受け止める覚悟
「一応、日常生活を送れるくらいには回復したけれど……でも、全くの元通りにはならなかった。言葉は元々……内気であまり多くを喋らない子だったの。外で遊ぶより、家の中で本を読むことが好きな子でね。あまり体力も無くて」
「そう……だったんですか」
今まで過ごしてきた言葉と上手く繋がらなくて、僕は思わず目を見開く。本を読むのが好きなのは今も変わらないと思うが、体力があまり無い、は言葉に向けられた言葉だと思えない。
「あの子は、強くなったの。もう二度と傷つかないために、持っていた異能力も、フィジカルも鍛えて強くして。性格や喋り方も明るく、元気に……強くして。自分を常に強く見せているの。……元気になって良かったって人から言われるたび、苦しかったわ。あの子のあれは、拒絶をするための、身を守るために得た強さだったから」
「……」
「一見社交的になったけれど、心の底では誰のことも信じていないと、分かっていた。あの子が生き続けるためには、それが必要だったとも思う。でも、いつも……苦しそうだった」
「……はい」
「だから、貴方がいてくれて良かったと思うの。貴方といる時間は、ありのままの言葉でいられていると……そう分かったから」
「……いえ、そんな……」
聞いて分かった。言葉がギリギリのところで保っていた心を壊したのは……やはり僕だ。
苦しんで生きてきた言葉を、また僕が苦しめてしまった。
「言葉は今、貴方と一緒に過ごしているんでしょう? ……あの子は、私たちの大事な……本当に大事な、子供なんです。本当は今すぐにでも会いに行きたいけれど、私には許されないから……どうか、言葉のことをよろしくお願いします」
言葉のお母様が、そう言って深々と頭を下げる。僕はそれを、半ば放心状態で見つめた。
言葉のお母様は、知らない。どうして言葉があんな行動を取ったのか。僕に酷い態度を取られたから、僕が彼女の信頼を裏切ってしまったから。
僕が言葉の心を傷つけた人間だと知れば、この人はきっと許してくれない。
……分かってる。責められなければ良い、というわけではないということは。
「……約束します。僕はずっと、言葉と一緒に居ます。何があっても」
僕はあの人を苦しめた。僕が道を外させてしまった。誰もそのことを責めない。だけど僕は許されない罪を背負っている。
……それでも前を向いて生きて、幸せになると決めた。一緒に幸せになると、彼女と約束をした。それも紛れもない事実。
僕が大きく頷くと、言葉のお母様はありがとうと言って顔を上げた。
……本当に早く、言葉のことを見つけないと。でないと今こうして約束をした意味がない。僕は気を一層引き締めた。
「……ねぇ、灯子ちゃん。学校での言葉の様子を聞かせてくれない?」
「え?」
「ほら、もちろん本人から話を聞くのもいいけどさ、人伝で聞くのもいいと思わない? 言葉が『これは伝えなくてもいっか~』って思ってるようなことを聞けるかもだしさ!」
すると言葉のお母様がそんな風に言ってニカッと笑う。先程までは何と言うべきか、シリアスモードみたいな感じだったけれど、それが一転とっつきやすい、朗らかな雰囲気になった。その笑顔は……言葉にそっくりで。
気を遣わせないようにしてくれてるんだな、とありがたく思った。
「そうですね……じゃあ、初めて会った時から順繰りに思い出を喋っていこうと思うんですけど──」
僕は約1年前のことを思い出しながら、言葉との思い出を話していく。言葉のお母様は楽しそうにその話を聞いてくれて、穏やかな時間がリビングを流れていた。
突然お邪魔してしまってすみませんでした、と挨拶をしてから、僕たちは言葉の家を出た。
外に出た頃には空は真っ暗になっており、一等星が点々と輝いていた。電灯の光に邪魔をされて、上手く見えない。その暗さを見て心配になったのだろう。車を出そうか? という言葉のお母様の申し出を、僕たちは丁重に断った。
一応男子が1人いるし、チート魔法少女と世界唯一の異能校の生徒会長である僕、その後輩がいる。まあ大丈夫だろう。
実幸さんは歩道の縁の上をバランスを取りながら歩いている。よろけた時にすぐに支えられるようになのか、春松くんがその隣で平坦な道の上を歩いていた。
「次はどこに行くんですか」
楽しそうなその背中に、僕はそう問いかける。実幸さんの歩みに迷いはない。きっと目的地があるのだろう、と思ってのことだった。
実幸さんは一見、その場の思い付きで行動しているように見える。だけど、きっと違う。この人は一応──何か目標があって、それを目指して行動を選んでいる……たぶん。
初めは、「なんで実幸さんの部屋を片付けないといけないんだ」とか「春松くんの家に行くんだ」とか思った──いや、実幸さんの部屋の片付けを手伝わないといけなかったのにはまだ納得してないけど。まあそれはともかく、よくよく思い出すと今日の一連の行動には共通点がある。それは──。
そこまで考えたところで、実幸さんが縁からひらりと飛び降りる。その手を春松くんが支え、エスコートでもしているようだった。
そして実幸さんは、僕を見つめた。
「気分が悪くなる場所です」
「……?」
「向き合う覚悟があるなら、案内します。ないなら今日はここで解散で、明日以降また捜索再開ですねぇ」
実幸さんの口調はあくまで淡々としている。その顔にも微笑があるだけで、感情はない。本当に、口からただ事実を告げただけなのだと思う。それが少しだけ……怖いと思う。温度が低いじゃなくて、〝ない〟と感じるから。
たぶん、僕が「ない」と告げたところで、この人はそれを責めない。ただその回答に納得し、回れ右をして帰るだけなのだろう。
……この先に待ち受けるものが何なのか、僕には分からない。だけど──。
──言葉が1人で寂しく思ってるかもしれない。だから、早く助け出さないと。
そのためなら僕は、どんなことだって受け止めよう。
「案内してください」
「ひぇっ、か、会長、行くんですか……?」
僕の回答にいち早く声をあげたのは千馬さんで、青ざめた顔で僕にそう尋ねていた。
「……怖いなら、別に付いて来なくても大丈夫ですよ」
「えぇっ、そ、その、それもそれで怖いっていうか……うう、ああああっ、茜も行きますっ!!」
「いや、無理しなくても大丈夫なんですけど……」
本当に僕はどっちでもいいので。でもまあ、付いてくるというのなら後は本人の自己責任ということで。
僕は実幸さんを見つめて頷く。実幸さんはにっこりと笑うと、何も言わずに再び歩き出した。
珍しく、とても真剣な表情で。




