不吉な知らせ
「言葉がいない?」
慌てたように生徒会室に飛び込んできた副会長──墓前先輩に、僕はそう聞き返した。すると彼は冷や汗を流しながら頷く。
別に言葉──小鳥遊言葉が居ないことなど、割と普通のことだと思うのだが。だけど墓前先輩がそう慌てているということは、きっと普段通りのことではない。……何故なら彼には、僕たちには見えない何かが見えている。だからこそ僕は彼を副会長として側に置いているわけで。
僕は持っていた書類を机の上に置くと、墓前先輩に向き直った。
「詳しくどうぞ」
「詳しくも何も、そのままの意味なんだが」
「僕に分かるように理由を説明してください」
僕がそう促すと、墓前先輩は目を逸らし、うーん……と頭を掻いた後……僕に向き直った。
「……本当はこういうこと、言わないほうが良いんだけど」
「はい」
「小鳥遊先輩の守護霊ってめちゃくちゃうるさくて、遠くに居てもある程度声が聞こえるんだが」
「はぁ」
「今日は全くそれが聞こえない」
「……つまり本人がこの場に居ないから、守護霊の声も聞こえないと」
「そういうこと」
なるほど、理解した。
同時に、現状がとてもマズイということも。
「……とりあえず、泉さんに連絡して確認してもらいます」
「そうだな。それが良いと思う」
僕の言葉に、墓前先輩が頷く。それを聞いて僕はスマホを出した。
……言葉は、罪を犯してしまった異能犯罪者だ。沢山の人を、異能で脅かし傷つけた。だけど身柄を拘束されず、こうして明け星学園の中で自由に動けているのは……僕が明け星学園で、言葉のことを見張っているから。
もちろん外部からの見張りもあるが、僕がいるから言葉は自由に動けている。逆に言えば、僕が居なければ言葉は動けない。外出も、僕が連れ添っていないと出来ないのだ。
つまり、僕が言葉の所在地を把握出来ていないこの状況──外聞的に、非常にマズイ。
僕が電話をかけると、泉さんはすぐに出てくれた。どしたー? と呑気な声が聞こえて。僕が状況を説明すると、なるほど。と呟く。呑気な声ではなくなっていた。
『めっちゃヤベェな』
「めっちゃヤベェです」
『分かった。とりあえず防犯カメラ確認する。……今の小鳥遊が、自分から明け星学園から出ていくとは思えねぇけど……念の為』
「はい、お願いします」
今の言葉が自分から明け星学園から出ていくとは思えない。僕も同意見だ。
言葉は……僕を試している。僕が一緒にいるに値する人間なのか。また信用しても良いのか。
一緒に居て欲しい。僕のその言葉に、彼女は頷いてくれた。彼女は律儀な人間だ。事件を起こそうと、その根本は変わっていない。……だから自分から僕の元を離れる、などといった僕との約束を破るようなことをするとは思えないけれど……。
電話を繋ぎっぱなしにし、泉さんからの結果を待つ。……やがて泉さんが、口を開いた。
『……何も映ってないな。問題はない。出入りしているのは学園の生徒ばっかで、小鳥遊はもちろん出入りしてる様子はない』
「……そうなると……」
『自分から出て行ったわけではない。でも学園内にはいない。そうなると……外部の異能力者の仕業。そう考えるのが自然だろうな』
僕は唇を噛みしめる。言葉は、誰かに連れ去られた可能性が高い。
……言葉は、かなり強い異能力者だ。僕だって勝てない相手。そうなると……相当強い異能力者が、言葉を連れて行った。頬を冷や汗が流れる。
……けど、そんなこと考えてても仕方ないな。
「泉さん、相手はあの言葉にも敵う人間。相当強い異能力者でしょう。痕跡も何も残さないまま言葉の姿が突如消えたということは、相当な手練です。……そのレベルで強い異能力者をリストアップしてください」
『……めちゃくちゃ大変なことを簡単に言ってくれるじゃん。分かったけどさ』
「助かります」
『お前は……どうする?』
そんな当たり前のことを聞かれても。僕は小さく笑って。
「足を使って探しに行きます。情報の入り方でアプローチの仕方を変えます」
『強すぎ〜〜〜〜』
ははは、と泉さんは笑って。僕は立ち上がり、椅子にかけていたブレザーを羽織った。「Z→A」でポシェットを取り出し、それを腰につけて。
「墓前先輩、僕は言葉を探しに行きます。いつ帰ってくるかは分かりません。明け星学園のことは、副会長である貴方に一任します。僕が帰ってくるまで、貴方の指示は僕の指示と同義であるとします」
「……了解。行ってらっしゃい。絶対連れて帰ってこいよ」
「……はい。任せてください」
墓前先輩が微笑み、僕は笑い返す。
そして彼の横を通り過ぎると、僕は生徒会室から勢い良く飛び出した。
「わ〜〜〜〜っ」
その数分後、廊下から盛大な悲鳴が響き渡る。生徒会長席に座っていた糸凌は顔を上げ、廊下に向かった。
そして声の主を見つけると……苦笑いを浮かべる。
「また転んだのか?鏡千馬」
「うぅ……副会長さん……」
廊下に散らばった資料を拾い上げる。すると盛大に転んだ声の主──生徒会書記兼会計担当、1年生の千馬茜は、涙声で顔を上げた。
茜もすぐに気を取り直すと、資料を慌てて拾い上げる。……だがその拍子に紙で指を切ったらしく、いったぁ!? と悲鳴を上げた。
「あーあー、大丈夫か? 今絆創膏貼るから……」
「うーっ、痛いよー。茜、今日もツイてない……」
「はいはい、病は気から。ツイてないって思うと、本当に不幸なことばかり起こるぞ」
「うーっ、副会長さんがイジメる……」
「励ましてやろうとしてるだけだろ……」
そう返しながら糸凌は手早く絆創膏を貼ると、残りの資料も全て掻き集める。そして茜と共に生徒会室に戻った。
涙目のまま生徒会室に入った茜は、すぐにきょとん、とした顔になる。……この時間ならいるはずの会長が居なかったからだ。
「……また小鳥遊言葉ですか」
茜は1トーン低い声でそう尋ねる。いつもこうだった。会長は生徒会長業務よりも小鳥遊言葉を優先し、自分たちはその尻拭いをさせられる。
会長のことは……嫌いではないが。やはりいい気分ではない。
「ああ。しかも今回は長くなりそうだぞ」
「え?」
糸凌の返しに、茜は顔を上げる。糸凌は資料を机の上に置きながら続けた。
「行方不明になったんだ。小鳥遊先輩」
「……え、それって、マズイんじゃ……」
「マズイから、内緒な。だからしばらくは俺が生徒会長権限を持つから、そういうわけで……しばらく2人体制だ。よろしく」
「……そう、ですか……」
茜は窓の外を見つめる。しかしそれだけで何かが分かるはずもなかった。




