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警告

 その時再び、轟音と悲鳴が外から響き渡った。床がぐらりと揺れ、机を掴んでバランスをとる。……たまたま外を見ていたから、何が起こっているのかはっきり分かる。


 と言っても、急に地面から何かが這い出てきただけなのだが。

 そしてそれは、小学校で見たのと同じ黒い人影だった。


「また……!?」

「何、何が起きてんの……!?」


 すると本棚と本棚の間から海歌さんが顔を覗かせる。そんな彼女に僕が駆け寄ろうとすると。

 窓の外で、黒い人影が手を伸ばす。──確実に、こちらに向けて。


 僕たちは自衛が出来るけど、海歌さんは無能力者だと言っていた。今海歌さんがすぐ庇えない位置にいるのは非常にまずい。僕は手が触れられそうな範囲にしか物を生成できないし、どうする、どう守ればいい。これは──。



「〝はじけろ〟」


 するとそこで、冷静な声が響き渡った。



 次いでパァンッ!!!! と、激しい破裂音が鼓膜に響く。窓の外を見ると、こちらに伸ばされていた黒い人影の腕が丸ごとなくなっていた。今度は声がした方を見る。そして目を見開いた。


「おねぇ……」


 海歌さんが小さく呟く。そう、そこには魔法のステッキを構えた実幸さんが立っていた。

 それはそれは、とても恐ろしい顔で。


 ぞ、と背筋が震える。同時に、春松くんが彼女のことを「本物の魔法使いだ」と言った理由が本当の意味で分かった気がした。


 実幸さんは魔法のステッキを下ろす。するとそこにはいつも通りの微笑があり、ゆったりとした足取りで一歩一歩、前に進んでいった。


「流石に、おいたが、過ぎるかな~? ……無関係な人間を巻き込みすぎなんだよねぇ」


 そのゆったりとした声から、底のない怒りを感じる。心臓が、痛い。


 実幸さんは窓を開け、外に出る。黒い人影は実幸さんに手を伸ばしたが、彼女は魔法のステッキをクルクル回し、攻撃を軽い調子でいなしていく。僕には何をしているのか皆目見当つかなかった。

 僕は実幸さんに続いて外に出る。彼女は魔法のステッキを黒い人影に向け、小さく呟いた。


「お仕置きです」


 それと同時、実幸さんの魔法のステッキから眩い光線が迸る。それは黒い人影を跡形もなく、焼き払ってしまった。


 何も残らない。小学校で黒い人影を倒したの時のように、声すら聞こえなかった。

 ここには何もない。


 ……僕たちが苦労して倒したものを、実幸さんはほぼ一瞬で消し去ってしまった。彼女と戦った時から分かっていたが……やはりこの人は、本当にすごい魔法少女であるらしい。いや、すごいというか。

 もはや、怖いの域だ。


「……すみません、灯子ちゃん。本当は貴方がやるべきところを私がやってしまいました」

「いや、別に……僕はいいですけど」


 返事をする僕を他所に、実幸さんの視線は僕より後ろに投げられていた。僕は振り返り、そちらを見つめる。


 先程までいた図書室は問題なく、無事だった。千馬さんが床の上にぺたんと座り込んでいて、海歌さんがそれを庇うように前にしゃがんでいる。春松くんは、すぐに出られるよう構えていたのだろう。窓辺で杖を持って立っていた。涼宮先生の姿は見えないが、恐らくカウンターの中でしゃがんでいるんだろうなと思う。

 ジンだけが相変わらずニコニコしたまま、依然として言葉がかつてよく座っていたという席に座り続けていた。


「本当に私の妹は、優しい子なんですから」


 実幸さんは慈愛のこもった声で、そう呟きながらゆったりと歩く。僕の隣まで来た時、彼女は1回止まった。


「夕飯作りを代わってくれるって言ったのも、自分が言葉ちゃん探しに何一つ協力できないのが、悔しいからなんだと思います」

「……」


 せめて探しているこちら側の負担を少しでも減らしたい、ということか。合点がいく。

 でもなぜ僕にそれを説明するのだろう、と思っていると、彼女は小さく笑った。


「灯子ちゃん、私はね、究極まで突き詰めると言葉ちゃんのことはどうでもいいんです」

「……え」

「それよりも優先順位が高い存在があります。私はその優先順位が高い存在を守るために言葉ちゃんを見捨てる必要があるなら、心苦しいですけど、迷いなくそうするでしょう」


 思わず黙る僕に、実幸さんはニコリと笑い掛けて。


「言っている意味が、分かりますか」

「……貴方が捨てる前に、僕が拾えと」

「そういうことです。貴方が大事にしたいものを守るには、貴方が頑張るしかありません」


 これは、警告だ。


 僕が理解したと分かったのだろう。実幸さんは図書室まで戻り、海歌さんを抱きしめる。無事を確認して、海歌さんも実幸さんにしがみついて。……怖かったんだろうな。それでも、千馬さんのために立ち塞がってくれたのだろう。千馬さん、一応自衛できると思うんだけど……。だが優しい海歌さんのことだ。千馬さんの普段の様子を見て、彼女に自衛する力がないと判断したのかもしれない。


 僕は視線を校庭に戻す。何もない。何も。

 ……僕はたぶん、言葉に近づく手段を1つ失った。


 実幸さんは海歌さんが危険に晒される様子を見て、海歌さんの安全を何よりも優先した。だから僕を待たず、黒い人影を消し去ってしまった。……僕がもっと早く動けていれば、実幸さんと共にあの黒い人影に対処する、ということもできたのかもしれない。

 あの時判断に迷ってしまった、僕のミスだ。


 再びスマホが鳴る。画面も確認せず、僕は電話を取った。相手が誰かは、もう分かっている。


いずみさん」

『伊勢美、また小鳥遊の異能反応とお前の現在位置が重なって……』

「言葉には会っていません。……泉さん、お願いしたいことがあるんですけど」

『な、なんだ?』


 春松くんや実幸さんに行き先を任せているだけでは駄目だ。僕も、自分で動かなければ。

 本当に大切な存在を、僕が僕自身の手で守るために。



「教えてほしいんです。僕と会う前の……明け星学園に入学してから僕と出会うまでの、小鳥遊言葉のことを」

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