四十二日目-10 マグロ、ご期待ください
さて、困った。
今日はこの街の出店で色々と食べて感じたことがある。
どれもこれも美味い、と。
おそらく勇者は日本人だろう、こっちの世界で再現した料理の数々は食べたことがあるようでないような、懐かしさがあるものの新鮮な味だった。
料理人でない俺では味で太刀打ちすることは難しいだろう。
しかし、バット、それでも。
せっかくの大所帯での食事だ、レトルトなんて味気ない真似はしたくない。
とすると思い浮かぶのはある名言だ。
即ち──競うな、持ち味を活かせ。
勇者にはできなくて俺なら出来ること。
決まり切っている。
素材だ。
ブランド牛を筆頭に、俺はヴァーハナのオプションで元の世界の素材を手に入れられる。
そんなわけで用意するのはバーベキューセット。
しかしこれだけでは芸がない。
昼間にもちらっと見て、俺も久々に食べたくなったので。
どどん、とクロマグロを用意した。
ここまでは良い。
部屋まで運ぶのもルルクとゴブゴたちにやってもらった。
困ったのは、部屋に運んでしまったということだ。
うっかりである。
ヴァーハナの中で運転LV5の補正があれば俺にも捌けるだろう。
しかしここでは運転LV5は当然発動しない。
タブレットでマグロ解体の動画を見てみるが……無理無理、真似出来るわけがない。
さて、どうしたものか。
「……その、ソレみたいに切り分けるのかい?」
ひょっこりと横に現れたゴブゴが聞いてくる。
「うん……あ、そうだゴブゴは出来ないか? ほら、包丁はここにあるから」
「初めて見る魚だが……多分やれるぜ。おい」
ゴブゴが呼ぶと他のゴブリン達が音もなく集合する。
そしてそれぞれが包丁を手にしたかと思うと、あっという間にマグロが解体されていた。
頬肉にアタマ、赤身中トロ大トロに中落ちカマトロ、綺麗に切り分けられている。
個人的には全部刺身で良いんだが、文化的に生魚がダメな人もいるかも知れない。
赤身は少し煮つけにして、カマトロは炙るか。頬肉なんかはフライでも美味いって聞いたことがあるが……ヴァーハナの外で油を使う勇気がない。
俺は動画を再生しながらゴブゴ達に切り方を指示して、他の部分を進める。
バーベキューの方はいつものブランド牛肉の暴力と野菜少々で良いとして、あらかじめ焼いてしまうか。
でも肉はやっぱり焼きたてが美味いよな。
宿側に確認を取ってみてOKが出たので、やたらでかいテラスにバーベキューキットを設置し炭を放り込む。
あとは肉を同じ種類が固まるように並べて、焼肉のタレと調味料。
刺身の方には醤油とワサビを置くとマリがワサビの傍に注意文を張り付けてくれる。
「旦那、切るだけでいいのかい? オレッチどもも人間に詳しいわけじゃあねぇが、生ってのは危ないんじゃねぇのか」
「これは大丈夫。ああ、俺が用意したのが特別大丈夫なだけで、他は知らないから気をつけてな」
「へぇ……しかし生の魚、ねぇ。食ったことねぇが……」
「無理しなくて良いって、これは俺が食いたいっていうのがメインだし」
「それにしちゃあ量が多くねぇか?」
「俺が好んで食べるやつはな、なんか人気があるからな」
既にルルクが興味津々と言った様子で見つめているし、アギも俺が最初に手を付けるものがどれなのか観察している。
いつも俺が一番好きなものから食べるからだろう。
そして俺の好みは割とみんなの好みであることも多い。
……それが分かっているからアギが好きそうな物から食べることもあるけど。
「おお、もう食事の時間か」
ちょうど準備が終わったところでコルネドさんとその部下の人々、それにキンドとフェスティスが部屋に戻ってきた。
「お帰り。それじゃあ帰ってきて早々になるけど、懇親会も兼ねた夕食としようか」
「これはこれは……もの凄いご馳走ですな。ひょっとしてですが、彼らの分も?」
「もちろん」
コルネドさんが部下たちを見ながら言うので頷くと、彼らの疲れ切った表情が一転キラキラと輝きだした。
うんうん、喜んでもらえると俺も嬉しい。
嬉しいので。
「それじゃこれもみんなで飲もうか」
「これは?」
「ドワーフの秘蔵の酒」
コルネドさんと部下の人たちが全員「!?」って表情になった。
「な……あのドワーフから酒を譲り受けたのですか!?」
「それも近年の当たり年のものだそうだから、味わって飲もうね」
コルネドさんは口をパクパクと開閉させている。
うん、まあ売ったら物凄い値が付くって聞いたからね。
それをみんなで飲んじゃおうっていうんだから、分からなくはない。
そんなわけで希望者には酒を、アギとマリや下戸の人には清涼飲料水を用意して持たせる。
「じゃあ、挨拶って柄でもないし、簡単に。これも何かの縁、せいぜいこのイベントをみんなで協力して楽しく過ごしましょう! かんぱーい!」
俺の音頭でコップが掲げられ、食事が始まる。
俺としてはもちろん、最初から最高のものを。
大トロである。
赤身の良さ、中トロの良さも分かる。
分かるが!
一番好きなのはやっぱり大トロだ!
脂イコール正義だからな!
「──……!」
いらない。
もうね、言葉はいらない。
うま。
醤油の塩気の向こうに、なめらかな舌触りと甘い脂、蕩けて緩み切った味わいの中でワサビが陰から引き締めてくれる。
ここにドワーフの酒を流す。
ふわりと甘い香りが廻ったかと思うと、ちりっと火が灯ったような刺激から連鎖的に甘苦い味わいが舌の上をすっきりと綺麗に流していってくれる。
これは……いいものだ。
瞼を閉じてみれば、遠い昔に見た桜の名所の光景が目に浮かぶようだ。
飲んだの、日本酒じゃなくてドワーフのお酒なんだけどね。
俺の反応を見てアギがまず大トロを醤油につけて食べる。
「うまっ! 肉とも魚とも違うっていうか、魚なんだっけこれ。っていうかこれ魚? マジで? うまぁ!」
物凄い勢いで大トロを食べ始める。
一方でルルクは赤身や中トロと言った別の部位も少しずつ取って口に運ぶ。
「あぁ……や、やっぱりご主人様の食べ物は、ず、ずるいよね……切り分けると、こ、こんなに味が違うんだね……」
生の魚を丸々一匹なら食べたことがあるような感想だ。
続いて追加で取るのは赤身が多め。
何気にウチの中ではルルクの好みが渋いこと多いな。
ヒミナも同じように満遍なく食べてから、中トロが気に入ったようだった。
「なるほどなるほど。ふむ、これもまたうまいな」
フェスティスに至ってはテラスのバーベキューコーナーで大トロの炙りを作り始める始末。
ずるいぞ俺もそれやりたいぞ。
「おほぉ」
思わずそんな声が出た。
美味い……火が入って脂が落ちてさっぱりとしながらもしっかりと残った魚の旨味に、振りかけた粗塩が程よくマッチする。
さらに噛みしめれば人肌ほどに温まった生の大トロの甘味が、粗塩とのコントラストによって際立つ。
そこにね、お酒をね、キューっと流し込むわけですよ。
極楽ですわぁ。
だらしなく表情を緩ませる俺の様子を見て、ゴブゴ達も思い切って刺身を口に入れる。
もしゃもしゃと租借すること数秒。
不意にゴブゴたちの動きが止まった。
口に合わなかっただろうか。
まあまあ安心しろゴブゴくん。ここには肉もあるのだからな。
「──旦那」
「うん?」
俺を見上げたゴブゴの表情は、ものすごく真面目な表情だった。
「オレッチどもはよ、きっと商売王決定戦を勝たせて見せる。それで、学校に入って色々勉強して、賢くなってみせる」
「うん」
「だからよ……いつかオレッチどもを旦那の商会で使ってくれねぇか」
「オッケー」
「もちろんその時にオレッチどもが……え?」
ゴブゴがきょとんとした表情で俺を見ている。
なにかまずかっただろうか。
むぅ、さすがドワーフの酒、すでに判断力が落ちているっぽい。
「フェスティスー? どうよ、ゴブゴたち雇うの」
「良いのではないか? 我輩ほどではないが、警備にせよ何にせよ役に立たんということはあるまい」
「ん。じゃあオッケー。頑張れよー」
「え、え……じ、じゃあ頑張ったらまた、こんなメシ……ああいや、食事をさせてもらっても──」
「いいよいいよ、これも捌いてもらったし、いくらでも食わせてやるさ」
「い、いくらでも……!?」
ゴブゴを中心として、ゴブリンたちが真面目な顔で頷き、俺の目の前に跪く。
「旦那、オレッチどもは──」
「いい、いい、そういうの。これも縁ってやつだって、最初に言っただろ? 今はこの時を楽しめ、無礼講だ無礼講ー」
「やったねゴブゴちゃん、おめでとー!」
デザート用のフルーツ盛り合わせにいつの間にか群がっていたフェアリーたちが拍手を送る。
そして果物やハチミツを投げつける。
投げつけられたゴブゴたちは、苦笑いを浮かべつつも嬉しそうだ。
フェアリーなりの祝福というやつなのかも知れない。
ああ、いい気分だ。
久しぶりの酒はやっぱり良い。
大トロの炙りを作ったついでに肉を焼いて食えばやっぱり美味い。
適当に焼いたけどカルビだったな。
こっちはハラミか。
なぁにこれタレも塩も美味いし酒に合うじゃーん?
だっていうのに、ああくそ、秘蔵の酒だったからなぁ、もうなくなってしまった。
見ればほぼ全員が酒を空けてしまっている。
しかし生魚に気おされたらしいコルネドさんの部下たちは、ようやくこれからアギたちの反応を見て刺身に手を付けるようだ。
いかん。
いや刺身は刺身だけでも美味いが、しかし酒があったらもっとうまいのだ、肉も。
ヴァーハナで追加してくるか。
あでもここ最上階なんだよなぁ。
行くのがちょっと面倒……ルルクを使えば良いか。
よし。
「ってちょっと。落ち着きなさい。確かに今は良いかも知れないけど、明日後悔することになるわよ」
テラスからルルクを呼ぼうとした瞬間、マキナに止められた。
ふむ。
「なんで?」
「あの竜にも酒が入っているからよ。気分よくあなたを載せて駐車場まで飛ぶわよあの子。それで街に竜が出たって騒動になってラティって子に怒られるの」
「なるほど」
俺は頷いて、考える。
明日ラティに怒られてしまうらしい。
でも俺が行かないとオプションで出せないし、ルルクを使わないと重いしめんどい。
じゃあ怒られよう。
素晴らしい。
解決した。
「おーい、ルルクー」
「な、なにかな、ご主人様?」
俺の手招きにすぐに応じるルルク。
うん、可愛いやつだ。頭撫でてやろう。
「もう……知らないからね」
不満そうにマキナが言う。
なんだ……? なにか気に障るようなこと言ったか……?
ああ、寂しいんだな?
「んじゃマキナも来れば良い」
マキナの手を掴む。
その瞬間、神様に触れたせいか天啓を得た。
すなわち、オプションで酒出すなら、ドワーフの酒も出せるんじゃね?
「え? ちょっと?」
だってほら、ドワーフの酒はヴァーハナに乗せたことがある。
ならヴァーハナにあっておかしくないものなんだから、オプションで出せるべきそうすべき。
マジかよあの酒無尽蔵で飲めるの?
急いで試さないと!
「ルルクー、下まで超特急で」
「は、はーい」
ルルクが竜の姿になる。
俺はそれに乗る。
手に掴んでいたマキナも前に据える。
「まっ──!」
「ごー」
猛スピードで落ちるよりも早く飛ぶルルク。
きゃあああああああ、とか可愛い悲鳴が夜の街に響いた。
うんうん、絶叫マシンみたいだもんな、楽しいよな。
楽しそうなマキナを見て俺はゲラゲラと笑った。
なお、追加の酒はそれはそれは大好評だった。
やったね。




