第18話:胸ポケット
ある日の休み時間
「向井のシャープペンを貸してくれない?」
川岡さんもシャープペンを持っていると思うのだが、なぜか俺のを使いたいと言ってきた。
「あぁいいよ。それしか持ってきてないから授業が始まったら返してよ」
「うん。ちょっと書くだけだから」
自分のノートに俺のシャープペンで何かを書いているようだ。どのシャープペンで書いても同じような気がするんだが。
「ありがとう。はい、返すね」
といってきたので受け取ろうと川岡さんの方を見ると、手にシャープペンを持っていない。川岡さんの机の上にもシャープペンはない。どこにあるかというと川岡さんの胸ポケットに入っていた。そうか、思い出した。このシーンは前回もあった。すっかり忘れていたけど、これは人生で最も楽しかったシーンだったんだ。なんで忘れていたんだろう。あまりにも楽しかった思い出すぎて封印していたんだろうか?だって女の子が胸ポケットに入れて返してくれるなんて、男子中学生の憧れシーンNo1に決まっている。もちろん異論は認めるけど。
「ちょっと向井、なに泣いているのよ」
「いや、あまりにうれし...じゃなくてちょっと目にゴミが入っただけだよ」
いかん、あまりにも嬉しくてうれし涙を流していたらしい。わざとらしく目をパチパチさせて再び川岡さんの方を見る。
「そこからシャープペンを取るって、それハードル高くない?」
「別にポケットからシャープペンを取るだけでしょ?」
いやポケットっていっても胸ポケットは別だろ。仕方がないので胸ポケットの方に手を伸ばすのだが、さすがに恥ずかしい。川岡さんはからかうのが面白いのかケラケラ笑っている。
「よーし、本気で取りに行くからな」
と言って更に手を伸ばすと
「キャー、エッチ」
と叫んで胸を手で抑えてしまった。
「おまえ、ずるいだろそれ」
「もっと普通に取ってよ」
前回はこういうやり取りを授業開始まで続けて、結局は返してくれたような気がするが、それだとその後に繋がらないので別な方向に話を持っていくことにした。
「わかった。降参するよ。何か一つ川岡の言う事聞くから、とりあえずシャープペンを返してよ」
「しょーがないなー」
といいながら、川岡さんはシャープペンを手渡しで返してくれた。
「何をお願いしようかな」
「裸で校庭を走るとかやめてよ」
「水着を着ればいける?」
「そういう変態なのはやめて、例えば部活の帰りにジュースを一本奢るとかそういうのにしてよ」
「じゃぁ、今日の帰りに奢って」
「いいよ。それでいこう」
よし!これで下校を一緒に帰れる!
□▲□
部活後、俺はプールの更衣室の出入り口で川岡さんを待つことにした。
「向井君、誰かを待っているの?」
更衣室から出てきたのは吉沢さんだった。
「川岡さんって、まだ更衣室だよね?」
「うん、もうすぐ出てくると思うけど、待ち合わせ?ひょっとして付き合っているの?」
「そうじゃなくて、今日の勝負に負けたんだよ。だからジュースを奢ることになっているんだ」
「向井、おまたせ」
と事情を吉沢さんに説明しているところで川岡さんが出てきた。
「それじゃお先に向井君」
「あぁ、気をつけてね」
川岡さんが出てきたところで、吉沢さんは帰っていった。
「吉沢と仲いいんだっけ?」
「いや?たまに話をするぐらいだよ。それよりもどこで奢ろうか?」
「それならファミレスに行こう」
ファミレスに入ってドリンクバーを注文する。
「やっぱ部活は疲れるねー」
二学期の前半はまだ暑い時期だ。水泳部の練習もかなりハードだった。
「それじゃ、川岡の分も注いできてあげるよ。なにがいい?」
「レモンサワーで」
「了解」
川岡さんのコップにレモンサワーを注いで、俺は定番のコーラにした。
「そういえば向井、去年よりもすごいタイムが速くなってない?」
「そりゃ、冬の間も泳いでいたからね」
「そうなの?学校のプールは閉鎖されていたよ」
「市営の屋内温水プールが中心街近くにあるんだよ」
「へー。良くそんなに頑張れるね」
それは川岡さんに注目してもらいたかったから。とはさすがに言えないので。
「入部したときは部の中で一番遅かったからね。そのままじゃ、格好つかないだろ」
という理由にしておいた。その後もいろいろな話をしたあと、家まで送ってその日は終わりとなった。今後はこの記憶は封印しないようにしよう。
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