天衣無縫の布
「ご心配には及びません」
「ご心配に及びますが!?!?!?!?!?」
「もちろんこうなると思っていたので、ちゃんと対策していますし対抗策も考えていますよ」
ここ、「湖畔隊」の本拠地である海中要塞。その名の通りここは海の中だ。泉さんが襲撃されると困ると喚くのも当然の話で、だって壁とか突破されたら、黒い人影を待たず水圧で死ぬし溺れて死ぬだろう。もちろんそう簡単に破れないような素材になっているとは聞いているが、相手は言葉にしろそうじゃないにしろ相当な手練れだ。きっとすぐに突破されてしまう。
だが僕はこうなることを見越して、きちんと海中要塞全体に「Z→A」でバリアを張っている。僕の異能力は、手で届く範囲にしか物を生成できないが……床に付く足、そこから海中要塞そのものが僕自身であるという風に認知を拡大させる。結局、想像力の問題だ。そういうわけで泉さんたちと話しながらバリアの設置は完了。かなり広範囲に分散して張った分、強度は微妙だが……無いよりはマシだろう。
「千馬さん、行きますよ」
「えぇっ」
「お2人とも、中は頼みます」
「お前に言われなくても」
「えっ、お前ら外行くの!?」
「会長さん、外行くんですかぁ!? そ、外って海の中!?」
「そのまさかです。行きますよ」
「あぁぁぁぁっ、茜っ、まだ死にたくない!!!!!!!!!!」
喚く千馬さんに構わず、僕はその腕を引く。だがすぐに立ち止まり、振り返って。
そこには、相変わらず楽しそうに微笑みながら座り続けているジンが。結構揺れたと思うんだけど……。
「ジン、危ないから動かないでね」
「はーい!」
「あ、でも危なそうだったらちゃんと身を守る行動してね」
「え? 動いていいの? ダメなの?」
「……えーっと、臨機応変に!!」
そろそろ揺れも酷くなってきた。生成したバリアに強い衝撃が走っているのもなんとなく分かる。僕はヤケクソのように叫ぶと、千馬さんの手を引いてその場から駆け出した。
「か、会長さん~っ、海中に行くんですか、どうするんですかっ」
「潜水艦と同じ要領で行きます。僕が小さな部屋を生成するので、それに水を入れて外と水圧を合わせて出ます」
「な、なるほど……!?」
「あ、千馬さんは外出なくて大丈夫ですよ。ミーくんだけ出てくれれば」
「えっ!! 嫌ですよ、濡れるじゃないですか!! というか濡れると動き鈍くなっちゃいますし……」
水は天敵です、と千馬さんは眉をひそめ、ミーくんを強く抱きしめる。僕はそのミーくんに手をかざし。
「防水効果を付けました」
「へ」
「僕も今から慣れないところに出るので、出来れば千馬さんには全力で異能力を使って……僕のサポートをしてほしいんです。頼めませんか」
またマネキンを生成して貸しても良かったが、今回は水中だ。より強くなると分かっている手段があると分かっているのに、それを使えないのはもどかしい。
だからこれが僕に出来る、精一杯の譲歩だ。
じ、と千馬さんを見つめる。いや、とか、その、とか千馬さんは激しく視線を彷徨わせ、言葉に詰まらせた後。
「~~~~ッ、分かりましたよ、やればいいんでしょう!?!?!?!?!?」
「助かります」
「あーもうっ、また茜は流されてバカバカバカ!!!!」
僕はミーくんを受け取り、小部屋を生成。その中に入ると、外の水を徐々に入れていって水圧を合わせていく。本当はもっと工程を積まないといけないとは思うが、そこは諸々異能力でカット、時短だ。
小部屋の中が水で満たされる──ちなみに僕は「Z→A」で体内に耐えず酸素を生成しているので水中でも呼吸が可能だ。僕は目の前に扉を生成すると、そこから外に出た。
そして海中要塞の壁に手を当て、その壁を窓に生成し直す。すると中にいる千馬さんと目が合い、彼女は大きく肩を震わせた。こうすれば、彼女がミーくんを扱うことも可能だ。
来ますよ、と僕は口を動かす。千馬さんはコクリと頷いた。
すると目の前に素早く躍り出る影。……今日2回も見た、あの黒い人影だ。水中だからかは分からないが、今はイワシの大群のように見えなくもない。
僕はミーくんを手放す。するとミーくんはどんどん黒い人影と同じくらいのサイズになり、僕は苦笑いを浮かべた。……また怪獣対戦みたいに見える。そう言ったら千馬さんに怒られそうだな、と思ったから。
ミーくんは大きく振りかぶり、黒い人影に拳を振るう。だがどうだろう。黒い人影は離散してしまい、その拳は空振りに終わった。それどころか黒い粒子は本当に小魚のように海中を縦横無尽に駆け巡ると、ミーくんに纏わり付き始める。な、なんかよく分からないけど、ヤバそう。
やっぱりミーくんを出さなければ良かった、と千馬さんに泣かれるところを想像し、僕はその場から動き出す。「Z→A」で激しい水流を生み出すと、ミーくんに纏わり付く黒い粒子を絡めとっていく。気分は洗濯機だ。
すると黒い粒子はこちらを敵認定したらしい。今度はこちらに纏わり付こうと、四方八方から襲い掛かってくる。……離散されると面倒だ。やはり、小学校の時のようにまとめる必要があるな。
僕は水を蹴り、素早く黒い粒子から距離を取る。すると僕の軌道を追うように粒子も付いて来て……まるで星の尾だ。まとめやすくなってくれて良かった。
「Z→A」で、生成。何千、何万もの糸を生み出し、それを紡ぐ。頑丈に、隙間を全て排して──天衣無縫の布。
僕はその布で黒い粒子を包み込んだ。出られないように素早く布の四方を結んでしまうと、袋になったそれをミーくんにぶん投げる。すると千馬さんはその意図をしっかりと拾ってくれたらしく……先程の怨念も込めてか、全力で、本当に全力で、殴り飛ばした。袋に手の部分がめり込み、すごい衝撃であることが遠目でも分かる。本当に、すごいパワーだな……。
ミーくんに殴り飛ばされた黒い粒子の詰まった袋は、深海の彼方に消えていく前に塵になって海水に溶け込むように消えていくのが見えた。まるで初めから、何もなかったみたいに。
そう、何もない。
ことは。僕は口を動かす。口から出たのは泡だけで、音にはならなかった。




