愛に溢れた人
そんな漫才もそこそこに。僕は再びジンに黙っているよう告げ、泉さんは軽く咳払いをすると気を取り直すように真剣な表情でこちらを見つめた。
「それで……俺が高校生の時から見た小鳥遊の話をすればいいんだよな」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
「分かった。何か、役に立てることがあればいいけど」
泉さんはそう言って、何かを思い出すように斜め上へ視線を向ける。
「初めて会った、というか、見たのは入学式の時。小鳥遊は新入生代表挨拶をしててな」
「ああ……ぽいですね」
「なんかビビって来たというか。……うーん、この子を生徒会に入れようと思った」
「……随分飛躍しましたね」
「思ったんだよ。なーんかこの子、生徒会に入る前の俺に似てるってさ」
泉さんのその言葉に、僕は思わず目を見開く。
「全てに期待して、でも全てを見限っていて、絶望している。……そんな目をしていたから」
同じだ。
それはかつての僕だ。ののかを苦しめたSmileに復讐をする力を手に入れるため、明け星学園に足を踏み入れた僕だ。でも心のどこかでこの苦しさから救ってくれる何かを期待していた僕だ。でも必ず成し遂げなければならないと、救いも光もこの世には無いのだと諦めていた僕だ。
思ったんだ。
初めて、千馬さんを見た時。
この子は、僕と同じだと。
「もうそこからは勢いっていうか。次の日には勧誘して、まあ色々あって小鳥遊はそれを承諾してくれて、まあ色々あって信頼してもらえるようになって……」
「……その色々が重要なんじゃねぇの」
「え、密香気になるの?」
「別に俺はどうでもいいが、あの女を見つけたいなら話せることは全部話しておくべきなんじゃねぇかよ」
そして泉さんと忍野さんは相変わらずの調子で話している。僕がジッと忍野さんを見つめると、あの女が入学したのは俺が退学した後だよ、とあっさり返される。思考を読まないでほしい。まあアテにならないと分かったのはありがたいけれど。
「ん~、カッコ悪いからあんまり話したくないんだけど……俺生徒会長になりたての時、すごいナメられててさ。暴力振るわれたりとか結構あったんだよ」
「え、治安悪。……いや、今の僕が言えることじゃないですけど」
「そこはお前の力で頑張ってくれ。……俺のは学校の雰囲気とかじゃなくて、やっぱ俺の異能力は弱いし、なんだろう、ナメられやすいんだよな、俺……」
「お前金巻き上げやすそうな顔してるもんな」
「隣の人がなんか言ってる~~~~。……それはともかく。小鳥遊が助けてくれたんだよ。異能使った後だったから、余計に俺のこと怖かったろうに……保健室まで運んでくれてさ」
その話は、想像に難くない。きっと迷いに迷って、でも見捨て置くことを選べなかった。あの人は、そんな優しい人だ。
「小鳥遊は副会長としてすごく真面目に働いてくれて、やっぱ小鳥遊はその異能力の強さで有名だったから、相対的に俺もそういう、暴力振るわれたりとかなくなってさ」
「……やっぱりあの人はすごいですね」
「うん、本当にすごい子だよ。誰よりも優しくて、人一倍努力家で……でもやっぱり、人とどこか距離を置いている子だった」
泉さんはそう言って苦笑いを浮かべる。
「誰も信じていない感じがした。俺にも笑顔で話しかけてくれるけど、いつも腹の中を探られてるみたいだった。なんか、そうせざるを得ない状況に置かれ続けていたんだろうな、って思った」
「……はい」
「学校内で素行の荒い、というか俺とか生徒会のことを良く思っていない生徒がいて……異能で攻撃を仕掛けられた時、小鳥遊が被害に遭いそうになっていたところを俺が庇ったんだけど、それでようやく俺は信頼してもらえたっぽくて、懐いてくれるようになったよ。なんか、なんだろう、今まで五重くらいだった壁が一重になったみたいな……」
「そこはゼロじゃないんですね……」
「俺には、無理だったんだよ」
完全な信頼を得ることは出来なかった。と泉さんは相変わらず笑いながら告げる。その表情は少し悲しそうで、悔しそうだった。
「だから、俺以外に……もっとあの子が、心の底から信頼を寄せられるような人が現れるよう、祈っていた。この人に心を預けてもいいと思ってもらえるような人が」
「……」
「伊勢美がいてくれて、良かった。お前がいたからあの子は、本当に幸せそうにしてくれるようになった」
「……僕はあの人の心を傷つけた」
「そうだな。言ったことないけど、怒ってるよ」
「……」
「でも、お前は優しくて強いやつだよ。学校の生徒のために理事長だって相手にしたし、凶悪異能犯罪者だって相手にしたし、何より……お前はお前自身の過去に勝った。そして今こうして、小鳥遊に対する失敗を取り戻そうとしている。小鳥遊のために全てを捨てて奔走している。……信じてるよ、俺は、伊勢美、お前のことを。お前が小鳥遊の星であり続けてくれることを」
泉さんは優しく微笑む。信じてもらっている。そのことがこんなにも、よく伝わってくる。
言葉は、沢山の人に愛されている。沢山の人に大切に思われている。そして僕は、言葉を大切に思う人たちに信じられて、試されて、託してもらっている。
共に生きることを。存在を留めることを。僕自身から手を伸ばすことを。星のように煌めくことを。
愛に溢れたあの人を。愛を受け取れなかったあの人を。僕は迎えに行って抱きしめないといけない。
僕だってあの人のことを、心の底から愛しているのだから。
「んん、悪い。なんか話がだいぶ逸れたな。えーっと……その後はまあ、色々小さな出来事はあったけど、日常の範囲だよ。普通の高校生活を、普通に楽しんでた。あいつに生徒会長を任せた時……俺が着てたパーカーをあげてさ。あ、伝統の話は聞いてる?」
「はい、一応」
僕はそう言って、腰に付けているポシェットから1冊の手帳を取り出す。言葉から貰った、もとい押し付けられた、言葉が生徒会長の時大切に持ち歩いていた手帳だ。既に色々びっしりと書いてあって、僕が書くスペースはない。
伝統って、と小声で呟いて首を傾げた千馬さんに、僕は説明する。生徒会長は引き継ぎの時に私物を何か1つ渡すって流れになっているらしい、と、まあ色々端折って。
この手帳は別に生徒会長の引き継ぎの証に貰ったわけではないけれど、まあ一応これがその役割を果たしていると思っている。
ふぅん……と千馬さんは興味があるのかないのかよく分からない返事をし、目の前で泉さんは小さく頷いた。
「そう、俺は引き継ぎの時に着てたパーカーあげてさ。それで卒業して、終わりかな。……こんな感じで良かった?」
「はい、色々聞けて良かったです。ありがとうございました」
「……話しておいてあれだけど、本当にこれで小鳥遊が見つかる……のか?」
「どう……でしょう。分からないですけど、少しでも可能性があるなら続けていきます」
「そっか……うん、頑張れよ。俺も引き続き調査は続けるから」
「はい、お願いします」
泉さんが優しく笑いかけてくれ、僕も笑い返して頷いた。




