自己中心的な愛の証明
夜も遅いので、その日は一旦捜索は中止、ということになった。といっても僕は帰る気がなく──なんせ墓前先輩に「自分が帰るまで学校のことは任せた」と言ったくらいだし──そのまま捜索を続けることにした。
「別にいいですけど、あまり無理しすぎないでくださいね」
実幸さんにはそう言われ、あまり強くは止められなかった。明日の待ち合わせ時間を決めると彼女は春松くんと肩を並べ、こちらに手を振って帰って行った。
「……千馬さんはどうするんですか?」
「ひぇっ」
2人の背中も見えなくなり、僕がそう問いかけると彼女は大きく肩を震わせる。別にそんな震わせるようなことを言ったつもりはないのだが……。
「結構暗いですし、帰るようなら家まで送りますが」
「ぇ、えっと、その……」
千馬さんは腕の中のぬいぐるみをぎゅぅっと強く抱きしめる。そして視線を何度も彷徨わせた後。
「……一緒に、行きます」
「いいんですか」
「……どうせ家帰っても誰もいませんし」
「寝ませんけど」
「ぅぐっ。……う、うぅ、頑張ります……」
千馬さんはオールするという事実に少し心が揺れたようだが、それでも最後には付いてくることを選んだ。そこまでして来たいのか、と思ったが、特に理由は尋ねず僕は頷く。
まあ倒れられても困るし、いざという時には無理矢理帰らせて寝かせてしまおう。そう判断すると、今度はジンの方を見た。
「貴方は……」
「わらわも母さんに付いて行くよ♡」
「だよね」
聞かなくても分かっていたが、一応聞いただけだ。この子は……どうやら人間じゃないらしいし、そうなると帰る家もないんだろうし、寝ることは……必要なのだろうか。分からない。分からないから、ひとまず放っておこう。
「それで、母さんたちは何をしているの? これからどこに行くの?」
「……人を探してるの。小鳥遊言葉っていう、僕の大切な人」
「たかなし、ことは」
僕がそう返すと、ジンはその名前を繰り返す。一文字一文字を、細かく噛み締めるように。
そして何かを満足したように、大きく頷いた。
「ねぇ、母さんの名前は?」
「え、僕? ……伊勢美灯子」
というかこの子、僕の名前も分からないで僕のことを「母さん」と呼んでいたのか。
そんなことを考えている間に、いせみとうこ、とジンは同じように名前を繰り返した。そしてやはり満足したように、満面の笑みを浮かべると大きく頷く。
「それで、どこに行くの?」
「……それはまだ決めてない。とりあえず適当に歩こうかな、と」
「えぇっ」
僕がそう言うと、千馬さんが驚いたようにそう声をあげた。そちらを見ると、千馬さんはまた大きく肩を震わせた。
「……その、見当があるわけでは……?」
「ないですよ。……そうか、千馬さんには言ってなかったですね。言葉の失踪は恐らく異能力者絡みみたいで、足取りが掴めないんですよ」
強いて言うなら見当はある。それは「どこにいるか知っている」と言った実幸さんだ。……だけど彼女は帰ってしまったし、そもそも正解を教える気はないようだし、やはり自力で頑張るしかない。
どれだけ地道で、無駄なことをしているとしても。僕は1秒だって止まりたくないのだ。
「ま、全く?」
「はい、全く」
「少しも宛はないんですか!?」
「ないです」
「か、会長さん、一晩中探しても手掛かりゼロってこともあり得るんじゃ……」
「あり得ますね。だけど無駄でもなんでもやるしかないです」
「えぇぇぇぇ」
正気!? と言いたげな目で千馬さんが見つめてくる。何と言われようと、間違いなく正気だ。
「止まりたくないんです。早く、見つけてあげたいから」
僕がそう言って笑うと、千馬さんは目を見開く。そして僕から目を反らし、俯いて。
「……どうして、そこまでして……」
「……? 何か言っ……」
「──どうしてそこまでして探すの?」
すると横から声が割って入る。そちらを見ると、ジンが不思議そうな顔で首を傾げていた。
「どこにいるかも分からないから、いくら探したって無駄なんでしょ? 見つけてあげたいって、その気持ちも無駄になるんでしょ? どうしてそんな無駄なことしてまで見つけようとするの? そんなに無駄なことをする価値がある人なの?」
「すごく『無駄』を連呼されてる……」
しかもなんだかイラっとくる聞かれ方だが、どうやらこの子は人間と思って接するとこちらが痛い目を見るらしいし。そうなると苛立つだけ無駄だ。
きっと、ただ本当に分からないだけなのだろう。
「……僕にとっては、そういう、無駄な労力を掛けるだけの価値がある人なんだよ、言葉は。……無駄になるだろうけど、闇雲に探して見つかる可能性が1ミリでもあるのなら、動かずにはいられない。あの人は……寂しがり屋だから、きっと1人で泣いてる。だから……早く見つけてあげたいんだ」
「合理的じゃないね」
「合理的なんて言葉知ってるんだ……そうですね、合理的ではない。僕は感情を優先してるんだと思う」
ジンの言葉選びに驚いてから、それを肯定する。合理的じゃないし、効率の悪いことをしているとは思う。でも泉さんから報告は来てないし、実幸さんは正解を教えてくれない。むしろ、僕の出方を伺っている気がするから。
……それならお望み通り、全力で足掻いてやろうと思う。
全て無駄になるとしても、止まれない。
「言葉のことが、とても大切で、愛しているから」
約束をしたんだ。貴方といる、貴方と生きる、貴方のために生きると。
とても自己中心的な、愛の証明だ。
「……やっぱり母さんは面白いね」
「気に入った?」
「うん、とっても。わらわには欠片も理解できない!! ……だから面白いと思うよ。もっと、母さんの気持ちも、その出所も、全てのことを知りたいな。理解できないと思うけどね!!」
相変わらず配慮の欠片もない発言。これツッコんでたらキリがないやつだ、と思う。僕は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、知れるといいね。僕も、教えていくよ」
「うんっ!!」
発言は失礼だが、笑顔は本当に朗らかで、純粋無垢で、素直に子供らしく可愛いものだと思う。まあどこか異物感があるというか、恐怖にも似たものもやはり感じるが……。
いや、そんなことを考えていても仕方がない。今は言葉のことが一番だ。そう思い僕は、再び歩き出した。
茜は灯子の発した言葉を頭の中で繰り返していた。
無駄な労力を掛ける価値がある人、きっと1人で泣いている、大切で、愛している。
クマのぬいぐるみを強く、抱きしめる。温かくて、柔らかくて、安心する。
理屈は分かる。言い分は理解できる。けれど。
「ねぇ、歩かないの?」
「ッ、ぁ」
そこで突如、視界を大きく覆う顔があった。茜が後退ると、その子供は不思議そうに彼女を見上げる。
「ていうか君、なんだっけ?」
「ぇ、っ、あ、茜、は……」
「あかね? ふぅん、あかね」
別に名乗ったわけではなく、自分のことをそう呼んでいるだけなのだが。その子供──ジンは茜の名前を噛み締めるように繰り返し、ジッと大きな瞳で茜を見つめる。
感情が読み取れない。この世の物とは思えない、言葉に出来ない気迫。茜が思わずもう一歩後退ると同時、ジンは告げた。
「たかなしことはのこと、そんなに気に入らない?」
「──ッ!!!!」
茜は大きく息を呑む。
息が詰まる。喉が渇く。その割に汗が止まらない。返すべき言葉が浮かばない。ぬいぐるみを強く抱いて、布を引く。小さくぎち、と音がする。
しかしそんな風に動揺する茜とは裏腹、ジンはきょとんとした顔で首を傾げるだけだった。自らの発言がどれだけ目の前の人物を追い詰めているのか、分かっていなかった。
ただ、疑問を口にしただけだったから。だって、言葉の話をしている灯子を見つめる目、なんて不満そうな顔をしているんだろうと思ったから。
どうしてそう思うのかは分からない。でも生じているものは分かる。
──激情。
愛、怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ、享楽……。渦巻き、ぶつかり、融合し、砕け、溶け、飲み込み、吐き出し、散る。定型などない、予測の付かないもの。
誰より近くにあるはずなのに、そんな自分が持たないもの。
「あかね。──茜」
「ッ、な、なに」
「──わらわ、君のこと、気に入ったよ」
刻み込む。その名前を、口の中で溶かして、馴染ませて。
ジンは茜の手を取る。ぬいぐるみを強く抱きしめる手を、無理矢理引っ張って。
「茜、ほら早く!! いっこ~~~~!!!!」
「えっ、えぇっ、えぇぇぇぇっ!?」
ジンに手を引かれるまま、茜は走り出す。そしてすぐに前を歩く灯子のことを追い越してしまい、何してるんだあの2人、と灯子は思わず眉をひそめるのだった。




