急成長
「というわけで! 次は中学校です!!!!」
「さっきのあれからよくそのテンションで行けますね……」
「私は戦ってないので」
茜ちゃんは大丈夫ですか? と実幸さんに尋ねられ、僕は春松くんの背中を一瞥する。……そこには春松くんに背負われ、スヤスヤと眠る千馬さんの姿が。とても安らかな顔だ。
先程の戦闘で異能力を使い、代償で疲労が一気に襲って来たらしい。「なんかヤバそうだったから隠れてたよー☆」と笑っていたジンと合流すると同時、千馬さんはその場で倒れて眠り始めてしまった。だが小学校に放置するわけにもいかないので、こうして一番背の高く体付きもしっかりしている春松くんが背負ってきてくれたわけだが。
千馬さーん、と僕がその肩を揺すると、んん、と千馬さんは小さく声をあげる。
その様子が面白かったのだろう。ジンはキラン、と瞳を輝かせ、僕の真似をするように千馬さんの──肩まで手が届かないからだろう──腕を引っ張るように揺すり始めた。……それはとても強く。
「あーかーねーっ、起きてーーーーっ」
「ちょ、ジン、そんなに強く揺すったら……」
と、そんな風に止めようとした僕の思惑も虚しく。揺さぶられた勢いのまま、千馬さんの体が大きく傾いた。
春松くんが目を見開き、僕は手を伸ばす。だが僕がいる方と反対方向に倒れ込んでしまっているので、届くかどうか──。
「よいしょ」
すると目の前で、不思議なことが起こった。……ジンの体が急成長し、千馬さんの体をすっぽりと受け止めてしまったのだ。
え、と固まる僕に構わず、ジンは千馬さんのほっぺたをぺちぺちと叩く。
「茜~、なんか着いたみたいだよ?」
「んん~……もう、朝……」
千馬さんはだるそうに瞼を手の甲でこする。そして目の前にいる人の顔を見て。
「茜、おはよう♡」
「……なっ、なななっ、なんでおっきくなってるの~~~~っ!?!? ……ったぁっ!?」
「あははっ、茜、おもしろ~い!!」
千馬さんはジンの腕の中で暴れ、そのまま後ろに倒れ込んで後頭部を強打。ああ、結局……。
だけど千馬さんの驚きは尤もだ。だってジンは先程まで、体が小さかったのだから。それこそ、小学校低学年くらいの。
それが今はどうだろう。体が急成長し(服もそれに伴って大きくなっているようだ)、その体付きには安定感がある。身長は高すぎるわけでも低すぎるわけでもなく。なんだか成長しきっていないような可愛らしい顔つきで……中学生くらいだろうか。
僕は思わず、実幸さんを見上げる。すると彼女は肩をすくめ、まあそういうこともありますよね、と呆れたように呟いた。いや、あってたまるか。
突然大きくなったジンに大丈夫か否か聞いたのだが、ジンは何が? と不思議そうに首を傾げるだけだった。見た感じ、まあ特に異常はなさそうだし……やはりただ突然大きくなっただけなのか。いや、ただ大きくなっただけってだいぶ異常なんだけど。ジンに常識を求めたら駄目だ……と改めて意識した。
「いい? ジン。初めて会った人には『初めまして』」
「はじめまして」
「その後に『こんにちは』」
「こんにちは」
僕が言うことを、ジンは小さく笑いながら面白そうに繰り返している。ゆらゆらと体を横に揺らしていて、落ち着きがなかった。
「動かないで、止まる。小学校行った時もそうだったけど、座る時は足揺らさない。むやみやたらにキョロキョロしない。勝手に喋らない」
「えーっ、なんでなんで。そんなのつまんなーい!」
「相手の人に迷惑になるから。あと僕が気になる。胃が痛くなる」
「なんで?」
「……相手の気分を害してないかヒヤヒヤするから」
「母さんが気にすることじゃなくない?」
「気にするものなの。逆にあんたはもっと気にして」
「えー」
「えーじゃない」
小学校に行った時の反省を生かし、僕はジンに礼儀を叩きこむ。付け焼き刃だとは思うが、無いよりはマシだろう。
あの時ジンは小学校低学年くらいの見た目だったから、あのような無礼な態度でも許された感じがする。だけど今は中学生くらいの見た目だ。そんな子があんな風に自由に動き回ると思うと、絶対痛い視線が突き刺さるだろう。それは嫌だった。
「まあ、母さんが嫌な思いするならそうしてあげる。感謝してね」
「感謝とかじゃなくて当然のことなんだけど……まあやってくれるっていうなら、ありがとう」
基本的な挨拶と態度はそれでいいとして、流石に今から敬語を叩きこむとかは無理か。口を開かなければ解決する話だし。そんなことを考えていると、後ろから声がした。
「……なんか会長さん、本当にお母さんみたいですね」
僕が振り返ると、そこには苦笑いでこちらを見つめる千馬さんが。肌身離さず持ち歩いているミーくんの左腕を握り、手を振るように動かしていた。
「16歳でお母さんとか嫌なんですけど……」
「様になってる気がしますよ」
「嬉しくない……」
「茜! 母さんはお母さんじゃなくて、母さんだよ!!」
「えっ、そ、そこ大事なんだ……」
ジンは少しだけ頬を膨らませながら千馬さんに詰め寄る。千馬さんは驚いたように目を見開いて少しだけ言葉に詰まらせ、「お」が付くか否かだけの違いじゃないか、と僕は呆れながらそれを聞いていた。
そこでようやく気付く。ジンに基本的なコミュニケーションについて教えることに夢中になっていたが、気づけば春松くんと実幸さんの姿が見えなくなっていた。千馬さんにそれを聞くと「先に中に入ってますと」とのことだった。いや、別にいいんだけど、僕たち不審者だろう完全に。
「じゃあ僕たちも入りましょうか。……と言っても、どこに向かえばいいのか……」
「……こっちです」
入り口は目の前にあるが、そもそもどこで話を聞くのかも誰に話を聞くのかも聞いていない。僕が困り果てると同時、千馬さんが小さくそう呟き、迷いなく歩き出す。
え、と思わず声をあげる僕を、心底嫌そうに千馬さんが振り返りながら、告げた。
「……この中学校、茜が去年まで通ってた中学校なので」
どの教室で話すか聞いているので、行きましょう。茜さんは吐き捨てるようにそう言うと、歩き始めてしまう。ジンが楽しそうな足取りでそれに付いて行き、僕も目を見開いて小走りで付いて行った。




