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いつもこうだ

 あの時。


 轟音と悲鳴に茜は驚いて腰を抜かした。しかし一方で、言うほど怖がってもいなかった。たぶん小学校に行った時のやつと同じやつが出たんだろうし、どうせ会長さんに上手いこと言い包められて異能力で戦う羽目になるに決まっている。ミーくんはなるべく使いたくないんだけどな、と茜が考えていると。



 目の前を覆う背中があった。



 それが自分が怖がっている小波海歌であると、茜はすぐに気づいた。位置的に恐らく、自分をあの黒い人影から庇ってくれているのだろうと。


 どうして、と茜はその場から動けなくなってしまった。初めて黒い人影を見た時より驚いていたかもしれない。それほど目の前の光景が信じられなかった。

 なんで、どうして、茜のことを。


 その場はあの魔法少女だという小波実幸がいとも簡単に収めて見せた。その様子は少し不穏なもので、茜はただ座り込んで見ているしかなかった。……そのせいかは分からないけれど、戻ってきた小波実幸にはしっかり睨まれて、やはり何も言葉を返すことも、動くこともできなかった。


「ねぇ、あんた、大丈夫?」

「……あっ……」


 いつまで座り込んでいたのか。気づけば彼女がこちらに手を差し出していた。小波、海歌。

 向こうの方が年下のはずなのに、茜よりずっと落ち着いた様子だった。こちらに手を差し伸べ、気遣ってだってくれる。


「……なんで」

「え?」

「なんで茜のこと、庇って、っ、たんです、か」


 庇ってくれたんですか。庇ったんですか。どう聞こうか迷って、そもそも庇ってくれたというのがこちらの勘違いだったらどうしよう。そう考えて頭の中で言葉がごちゃごちゃと乱れて、腹の底からカーッと熱が込み上げてあっという間に全身に伝播して、汗が止まらない。口の中が渇く。目の前にいる人のことがちゃんと見られない。

 茜は、いつも、こうだ。


『いい機会だから言うけど』

『茜ちゃんってさ、なんていうか、自分勝手だよね』

『自分本位で、人のこととか考えてないでしょ』

『ちょっと言ったらすぐ泣いて謝ってくるし、まるでこっちが悪者でさ』

『そういうとこずっと──鬱陶しいと思ってたよ』


 茜はいつも、いっぱいいっぱいだ。


「なんでって……まあ、なんか、自分で言うのも恥ずかしいけど……人のためになる行動をしたかったから……?」


 茜は顔を上げる。海歌は頬を少し赤く染め、視線をずらしながら続けた。


「私の姉、すごいお人好しなの。いつも人のこと考えて、助けになるようにって動いててさ……まあ単純な話、ちょっと憧れ……いや、手本にすべき人だなって思ってて、だから、実行してみた、的な……」

「……」


 姉と言うと、あの魔法少女のことだろう。確かに彼女は困っている人を見捨てなそうだし……自分のような人間は、絶対に許さなそうだ。


 茜は海歌を見つめる。海歌はジト目でそれを見返して。


「……答えたんだから、何か言いなさいよ」


 実際にそうしたいと思って、それで行動に移せるのが、すごい。もはや才能だ。しかも人のために。茜は、ずっと、茜が、何も、どうして、なんで、茜だから、いつも、ああ、茜は。


「……あなたは、すごいね」


 眩しくて、痛いな。


 ここで庇ってもらったお礼の1つも言えない。茜はいつもこうだ。茜はいつもこうだ。茜はいつもこうだ。


「あーかーねっ!! なんか終わったみたいだからもう行こうよ~。わらわ退屈~」


 そこでジンがどこからともなく現れ、茜に後ろから抱き着く。茜は曖昧にそれに頷くと、ジンは満足げに笑って体を離し、その手を引いた。

 何か真剣な表情をした灯子からも挨拶をされ、海歌は司書の涼宮先生と共に図書室に取り残される。先程の黒い人影が嘘のように、目の前の景色は日常そのもので。


 だけど海歌は眉をひそめる。日常では決して触れないものに、今触れた。……そんな気がしたから。


 あんな顔ですごいねって言われること、あるんだ。


「……変な子」


 海歌は小さくそう呟くと、改めて借りる本を探すために踵を返した。

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