親と子
そしてそれは、突然だった。
実幸さんが突然右手を振るい、その手に魔法のステッキを握る。左足を少し動かして踏ん張り、ステッキを頭上に掲げる。本当に最低限の動き。それだけだった。
実幸さんを目掛け、どこからか光線が迸る。実幸さんはステッキでそれを防いでしまった。
背後で悲鳴を上げる千馬さんを、反射的に僕は庇う。春松くんの方を見ると彼は目を見開き、その場で固まっていた。どうやら彼にとっても予想外だったことらしい。
この場で冷静なのは、実幸さんだけ。
「……こういうことがあるから、ちょ~っと先を急がないといけないんですよね」
「み、ゆきさん、今のは……」
「ああ、そうですね。……出てきたらどうですか? どうせ貴方が気に食わないのは、私たちだけでしょう?」
実幸さんがやけに冷たい声で、虚空に向かって声を投げる。その視線の方を、僕は見つめた。
「──あははっ、所詮は人間あがりのくせに、随分と偉そうだね」
「確かにそうですが、貴方よりはずっとマシです」
そして出てきたのは──子供だった。
色素の薄い色の髪を肩くらいまで伸ばし、サスペンダーにショートパンツ。なんだか高そうな服だ。
その顔立ちは……何と言うべきか。子供らしく、同時に大人びている。感情豊かなようにも見えるし、退屈しているようにも見える。
その星の浮かんでいるように見える美しい瞳から、どうしても目が離せない。
……何、この子供……。
「な、なんか、あの子……怖い……」
僕の背中にしがみつく千馬さんが、小さくそう呟く。どうやらその認識は一致しているようだった。
そうしている間にも、その子供は実幸さんに歩み寄る。一方実幸さんは、その子供に容赦なく魔法のステッキを突き付けていた。彼女の表情は今まで見たなかでも一番冷たく、静かな殺意を感じる。
実幸さんでさえこんな扱いなのだ。あの子供は、まともじゃない。
「偉そうに振舞っちゃって、神様にでもなったつもりなのかな」
「いいえ、私はそんなものではありません。私は、私たちは何者でもない。何者にもなれない。そういう存在です」
「そうかなぁ。結構、出しゃばってると思うけどね?」
「それが私たちの役割ですから」
「……それが偉そうだと思うんだけど」
「ですから、貴方よりはマシです」
子供はニコニコと笑っている。バチバチと2人の間に火花が散っているのが見て取れた。いつ戦い始めるか──そんな不安が煽られる。勘弁してくれ、本当に。
正直言うと、今すぐここから立ち去りたい。本能が告げているのだ。あの子供は、僕が頑張ってどうにかなる相手じゃない。もし戦うようなことになってしまったら……考えたくもない。だから逃げたい。
ただ一方で、なんとなく悟る。──この子供は、今回の言葉のことに関わっている。
実幸さんはこの子供に殺意は向けつつも、実行に移すような様子はない。そして彼女ほどの人がこの脅威に対し、僕を始めとした他者に逃げることを促さないのはおかしい。……つまり総合的に考えるとこの子供との関わりは、避けることが出来ない。
「……春松くん、千馬さんのことをお願いします」
「えっ」
僕はジリジリと少しずつ横移動をし、固まっている春松くんにそう声を掛ける。驚いたように声をあげる千馬さんを無視し、僕は実幸さんとその子供に近づいていった。
心臓が嫌な音を立てる。冷や汗が背中を流れる。どうなるか分からない、けれど。
今ここで僕が動かなければ。それでもし言葉が戻ってこなかったら。──僕は後悔してもしきれないから。
怖くても、行くしかない。僕にはそれしか出来ない。
言葉のためならば、僕はどんな傷だって厭わない。
「……あの」
「! ……灯子ちゃん」
「あっ!!」
僕は2人に声を掛ける。すると2人は同時に僕を見て……実幸さんはともかく、驚いたのは子供の方の反応だった。
本当に嬉しそうに無邪気に笑うと……僕に駆け寄り、そして抱き着いて来たから。
「……えっ……」
「やっと会えたね」
固まる僕を抱きしめながら、子供は顔を上げる。本当に、愛おしそうなものでも見るようなキラキラとした、じっとりとした熱がこもる目で、僕を見つめて。
「──母さん」
そして僕のことを、そう呼んだ。




