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もう一度

「確かに僕は望んだし、願ったよ。ののか……あの時、君の話をちゃんと聞いていれば。ちゃんと聞いて、それで、Smileのこともどうにかして、それで、一緒に明け星学園に入学して、一緒に高校生活を送れたら、どんなに良かったかって」


 一緒の高校に行きたいねって、話したんだ。別にしっかり約束をしたわけじゃない。それでも、ちゃんと本気だった。そしてののかも、ちゃんと本気でそう思ってくれていた。僕はもう、それを知っている。

 だけど、違う。こんな形で叶っちゃいけない。


「でも、言葉1人を消して、それを忘れて幸せに生きるなんて、そんなの──僕は望んだりしない」


 言葉。小鳥遊たかなし言葉ことは。僕が裏切ってしまった人。僕を愛してくれた人。僕が愛した人。忘れちゃいけない。一緒に生きるって、約束したんだ。

 1人にしない。そう誓ったはずなのに。


 だからこんなところで、都合のいい夢に取り残されているわけにはいかないんだ。


「……そう」


 すると、ののかは小さくそう呟く。


 風が吹く。隙間風のような冷たく刺してくる寒さだ。この風が、今が本当は春ではないことを教えてくる。


「灯子、ここは、皆の望みが叶った世界なんだ」

「……?」

「皆の望みが叶って、幸せなんだよ。心音ちゃんは親から捨てられた過去がないから、帆紫くんと義理の兄妹にならず、付き合うことが出来た。雷電らいでん先輩は周囲の人から誤解されることなく、彼らしい人となりを知ってもらうことが出来た。瀬尾先輩と聖先輩は誰のことも傷つけず、誰かの思惑に傷つけられることもなかった。……灯子がこの世界ではまだ出会っていない、いずみさんも、密香ひそかさんも、カーラちゃんも、みことさんも、あかねちゃんも……貴方が知らない人も。皆みんな、望みが叶って幸福に生きているんだよ」


 それは言葉ちゃんも。ののかは続ける。


「言葉ちゃんは、消えることを望んでいる。過去も、現在も、未来も、全て」


『お母さんはね、消えちゃうことを望んでるんだ。自分に関する全てのことを。昔も、今も、未来も、ぜーんぶ』


 頭の中で、声が重なる。


「だから貴方は言葉ちゃんを忘れた。貴方は私を殺さなかった。これから言葉ちゃんを傷つけたりその信頼を裏切ることもしない。この世界に、貴方の後悔はない」


 後悔が、ない。

 皆の望みが叶っている。それで幸福。……理屈は分かる。そして、本当にそうなんだろうな、ということも。


 僕の望みはここにある。後悔をせず、後ろめたいことを持たず、本当の意味で前を向いて生きていくことができる。僕は誰も傷つけない。あんなに切望した親友との人生がある。ただ。


 ──ただ、言葉がいないだけ。


「……そんな世界、いらないよ」


 僕は迷いなく、そう告げる。ののかはジッと僕を見つめた。


「言葉がいない世界なんて、僕はそんなの、いらない」

「……灯子1人の想いで、沢山の人の幸福を捨てるの?」

「僕1人の想いじゃ、ないよ」


 だって僕は、知っている。


 言葉は、沢山の人に愛されている。沢山の人に大切に思われている。その話を、沢山、本当に沢山聞いたんだ。

 そして僕は、言葉を大切に思う人たちに信じられて、試されて、託されたんだ。

 共に生きることを。存在を留めることを。僕自身から手を伸ばすことを。星のように煌めくことを。


 彼ら彼女らも、こんな世界は望まない。



「僕は1人じゃない。僕1人の想いじゃない。僕は言葉を愛している。言葉は沢山の人に愛されている。──こんな作られた狭い世界、僕が消してやる!!!!」









「──そう、それでこそ主人公ですよ。伊勢美灯子」


 すると見知った声が頭上から降りかかる。そして両隣に気配。左右交互に見ると、そこには実幸みゆきさんと春松はるまつくんが立っていた。


「伊勢美、よく選んだな」

「まあ灯子ちゃんは主人公ですからね~。ちゃんと世界を消す方を選んでくれると思っていましたよ」

「……選ばなかったら、どうなっていたんですか」

「私は貴方を見捨てます。ずっとこの都合のいい世界で盲目に生きればいいんじゃないですか?」

「投げやり……」


 笑顔でドライなことを言うものだから、本当にこの人怖いな……。

 まあ、この人の望み通り僕はこの世界を否定することを選んだ。今更もう一方の選択に興味などない。


 全ての人の望みは叶わない。僕の後悔はなかったことにならない。誰かが悲しみに暮れ、怒りに身を染める。──僕はそんな世界を、選ぶ。

 だってそんな世界で、僕も、彼女も、生きている。……精いっぱい、動いて、間違えて、嘆いて叫んで、笑って泣いて、怒って狂って、出会って別れて、たった1人の貴方を愛したのだ。


 言ったことは嘘じゃない。確かに間違いや後悔だらけで、どうしてあんなことをしてしまったんだろうと何度も考えて、苦しくて、悲しくて、辛いけれど。


 それでもそれだけじゃないと、僕はもう知っているのだ。


「……ののか」

「……」

「貴方が託してくれた想いを、命を──全てを光にして、僕は誰よりも煌めくよ」


 ののかは目を見開く。貴方に対する後悔は消えない。貴方は二度と帰ってこない。貴方との日々は、二度と更新されない。

 それでも貴方と過ごした日々も、決してなかったことにはならないから。


「貴方がくれたものを無駄にしないためにも、僕はあの世界を選ぶよ」


 僕は「Z→A」で日本刀を取り出す。貴方がくれた異能力。僕が失ったものをもう一度、取り戻す能力。


 これで貴方そのものは戻らないけれど。

 貴方がくれた想いを、もう一度取り戻すよ。


 今度こそ、後悔しないように。


 切りかかる。ののかは、避けなかった。





 世界が煌めく。光の中に、僕たちは確かにいる。

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