刹那の奇跡
「さて、ではジンの元に貴方をお送りしようと思うのですが……その前に」
「?」
実幸さんは魔法のステッキを取り出す。握りやすい大きな円柱状のグリップの先には、宝石のような大きなピンク色のハートがある。その繋ぎ目からは翼が生えており、まあ何度見ても休日の朝に放送している魔法少女のアニメのようなステッキだな……と思う。
一体何をするのだろう、と思っていると、実幸さんはそのステッキを頭上でくるくると回し始めた。まるで空気中で何かを混ぜているが如く。何してるんだ、と僕は眉をひそめ。
「焼け落ちた祈りの
眩い核を持つ者よ
この世に生きるともしびを
導く光を、再び」
実幸さんはまるで台詞でも唱えるように、詩にも似た呪文のような言葉を紡ぐ。慈愛に満ちた表情で魔法のステッキを振り下ろすと……その先に眩い光が迸った。
一体何なんだ、と僕は思わず目を閉じる。そして光が引いたのを瞼越しに確認すると、目を開いて。
──目を見開いて。
「……え、えーっと……えっ、私ってもうお役目ごめんになったんじゃ……」
「の、のか?」
僕はその名前を呼ぶ。自分でも驚くほど、声が震えていた。
一体どういう、と思っていると、実幸さんがこちらを向く。
「灯子ちゃん。貴方が今いるこの世界は嘘っぱち。いつかちゃんと消え失せる、期間限定の世界です」
「……は、はい」
「だからこそその隙を突いて、すこ~しだけ、無理をしちゃいました。……永遠は与えられません。でもどうせ都合のいい夢を見ているのなら、少しの間だけ少し都合がいいことを増やしてもいいと思うんですよ」
僕は目の前に現れた少女を見つめる。彼女も戸惑ったように僕を見つめていて、でも。
「……嘘じゃ、ないの?」
「……嘘じゃない、みたいだね?」
僕の問いかけに、彼女は疑問形でそう返す。僕は思わず地面を蹴り、彼女を力強く抱きしめた。
「実幸、いいのか?」
「うーん、良くないね」
死に別れた親友との刹那の再会を見届ける2人の魔法使いは、神妙な顔つきでそんな会話を交わす。その返答に眉をひそめる夢に、実幸はニッと笑った。
「でもさ。──それでも私は魔法少女なんだから、頑張ってる人を笑顔にする奇跡くらい起こせなくてどうするんだ!! って思うんだよね♡」
魔法少女は奇跡を起こすものなんだから。実幸はそう告げる。夢は思わず目を見開いて……そして、小さく笑った。
やっぱり俺のヒーローは、言うことが違う。そう思って。
「……後で神様にはちゃんと怒られまーす」
「はは、そうだな。俺も付き合うよ」
かと思えば急に顔をしかめてしおしおと小さくなる実幸に、夢は思わず声をあげて笑う。まあ死者を本当の意味で生き返らせているわけじゃないし、きっと最初ほど怒られることはないだろう。
心臓に手を当てる。鳴いて、揺れている。命を証明するように。
あのジンという存在も、同じように証明があるのだろうか。夢は静かにそんなことを考えるのだった。
少しの間話をすることを、春松くんと実幸さんは許してくれた。話したいことはいっぱいあったけれど、とりあえずこれだけ。
「僕、生きてるよ。ちゃんと、生きてる」
僕の言葉にののかは目を見開き、そして吹き出すように笑った。
「見てれば分かるよ! ちゃんと、生きてるんだね」
ののかは僕の手を握る。上向きに恋人繋ぎをして、まるで2人で祈るように。
「……うん、貴方は、とても綺麗だよ」
綺麗に煌めいている。ののかはそう言う。それだけの言葉が嬉しくて、僕は涙が溢れて止まらなくなった。でも目は逸らせない。やっと、証明が出来たから。
貴方がくれた命で、僕はちゃんと生きている。苦しくても、悲しくても、辛くても、ちゃんと。
少しの間だけそう泣いて、やがて僕は塞がっていない方の手の甲で涙を強引に拭った。思いのほか強い力で擦ってしまったせいで痛いけれど、でもその痛みが今やらなければいけないことを教えていた。
「……ののか、僕は、言葉を助けに行かないと。1人にしないって、約束したんだ」
「……うん、そうだね」
ののかは微笑んで頷く。その優しい瞳に安心し、手を離そうと力を緩めると。
「はいっ、ご挨拶は終わりましたか? 説明を続けますよ~」
「うわ、実幸さん」
「うわとは失礼な。ちょっくら頑張って奇跡を起こしてあげたんですから、感謝してくれたっていいんですよ~?」
「それは本当に、ありがとうございます……」
素直に礼を言うと、分かればいいんですよ~! と実幸さんはにっこりと笑う。
「それでお察しの通り私も夢も、ジンのところに連れて行って、それで終わりです。それ以上は手を貸しません」
「……はい」
「でもののかさん、貴方は手を貸して大丈夫です」
「えっ、私?」
「はい。貴方の異能力の代償は、使用すると死に至るというとてもシンプルなものです。……ですが既に亡くなっている貴方には、それはもう関係のない話ということですよ」
「!」
実幸さんの言葉に、ののかは目を見開く。その隣で僕は、やっぱりののかはもう死んでいて、二度と戻ることはないんだということを突き付けられていた。いや……もう何度も確認したことだし、受け入れているんだけどさ。
「……灯子」
「……うん、何?」
「言葉ちゃんを助けに行くの……私も、手伝っていい?」
目を見開く僕に、ののかは笑いながら続ける。
「大好きな親友の大切な人を、私も助けて……それで、2人には幸せでいてほしいから」
ぎゅ、と、手を握る。温かくて、ここに貴方が、確かにいた。
僕に人の温もりを教えてくれた人。
「……心強いよ。ありがとう」
目を合わせ、笑い合う。
それを見届けた実幸さんは、魔法のステッキを大きく振る。風が吹き、実幸さんの髪が大きく靡く。実幸さんと春松くんは、僕たちに笑顔で手を振ってくれた。僕たちはそれに手を振り返して。眩い光が迸る。僕は目を閉じた。
──言葉、待っていてね。




