崩壊
「ののかって何て言うかさ」
「うん?」
僕が突然話を切り出すと、口いっぱいにパンを詰め込んだののかが不思議そうに首を傾げる。膨れた頬を少し面白く思いながら、僕は言葉を続けた。
「人脈、広いよね」
「……。そうかなぁ。普通だと思うけど」
「いや、あんまり授業被ってない同級生のこと知ってたり、先輩のことも知ってるからさ」
「んー……灯子は逆に他の人にあんまり興味持たなすぎだと思う」
「……それはそうかもしれないけど」
ののかに図星を突かれ、僕は思わず言葉に詰まる。
でもだって、仕方がないじゃないか。まともに人と関わったのなんてののかが初めてだし。その初めてまともに関わった人も、向こうからグイグイ来てくれたから保たれた関係なのだ。
自分からどう行動すればいいかなんて、分からない。まあ行動しない時点で、僕の人への興味なんてその程度のもの……ということなのだろう。
分かっている、けれど、耳が痛い。
「だって心音ちゃんに関しては同級生だし、1年生はほとんど必修授業だから授業が被りがちでしょ? 心音ちゃんはよく授業被ってるよ」
「え、そ、そうなんだ」
「生土先輩も陸上部のエースだから有名人だし。この前の学校からのメールでも『大会で優勝しました~』っていうお知らせ来てたでしょ?」
「そ、そうだっけ……」
僕の歯切れの悪い返事に、ののかは苦笑いを浮かべる。灯子は仕方がないんだから、とののかは呟いた。
「私はやっぱり……中学校、ほとんど通えなかったから。だから高校はこうして通えて嬉しいし、しかも親友とこんなに長い時間過ごせるんだから、こんなに嬉しいことはないよ」
「ののか……」
「でもね、そんな大好きな親友だからこそ、私だけの時間で終わってほしいと思ってないんだ!! 逆に私も、灯子と過ごすだけで終わってるわけじゃないから!!」
「う……」
びしっ、と指を差され、言葉を失う。いつもなら人に指を差さないと注意をするところだが、今日は正論なだけに何も言えなかった。
「……灯子はさ、1人じゃないんだよ。貴方の世界は、貴方が思っているよりずっと広いんだから」
するとののかはふと表情を和らげると、優しい声色でそう告げる。それって、と僕がその言葉の意味を考えていると、ののかの視線が僕の後ろに注がれる。そして勢い良く立ち上がるので、僕はびっくりしてしまった。
「瀬尾せんぱーーーーい!!!! 聖せんぱーーーーい!!!!」
僕は同じように後方に視線を送る。するとそこには2つの影が。1人は身長の低い、深緑色のブレザーの制服を着た黒髪をツインテールにした生徒。もう1人は身長が高い、灰色の髪で水色を基調としたパーカーを着ている生徒だった。
流石にあの2人は知っている。特にあの人は……。
「一星さん、こんにちは」
『ののかちゃん、こんにちはー!』
2人はののかの挨拶に反応をすると歩み寄ってくる。瀬尾先輩の右腕には──風紀委員会という腕章が付けてあった。
この人は風紀委員会の委員長。この自由な校風とは裏腹に、規律に厳しい人で有名だ。風を操るという異能力はとても強く、校内で過度な異能バトルを繰り広げる生徒たちの間に割って入り、説教を食らわすという光景をよく見る。まあ明け星学園がこう、全体的に自由なのに平和なのは、こういうちゃんとしている人がいるからなんだろうな……とぼんやりと思った。
……で、ののかと風紀委員長……と、風紀委員長の友達だろうか、はなんで知り合いなんだ?
すると僕の視線を悟ったのか、ののかがこちらを見つめる。
「この人は風紀委員長さんの瀬尾先輩だよ~。こっちが幼馴染の聖先輩。……先輩方、この子はいつも話してる私の親友の灯子です!」
「先輩にまでいつも僕のこと話してるの? 恥ずかしいんだけど……」
「ああ、貴方が。お噂はかねがね」
『ののかちゃんからいつも、大好き~って話聞いてるよ!!』
「恥ずかしい……」
本当に勘弁してくれ。
「……そういえば一星さん、まだお礼をしていませんでしたね」
「えぇ、そんな。お礼なんて気にしなくていいですって!!」
「そういうわけにはいきません。偲歌は私の大切な幼馴染……私の半身のような存在です。そんな大切な人を助けてもらったんですから」
本当にののかは何をしたの?
僕の隣で、お礼をさせてくれ、いやいやそんな、というやり取りが行われる。しかしやがてののかが折れ、連絡先を交換すると後日改めて会うことに決め、瀬尾先輩たちは立ち去って行った。
「……ののか、何したの?」
「いやぁー、うーん。ちょっとね」
「いやそこ、誤魔化すとこ?」
「なんか恥ずかしくて!! ……聖先輩、声を出すと声を聞いた人を操っちゃうっていう異能力を持ってるんだ。だから機械を付けて制御してるんだけど……その機械が壊れちゃったみたいで。それで困っていたところを私が助けた、的な……」
そういえばあの高身長の人、なんか機械を介したような声だと思ったが……本当にそうだったのか。そして困っている人を助けるなんて、なんてののからしい。
本当に、ののかはいつも。……偽善でも見返りを求めるわけでもなく、ただ純粋に人を助ける。困っている人は絶対に見捨てない、皆の味方だ。
──……。
いつも明るくて、元気いっぱいで、色んな人に話しかけて、話しかけられて、誰からも信頼を寄せられていて、皆の人気者。
でも、僕は知っている。
本当は大人しくて、目立つことを怖がっていて、人のことも怖くて、それでも強くならないといけなかったから、強くあろうと努力をしていたんだ。ずっと、1人で。
1人で。
──これは、なんだ。
「……灯子!?」
後ろから僕を呼ぶ声が響き渡る。だけど僕は構わず、動き出した足を止めることはなかった。
何かがおかしい。何かが引っかかる。どうして、これは僕が望んだ、平和な日常じゃないか。何もおかしいことなんてない。
そう思うのに、足は止まらなかった。
学校からのメールを見た。差出人は、理事長だった。
教室を見た。いつも通りの日常だった。
部活動を見た。いつも通りの日常だった。
委員会を覗いた。知らない人たちが会議をしていた。
生徒会室を覗いた。
知らない人たちが、仕事を分担してこなしていた。
これは、なんだ。
これが、僕の望んだものなのか? 願ったものなのか?
こんな、これが。僕は。
「灯子っ? はぁ……どうしたの? 急に走り出すから、びっくりしちゃったよ……」
僕に追いついたののかが、肩で息をしながらそう言う。
僕は振り返る。目が合う。──その瞬間全てを悟って、込み上げるものがあった。そうか、これが、僕が望んだ、願った、そうか。
でも……駄目なんだ。
これは、駄目なんだ。
「ののか」
その名前を呼ぶ。僕の後悔の象徴ともいえる存在を。僕の唯一無二の親友を。
そうだね、そうだ、きっと望んだし、きっと願った。
それでもやっぱり。
「この世界は、駄目だよ」
鐘の音がする。合図が出される。自分の知るもの全てが塗り替えられる、その瞬間の。
「この世界には、言葉がいない」




