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話をしよう

 春松はるまつくんたちに見送られ、実幸みゆきさんの魔法に掛けられた僕とののかは、しばしの間なんとも言えない浮遊感に体を包まれていた。

 確かなのは繋いだ手の感触とその温かさだけで、隣を見れば、彼女が笑いかけてくれた。


 やがて体が下に引っ張られるような感覚を覚える。それに逆らわず、着地をして。



 僕たちはきっと、宇宙にいた。



「母さん、待ってたよ」


 そして僕たちを出迎えたジンは、柔らかな笑みでにっこりと笑った。



 そこは何と言うべきか、やはり宇宙と言うべきだろうか。周りには星空が広がっていて、足元には岩。表面には灰のような砂のような……小さな粒子が広がっていて、足を動かすたびに小さく音を立てる。小惑星の上にいるようだった。

 ただ息ができるから、やはりここは宇宙ではないのだろう。


「ついでに、そこの君も。初めましてだね」

「……初めまして、ジンちゃん」


 ジンに呼びかけられ、ののかは緊張感の持った声でそう答える。ジンはクスクスと笑った。その余裕気な態度に、背中を冷や汗が伝うのが分かる。


「ねぇ、母さん。どうしてあの世界を壊しちゃったの? せっかく母さんとお母さんのために作ったのに。……わらわ、悲しいな」


 ジンはそう言って……本当に少し悲しそうに、僕を見つめた。


「そこの人とも、わらわの世界だったらずっと一緒にいられたのに。母さんはそこの人と生きることを願っていたんでしょ? その人が死なずに生きて、一緒の学校に通って、それで幸せに」

「……」

「わらわ、何か間違ったことをしちゃったのかな。母さんが気に入らないことをしちゃったのかな。……分からないや」


 分からないから。ジンはそう言って、右手をゆっくり上げる。すると地面に敷き詰められた粒がジンの手に集まり出して。

 黒い、人影。学校や海中要塞で見た──!!


「分かって、もらわないと」


 ジンはそう言って手を振り下ろす──。



「──タイム!!!!!!!!!!」



 ──その前に、僕は思いっきり大きな声で叫んだ。



 ジンは驚いたように動きを止め、ののかも横で固まっているのが気配で分かる。

 久しぶりにこんな大きな声を出した。僕は思わず息を吐いて、それからジンを見つめる。


「……ジン、正直僕も、貴方と戦うつもりでここに来た」

「……えっ、う、うん」

「でも、やめる」


 えっ、とジンがもう一度気の抜けたような声をあげる。その瞳をしっかり見つめ、僕は告げた。



「ジン、話をしよう」



 ジンは目を見開く。僕は歩み寄って。


「分からないこと、ちゃんと教えて。全部話すよ。もし誤解しているところもあるなら、ちゃんと訂正する。たぶん伝えられてないこともあるから、それもちゃんと話す。それで、それで……」


 目の前に立つ。いつの間にかジンは、僕より少し高いくらいの身長になっていた。恐らく、高校生くらいだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は笑って。


「ジンがやったこと、やろうとしていたこと、考えていたこと、考えていること……全部全部、話してほしい」


 ジンはキョトンとしていた。しかしすぐに、パァッと顔を輝かせて。


「──うんっ!!」


 そう、大きく頷くのだった。





「──で、ここまでが小学校のことね。次は中学校のことなんだけど……」


 それからどれくらい時間が経っただろう。僕は生まれてからのことを1つ1つ、丁寧にジンに話して伝えていた。


 目の前にはお菓子の山とジュースのビル群。お気に入りのお菓子を手に取ろうとして、僕はそれがなくなっていることに気が付いた。


「ののかごめん。お菓子なくなったから出してもらっていい?」

「思ってた異能力の使い方と違う!!!!!!!!!!」

「え、ごめん」

「いやいいんだけどね!? 私戦ったことないからどう異能力使おうか不安に思ってたから、不安なことが実現しなくて良かったんだけどね!?」


 そんなことを叫びながらののかは、律儀に胸の前で手を組む。すると僕の頭上にお菓子が現れ、僕はそれを手に取った。

 ののかも自分で出したグミの袋を手に取り、もぐもぐ食べている。そういえばあれ、プチ旅行に行った日の夜に食べたお菓子の中にあったな、なんて懐かしくなって。


 ……それでジンと話すことを決めた僕だけど、それで手始めにやってもらったことがののかに話す環境を作ってもらうことだった。それで作り出されたのが、ここ。学校の教室だった。……と言っても窓の外は相変わらず宇宙的なあれなんだけど。

 まるで明け星学園の教室の1つのようだった。ののかは明け星学園の教室を見たことがないはずだから、僕が勝手にそう思っているだけだと思うけど……。


 そしてののかにはお菓子やジュースも出してもらい、沢山の机をくっつけてそこに積み上げ、椅子を持ち寄って話をしているというわけだ。


「……それでののかと出会ったってわけ」

「あの時はおでこ痛かったね~」

「本当にね……」


 中学校の話になると、ののかの話が8割になる。だから必然的にののかも話に加わってきて、僕たちは思い出を振り返った。


 出会った時の最悪な印象。

 それでもののかの人柄に惹かれて、この人を知りたいと思ったこと。

 一緒にショッピングモールに遊びに行ったこと。

 ののかの入院の理由を知ったこと。

 初めて人のために涙を零したこと。

 人の悪意に触れたこと。

 自分の無力さに絶望したこと。

 ののかの言うことをちゃんと聞かず、勝手に誤解をして怒ってしまったこと。

 それでもう二度と、ののかの笑顔が見れなくなってしまったこと。


「……それで僕は、異能力を使ってののかを殺したから、危険な異能力者になって……でも汎用性の高い異能力だからって、異能力の使い方を学ぶために明け星学園に転校したんだ」


 ののかは何も喋らない。ただ悲しそうに、こちらを見ていた。

 僕はそれを見つめ返し、小さく頷くと話を続ける。


 もう誰にも心を開かないよう決心したこと。

 それでも言葉に出会ったこと。

 言葉に手を引かれ、色んな人に出会ったこと。

 学校生活を過ごして、事件を解決して、僕はその出会いを大切に思うようになっていたこと。


 異能犯罪者たちの対処をするようになって、Smileにも再会したこと。

 それでもののかに言われたことを思い出して、許すことを選んだこと。


 言葉に責められて初めて、彼女の心を深く傷つけてしまったことに気づいたこと。

 それでも他でもないこの僕が、言葉を救いたいと思ったこと。


 言葉と共に生きることを約束したこと。

 言葉が僕の、本当にとても大切な、愛している人であること。


「だから、言葉が例えそう願っているとしても言葉には消えてほしくない。僕は言葉を愛していて……いつか、言葉が生きるのが楽しいって、悪いことじゃないって、そう思ってくれたらいいなって願ってる。そしてそう思ってくれるよう、僕は頑張らないといけない。だから……あの人を1人にするわけにはいかないんだ」

「それが、母さんの役目なの?」

「役目、ではない。僕が勝手にそう決めて、勝手にやろうとしてるだけだ」


 それでもあの人は、僕がそう勝手にするのを許してくれたから。

 僕はそれを、引き続き頑張るだけだ。

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