった! なかなか白熱したねぇ」
「ののかがなかなか意見を譲らないから……」
「……灯子も割と強情だったと思うけど」
「え、そ、そうかな」
「いや~、灯子って淡白に見えて意外とこだわり強いよね」
「何、悪口言われてるの、僕」
「違う違う! 自分の想いを持ってるのはいいことだと思うよ! ね、言葉ちゃん!」
「……そうだね。持ってるに越したことはないと思う」
周囲に生徒の姿はない。だから言葉は淡々とした声で、会話を重ねていく。静かな廊下に、僕たちの声は良く響いた。
「私たち、意見バラバラだったし、その割に譲らないし、いや~時間内にまとめられるか焦ったねぇ」
「……ごめん」
「え!? なんで謝るの!? 意見がぶつかるのはいいことだよ!!」
「……そうかな」
「そうだよー!!」
眉をひそめ、申し訳なさそうにする言葉に、ののかが明るくそう返す。僕も大きく頷いた。
「そうだよ。今ののかが言ってたでしょ。自分の想いを持っているのはいいことだって」
「……」
そして援護の意味も込めてそう言うと、言葉が何かを言いたげに僕を見つめる。首を傾げると、言葉は目を反らし、俯いて。
「……でも、私は……」
「──伊勢美、小鳥遊先輩?」
そこで背後から、声が降りかかった。




