眩しい
知らなかった。ここは言葉の母校であると同時に、千馬さんの母校でもあるらしい。去年まで通っていたというなら少し懐かしさも感じているのだろうか……と思ったが、千馬さんはなんだか不機嫌そうだった。だから僕も特に話しかけず、千馬さんの先導に大人しく付いて行く。
「あれ、伊勢美さん?」
足を止めたのは、名前を呼び留められたからだった。
僕は振り返る。そこには、昨日ぶりの人物がこちらを見つめていた。
「海歌さん。昨日ぶりですね」
実幸さんの妹の、小波海歌さん。家を訪れていたところで出会って……。
何故か僕の背中に隠れてしまった千馬さんを一瞥する。この子に気を付けた方が良い。そう警告してくれた子だ。
「そうですね。……えっと、茜、さんも? 久しぶりです」
「ヒエッ!? おおおおおおお久しぶりです……」
「……なんで敬語なの。そっちの方が年上でしょ」
「ヒッ!? ご、ごめんなさいっ!!!!」
「なんで謝られてるの、私……」
なんか千馬さんは海歌さんに委縮し、震えながら言葉を返している。まあ海歌さんは声もこの歳の女の子にしては少しハスキーでハッキリした声で、背も高くスレンダーで切れ長の瞳もクールな雰囲気を助長させている。とにかく千馬さんが一番苦手そうな人だから……この態度に納得は出来る。出来るのだけれど。
「千馬さん、そう委縮しすぎなくて大丈夫ですよ。海歌さんはとてもしっかりしていて優しい方です」
「いや、ちょ、別に私はそんなんじゃ……」
「……しっかりしてそうだから怖いんですけど……」
「え、なんか言った?」
「ひぇぇぇぇっ何も言ってませんすみませんッ」
千馬さんが小さく呟いたことを、海歌さんが不思議そうに聞き返す。すると千馬さんは再び大きく肩と声を震わせると、僕の背中に隠れてしまった。駄目だこりゃ。
「……千馬さんがすみません」
「いや、別に私は良いんですけど……」
そっちの人は、と海歌さんがこちらの様子を伺うような少し揺れた声でそう尋ねて来る。そっちの人? と海歌さんの視線の方を仰いで。
僕は目を見開く。そこには直立不動で、口をきゅっと結んだジンがいたから。
完全に存在を忘れていた。だってジンは隙あらば色んなことを喋るし、うろちょろ歩き回るし。なんで、と思った瞬間合点がいった。
この子、一応僕が言ったことを守っているのか。
「……ジン、教えたやつ喋っていいよ」
「初めまして、こんにちは」
「うわっ。……は、初めまして、こんにちは……。私は小波海歌……です」
「ジンも自己紹介……は、教えてないか。海歌さん、この子は……えっと、ジンっていいます。あの、何言ってるか分からないと思うんですけど、昨日生まれたばかりの子供だと思ってくれたらいいです」
「はあ」
何言ってんだコイツ、みたいな目を向けられる。当然の反応だった。
けどそこは流石はあの超絶マイペースの極みトラブルメーカー実幸さんの妹、というべきか。見事にスルーすると、再び直立不動で喋らなくなったジンから視線を外し、僕を見つめた。
「それで、伊勢美さんたちはどうして中学校に?」
「あ、そうだ。僕たち実幸さんたちのところに行かないと」
「おねぇの? ……あの、言葉さんを探してるんですよね」
「そうです」
「なんで中学校に」
「なんかたぶん、言葉の話を聞くとイベントフラグが回収できるみたいで……」
「そんなゲームみたいな……?」
僕の言葉の1つ1つに、海歌さんは素直な反応を返してくれる。なんか、なんだろう、今までいそうでいなかったツッコミタイプで少し楽しいかもしれない。
「よく分からないですけど、今は言葉の中学時代を聞くターンみたいです」
「そう……なんですね。まあ、おねぇがそう言うならそうなんだろうけど。……で、どこで待ち合わせなんですか? 良ければ案内しますけど」
「あ、いえ。海歌さんも授業とかあるでしょうし……千馬さんがここの卒業生らしいので、案内は彼女がしてくれます」
「……え、あんた、ここの生徒だったんだ」
「ヒエッ!? そそそッ、そうです……」
気づけば海歌さんの方がタメ口で、千馬さんが敬語になっている。普通逆だろうに。
そうなんだ、と海歌さんは興味の無さそうな声で相槌を打つ。次いで、じゃあ私に出番はないか、と少し寂しそうな声で告げると。
「……そっち大変そうだし、夕飯当番は私が代わるよって、おねぇに伝えておいてもらっていいですか?」
「あ、は、はい。分かりました」
「ありがとうございます。じゃあ私は図書室寄ってから帰るので、そっち頑張ってください。……茜とジン? も」
「ひゃいっ」
「……」
「ジン、返事」
「はーい」
僕が指示するとジンは間延びした声でそう返事をする。本当にこの子は……。
しかし海歌さんは特に気分を害した様子はなく、軽く頭を下げて去って行った。
「こ、怖かった……」
「海歌さんのこと、そんなに怖がらなくて大丈夫だと思うんですけど」
「……会長さんには分かりませんよ」
僕の背中から出てきた千馬さんは、ミーくんを強く抱きしめながら絞り出すようなか細い声で、呟く。
「ああいう真面目で真っ直ぐな子が一番、眩しいです」
「……」
眩しい、か。
なるほど、確かにそれは恐怖と近い感情かもしれない。
「分かりますよ」
「え?」
「光は、影を明確にする」
西日が廊下を、僕たちを照らす。僕は千馬さんを見つめ、微笑んだ。
「実幸さんたちのところまで、案内してもらえますか」
「……はい」
千馬さんは少し呆けたような声で頷く。僕はジンを振り返り、動いていいよ、と伝えた。
……ジンのこれ、もっと臨機応変に動いてもらえるようどうにかしないといけないかもな……。




