アポイントメント
「おはようございます!! ……茜ちゃん、大丈夫ですか?」
「らい、じょうぶ、れす……」
「睡眠不足なんだと思います。……言っておきますが、付いて来るのを選んだのは千馬さんですから」
「別に責めてませんけど、仮にも灯子ちゃんは生徒会長なわけですし、管理責任はあるんじゃないですか?」
「……それは、そうですけど」
なんか実幸さんに開口一番に正論を言われ、僕は納得してしまう。実幸さんの横で、春松くんは苦笑いを浮かべていた。
ちなみに千馬さんだけれど、5回くらい二度寝をしている。二度寝じゃないな、五度寝と言うべきだな。……日が出てすぐに起こして、あと30分……をそれだけ繰り返したのだ。流石に待ち合わせ時間が迫って来ていたのでどうにか立たせて連れてきた。別に置いていっても良かったのだが、ホテル代は僕持ちなので……。
立ちながら眠りそうになっている千馬さんのほっぺたを、ジンが面白そうに突いている。ジンが隣に立っているなら、彼女が倒れそうになっても大丈夫……かな? たぶん。ジンは小学生くらいの小さな体格だけど、なんか、何故だろう。なんとなく大丈夫な気がする。
「……それで、今日はどこに行くんですか?」
「ああ、そうですね!! 既にアポイントは取っているので、行きましょうか!!」
アポイント? と僕は首を傾げる。誰かに会うのだろうか。
だがそんな僕に構わず、実幸さんはズンズン進んでいく。僕は慌ててその背中を追いかけ、すぐに止まって振り返りジンと千馬さんを呼んでから、もう一度実幸さんを追いかけ始めた。
そしてやって来たのは。
「小学校?」
「です。一応授業中なので、裏口から静かに入りましょうか」
そびえ立つ校舎。近くに掛けてある看板には、小学校の名前が書かれていた。
昨日の話の流れから言うと、ここは恐らく……言葉が通っていた、小学校。
実幸さんは裏門を堂々と開けると、敷地内に入っていく。なんか、あまりにも堂々としているけれど……こういうのってインターホンとか押すものじゃないのか。
だが彼女は慣れた足取りで校舎内を進んでいく。授業中ということもあり、誰ともすれ違わないが……知らない場所というのは、どうも居心地が悪い。
やがて実幸さんは事務室に辿り着くと、そこをノックする。そして彼女だけが一度入り、すぐに誰かを引き連れて出てきた。
その人は事務員さんらしく、応接間の部屋を開けてくれた。僕たちはソファに座り、少しの間そこで過ごす。
座ったせいで眠りかける千馬さんの肩を定期的に叩きつつ待っていると、チャイムが鳴る。次いで遠くから生徒たちの元気の良い声が響き渡り始めた。そして窓の外に見える校庭を生徒たちが埋め尽くし始める。
「……授業間の休みって、せいぜい10分とかなんじゃ……」
「子供って授業間の10分だろうと全力で遊びますから、すごいですよねぇ」
僕が疑問を口に出すと、実幸さんがのんびりとした声で答える。しかしすぐに、この学校は2時間目と3時間目の間は20分休憩なのだと教えてくれた。確か僕の学校も少し長い休み時間があったな。まあそれならギリギリ校庭に出てまで遊べるかもしれないけど……。
そんなことを考えていると、扉がノックされる。実幸さんが元気よく返事をすると、誰かが入ってきた。
「本間先生、お久しぶりです!!」
「お久しぶりです。……すみません、突然声を掛けてしまって」
「小波さん、春松くん、久しぶり。いいのよ、丁寧に断りを入れてくれたからね」
実幸さんと春松くんが立ち上がって挨拶をするので、僕も慌てて立ち上がる。すると千馬さんも半ば寝ぼけつつも同じように立ち上がり、ジンは座ったままきょとんとしていた。
座って大丈夫よ、と女性──本間先生に言われ、僕たちは再び腰かける。そして彼女は僕の目の前に座った。
「それで、この子たちは?」
「紹介します! 先生の正面から、灯子ちゃん、茜ちゃん……ジンです。3人とも、言葉ちゃんと親交が深いです」
実幸さんのその言葉に、千馬さんが微かに肩を震わす。親交深くないんだけど、とその顔に書いてあった。……まあ千馬さんは言葉に会ったことないもんな……千馬さんだけじゃなく、明け星学園の生徒みんなに共通することだ。
まあ短く説明するためにそう言っているだけ、ということも理解しているのだろう。千馬さんは特に口を挟まず、ジンも興味が無さそうだった。
というかジンは、完全に明後日の方向を見ていた。具体的に言うと、校庭の方。興味深そうにボール遊びをする生徒たちを目で追っている。明らかにこれからする話に対し、興味も集中もなさそうだった。
「……良ければ、生徒たちと一緒に外で遊んできても大丈夫ですよ。見たところ、ジンさんは年が近そうですし……」
「えっ、本当!? 君、話が分かるね!!」
「ちょ、ジン」
すると本間先生もそれを悟ったのだろう。気遣ったようにそう提案してくれた。しかしジンが表情を輝かせて敬語もなしにそう言い放つので、思わず焦ってしまう。いいんですよ、と本間先生は優しく笑う。
わらわ、行ってくる!! とジンはソファから立ち上がると、部屋から出ていってしまった。そんなに遊びたかったのか。僕は呆れつつ、隣に座る千馬さんに小さく声を掛ける。
「……千馬さん、良ければジンに付き添ってくれませんか」
「えっ、な、なんで茜が」
「ジンは千馬さんに懐いているようですし……何と言うか、千馬さんは言葉の話にあまり興味はないでしょう?」
僕がそう言うと、んぐぅ、と千馬さんは小さく呻き声を出して黙ってしまった。
ただ変なことをしないよう見張っててくれればいいですから、と念押しの意味を込めて告げる。千馬さんは少しの間、悩む様子を見せると……。
「……分かりました。終わったら呼んでください」
「助かります」
千馬さんは立ち上がると、ジンくん待って~~~~と声を出して追いかけていく。部屋の中には、静寂が残された。




