明け方の対話
その後、僕はある程度の目処をどうにか付けて探し回り始めた。千馬さんとジンは特に何もせず、そんな僕に付いてくる感じだった。なんか、ただ付いてくるって退屈じゃないのかな……と思ったけれど、どうやらジンは千馬さんに興味津々、という感じで沢山話しかけていて、楽しそうな様子。えーっと、にしても付いてくる意味はあるのかという話になるのだけれど……まあいいか。邪魔はしてこないわけだし。
ちなみに僕がどうにか付けた目処というのは、まあ人が近寄らなそうな場所を探すという平凡なものだった。一応言葉は誘拐されているようだし、そうなるとどこかに監禁されている……のだと思う。当然、言葉は抵抗するだろうし──抵抗してくれるよな……?──言葉レベルの異能力者が抵抗しても目立たないよう、ある程度広く、そして人があまり来ないような場所を確保する必要があると考えたためだ。僕だったらどこかの工場地帯とかを一帯借りて、どこかのコンテナにでも閉じ込めるだろう。
まあ、言葉が抵抗した痕跡を一切残さず、防犯カメラにも映らず言葉を連れ去ってしまったくらい、相手も相当な手練れみたいだし……そんな誰でも思いつきそうな場所に監禁したりしないだろうけど。でも可能性があるなら潰しておくに越したことは無い。
それこそ愛さんの異能力みたいに、どこか異次元とかに飛ばされていたら、僕に探し当てることはほぼ不可能だろうからな……。そんな可能性が浮かび、そういう感じではないことを祈りつつ、僕は候補地を挙げるとしらみつぶしに当たって行った。千馬さんとジンは楽しそうに会話をしていた。……いや、ジンがなんか一方的に楽しそうに捲し立てていた。
そんなわけで人気のないところを巡っていた僕たちだったが、午前3時くらいになり目に見えて千馬さんの挙動がおかしくなっていった。足取りはおぼつかず、呂律も回らなくなってきて、とにかくぼんやりしていた。眠気が限界だったのだろう。
じゃあ家まで送るか、と思ったが、僕は千馬さんの家の住所を知らなかった。一応生徒会に入るという書類に住所は書いてもらったが……当然それは、学校にある。これのためだけに学校に連絡して墓前先輩を叩き起こし見てもらうわけにはいかないし……諦めることにした。
捜索は中断し、僕は適当なホテルに入った。ホテルマンの訝し気な視線をなんとかいなし、僕たちは狭い部屋に入る。
千馬さんをベッドに横たわらせると、千馬さんはあっという間に眠ってしまった。本当に限界だったらしい。……やっぱり一緒に来ると言った時点でどうにか説得し、家に帰ってもらった方が良かったか?
とは言うが、僕の体力だって無限ではない。やはりそれなりに疲労は溜まっている。……言葉がいなくなったことにも、実幸さんから聞いた言葉のことにも、一応動揺しているし。
言葉がこのまま、いなくなったままだったらどうしよう。寂しく思ってないかな、苦しいことを強いられていないかな、泣いているんじゃないかな。……今彼女がどこにいて、どんな状態なのか分からない。一緒に生き始めてからこんなに長時間離れるのは初めてで、だから隣に彼女がいないのが怖い。
いなくなってほしくない。生きて、僕の隣で、どうか幸せでいてほしい。
それが許されない世界なんて、僕は許せない。
……それはそうとして、言葉を見つけた時に僕の元気がないんじゃ、きっと心配させてしまう。どうせここから動けないのなら仮眠を取るか。そう思った僕が目を閉じると同時。
「母さん」
呼ばれる。目は開けず、何? と答えた。
「何をしているの?」
「軽く休もうと思って」
「目は開けないの?」
「目を開けると、上手く休めないから」
「そういうものなんだ」
ジンが隣に座った気配がする。僕はやはり目は開けない。
……寝るって概念を知らないのか、この子は。そうなると睡眠は必要ないのだろうか。羨ましい。
「茜も休んでるの?」
「そうだね、寝てるよ」
「茜とどうしてポーズが違うの?」
「千馬さんはしっかり休んでいて、僕は軽く休んでいるから」
「ふぅん。体をべたーってつけると、しっかり休めるんだ」
僕は椅子に座り、背もたれに体を預けて目だけを閉じている状態だ。ウトウトは出来るけれど、しっかりは眠れないだろう。それでいい。実幸さんたちとの待ち合わせ時間もあることだし、出来れば朝は早く動きたいから。
「ジンは、眠るの?」
「ねむる。……母さんが今しているそれのことを指しているのなら、わらわは眠らないよ。母さんたちは、どうしてそれをするの?」
「定期的に休まないと、体が動かないように出来ているから」
「そうなんだ、不便だね」
「……そうだね、したいことが有り余っている時、これはちょっと不便かもしれない」
僕は思わず笑う。その感想がご尤もだと思ったからだ。
あまりしっかり眠ってしまっても困る。このまま話し続けるのはいいかもしれない。僕はそう判断すると、口を開いた。
「ジンは」
「うん?」
「千馬さんと随分話していたけど、彼女のこと、気に入ったの?」
「うん!! 茜はね、なんか面白いんだよ。わらわにはないものを持っている。だからわらわね、茜のことを知りたいんだ」
「……そうなんだ、良かったね」
「あっ、もちろん母さんのことも知りたいよ。もっともっと。わらわはね、知らないことが沢山あるんだ。わらわは、言葉は知っているけど、実際どういうものか知らないものばかりなんだ。だからわらわは見て、聞いて、触れて、感じて、知りたい」
「……」
少しだけ目を開く。そう語るジンの横顔は、とても期待に満ち溢れていた。プレゼントボックスを前にした、子供のように。
「……ジンは、どこから来たの」
目を閉じ、尋ねる。ジンは答えた。
「母さん」
「……え?」
「わらわは、母さんから生まれたんだよ」
あっさり答えられ、今度こそしっかり目を開いてしまう。ジッとこちらを見つめるジンに、嘘を吐いている様子はない。
だけど、まあ当たり前か、とも思う。そのくらいの事実がなければ、わざわざ「母さん」などと呼んだりしないだろう。
にしても、僕が母なら父はどこにいるのだろう、と思うのだが……。それとも、僕が生物学上女性だからそう呼ぶだけなのか。
「……貴方は、どうやって生まれたの」
「うーん、難しい質問だね。わらわは、母さんから生まれたんだよ、以上に言えることは無いかな」
「そう……」
それ以上に言えることは無い、と言われてしまったら、もう何を聞いても無駄だった。まあ人間じゃないらしいし、仕方がないか……。
僕が生んだ。それは十中八九、「Z→A」のことだろう。僕の、生成の能力。
理論上、僕は人間を創り出すことは可能らしいけど……。もちろん、僕は人間を生み出そうとしたことはない。だがそうなると何故ジンは生まれたのか、それが分からない。でもジンは、僕のことを母と慕う。
……考えたところで分かりそうにない。分からないことは少し気持ちが悪いが、ひとまず置いておくことにする。
「母さんは」
「うん?」
「わらわのことを、知りたいと思ってくれている?」
そう問いかけられ、僕は悩む。だがすぐに応えた。
「そうだね、知りたいよ」
こんなに質問を投げかけているのだ。大なり小なり、興味はあるのだろう。
僕の答えに、ジンは笑った。とても嬉しそうに。
「わらわのこと、母さんにいっぱい教えるね」
「……僕の望む回答は持ってないみたいだけどね」
「うっ、それは……これから用意するよ」
「別にいいよ。そういうのは、焦って見つけるようなものじゃないと思う」
適切な言葉を見つけるのは、とても難しい。あっさり見つかることもあるかもしれないけれど、長く歩き続けてようやく見つけられることがほとんどだ。僕の場合の話だけれど。
でもこの子が僕の子供だというのなら、そして生まれたばかりの子供だというのなら、その道のりに慣れていないのだろうなと思う。
ならば僕は、そこまで期待せず待つことにする。
そういうものなんだ、とジンは呟く。まあ、僕にも分からないんだけれどね。
そこでカーテンの隙間から、日の光が差し始めた。顔に光が当たったジンは目を見開き、不思議そうにその方向を見つめる。瞳がきらきらと輝いて、綺麗だと思った。
「朝になったね」
「あさ」
「千馬さんのこと、起こそうか」
朝が来る。かつて朝が来た時のことを思い出す。
蹲って泣いていた日が懐かしい。朝が怖かった。でも、こうして空は巡って朝が来る。
貴方が怖がって、蹲って泣いていませんように。僕は静かにそう祈り、椅子から立ち上がった。




