四十二日目-9 風に耳あり物陰にフェアリー
「で、どうなんだ、アレは」
とある商店の地下。
ずらりと立ち並ぶ樽の中にはワインが保管されている。
湿度と室温を管理されたワイン倉庫には三人の人影があった。
一人は少し腹が出た中年男性。
もう一人は鱗で覆われた魚人。
最後にマントで全身を覆い隠している者が跪いている。
「人数は報告通り……ゴブリン達はアサシンのようです。冒険者組合にも登録がありました。ランクはBです。すでにこちらに探りを入れている気配があります」
「ランクBか。厄介だな。どうみる」
マント姿の密偵から報告を受けて、魚人は中年男性へと問いかけた。
「ラティが師であるコルネドに助けを求め、それが聖皇女に報告されやってきた、というところが妥当でしょう。聖皇神国はいまだに勇者を戦線に戻したがっているという話。魔女は……シャールを前線から剥がすわけにもいかず身辺警護を依頼した、というところでしょうか」
「……」
密偵は黙ってそれを聞く。
本当は別の情報も入っている。
コルネドがトウヤという商人にずいぶんと敬意を払っている様子だ、とか。
聖皇女と魔女は最初、コルネドではなくトウヤと一緒だった、とか。
これが本当ならば注意するべきはコルネドではなく、トウヤなる商人なのだが。
密偵は迷いながらもその情報は伝えない判断を下す。
決め手となったのは冒険者組合で手に入れた情報だ。
トウヤなる人物は冒険者組合にも登録していて、しかもランクはAAAだと。
──ありえない。
ランクAやランクAAは定期的にチェックしている。
最近までトウヤなんて名前の人物はいなかった。
それがこの短期間でランクAAA認定?
もしこれに原因を見出すならば。
情報戦。
これだ。
すでにコルネドは動いており、こちらに対して情報戦を仕掛けている。
トウヤなる人物を不気味に思わせ、注意を引かせようとしているのだ。
誰だって、普通に考えたら雇い主の考えが正しいと思うだろう。
ランクAAAの冒険者が商人で聖皇女と魔女を引き連れ、コルネドとのコネを使って偶然この街に入ってきた?
いくらなんでも盛り過ぎだ。
この「騙すつもりなら盛り過ぎ」という設定が、実に絶妙だとも思える。
念のために報告しておこうか、そう思わせる塩梅なのだ。
不要な情報は混乱を招き不測の事態を引き起こす。
だから密偵はあえて黙っておくことを選択したのだった。
「勝算はあるのか。相手はあのコルネドなのだろう、南の奥海に居ても名前は聞こえてくるほどの男だ」
「はっはっは、ここが聖皇神国であったならば、分からなかったでしょうがね」
聖皇神国の大商人コルネドも、イトーヨーガルドではただ優秀なだけの商人に過ぎない。
出来ることなどたかが知れている。
「ならば良い。いいか、これ一度だけだ。次はない」
「分かっておりますとも。我々としても商売王決定戦に関われることなど、これが最初で最後でしょう。ラティにも参加はさせないよう手は打ってあります。ええ、実に合法的にね」
魚人は頷いて、周囲に視線を巡らせる。
「いよいよだ。明日にはバザー・デ・ゴザーが開催され、商売王決定戦の告知がされる。そこからは情報を開示しなくちゃならなくなる。ぬかりはないな?」
「もちろん。全ての物流は監視下にあります、なによりこの街で不正は不可能です。それはご存じでしょう?」
「ふむ……となれば、無駄に時間を割いて向こうのゴブリンどもの諜報活動に引っかかるのもくだらん。そろそろ私は失礼する」
「ええ、ええ。今後ともごひいきに」
速足に階段へ向かう魚人。
中年男性はそれを見送ってから密偵に視線を向ける。
「ネズミは?」
「おりません。ランクBのアサシンといえど、さすがにまだここはたどり着けてないかと」
「ならば良い。だが油断するな、高い金を払っているんだ」
「無論です」
「ならば、続けろ」
密偵は一つ頷き、その姿を闇の中へと消し去る。
それを見届けてから、中年男性は酒樽を一つ抱えると階段の方へと歩いて行った。
「っていう会話がねー、このお店であったのー」
広げられた街の地図の一か所を指さしながら、楽しそうに笑うのは蝶のような羽を生やした小さな小さな小人の少女。
フェアリーの女の子だった。
「ケッヒ、なるほどなぁ、ずいぶん警戒してるみたいだが、フェアリーの《風運び》までは想定外だったみてぇだなぁ」
してやったりと笑うのはゴブゴだ。
っていうかランクBだったんだな。
Bっていうといまいちな印象あるけど、いつの間にか姿を消していたことや密談の内容を考えると一流の扱いみたいだ。
クアドル商会の人間が警戒していたことからもそれが分かる。
そう、俺は今フェアリーから密談の内容をまるっと聞いていた。
彼女たちが持つ《風運び》なるスキルは、種族特性として持っているスキルであり、実はその存在を知っている者はかなり限られているらしい。
フェアリーと親交が深い種族か、あるいは特別仲の良い者だけが知るスキル。
その効果は、風が入る場所にならば風に乗っていくことができる、というもの。
そして移動中は風と一体化するため完全な不可視化する。
フェアリーは神出鬼没で噂好き、というのはこのスキルによるものらしい。
さらにそんなことができてしまうくらいに、フェアリーは自然現象に近しい存在らしい。
だからよほど高位の探知スキルを使ったりしない限り、その存在に気づく者はいない。
これだけ聞くと諜報員として最高のように思えるが。
「ゴブゴちゃんの頼みだから頑張ったけどー、もぉ二度とやんないからねー?」
フェアリーは自由気ままで頼み事が出来るような性格ではない。
今回は種族として親交があり、かつ仲も良いゴブゴからのお願いで特別、というわけだ。
基本悪戯だとかバカ騒ぎすることが好きで、こっそりと誰かのために働くというのは性に合わないらしい。
確かにこれはすごい特例なのだろうな、と俺も思う。
そんな自由気ままだというフェアリーが、俺たちの泊まる部屋の床を覆い隠すほどの人数で協力してくれたのだから。
もっとも話の内容が内容なので、実際に話を聞いてきてくれた子とゴブゴだけを連れてヴァーハナの中に移動してから聞いた。
俺の知る限りもっとも高いセキュリティを誇るのが、このヴァーハナの中だからね。
「っていうかー、ゴブゴちゃん本当なのー? この人間さんが、本当にあたしたちが知らないすごいもの持ってるのー?」
フェアリーはあまり信用していない顔でゴブゴを見る。
「っていうわけなんですが、どうでしょう旦那」
右から左へと、俺へ話を流すゴブゴ。
うん、フェアリーには報酬用意しておいて、って前もって言われたしね。
フェスティスにも確認して用意してある。
フェアリーは甘いものが大好きで、特に果実なんかを好むらしい。
お菓子も好むようだが、同じ甘さなら果実を選ぶ傾向にあると。
となれば、これだろう。
「気に入ると良いんだけど」
フェアリーの目の前に置いたのはハチミツの入った瓶だ。
聞くとこの世界のハチは蜜を作らないらしい。
となればこれは未知の味で、かつフェアリーの好みにドンピシャではなかろうか。
「んー? なになにー、なにかの蜜ー?」
さきほどまで疑わし気にしていた表情が一転、興味津々と言った風に瓶の周りを飛び回る。
俺が瓶の蓋を開けると、とぷんと躊躇わずにフェアリーが片手を突っ込んだ。
そしてその手を口に運んで。
「──!」
どぷん。
「おい!?」
なに考えてんだこのフェアリー!?
味見するやいなや躊躇なく全身を瓶の中に突っ込ませたぞ!
さらに足をバタバタさせ始めたんだが、溺れてないかコレ!?
「ケヒ……これがフェアリーってもんなんだわ、旦那」
ゴブゴがそういったかと思うと、右手がゆらりと揺れた。
直後。
ごとり、と瓶が両断されて割れた。
べちゃりと倒れたフェアリーは、それでも気にせずハチミツを啜り続けている。
見た目は可愛いのに、なんだろうすごく残念な感じだ。
やがてフェアリーはそのおなかが見るからにぽっこりと膨らむまでハチミツを堪能し、満足したのか天を仰ぎ見て表情を蕩けさせる。
「はぁ……天国……」
漫画的表現だったならば、その瞳はハートになっていたに違いない。
これほどの食べっぷりで満足してもらえたなら、俺としても悪い気はしない。
安物ではなく、ちょっとイイやつを用意した甲斐があるというものだ。
「気に入ってくれたなら良かった」
「はい……こんなおいしい蜜をありがとう……神様……!」
うっとりした表情でナチュラルに俺をそう呼ぶのはやめて欲しい。
自分が悪徳洗脳宗教の教祖になったような気がしてしまう。
「神様ではないから。それに今のは特別な報酬だから」
「分かってますー、こんなものもう二度と味わうことは出来ないでしょうねー……」
「いやまあ、次もこういう重要な情報を持ってきてくれたらあげるけど」
「!?」
フェアリーの表情が一瞬で真面目なものに変わる。
そんなに気に入ったのか。
「あとこれ、質は落ちるけど協力してくれたみんなで食べてね」
「!?」
俺が安めのハチミツをケースで取り出すと、フェアリーの表情が消えうせ真っ白な灰になった。
「……フィナ、無言は失礼だぜ?」
「! あ、ぅ、あ……と、えっと」
ゴブゴの言葉で我に返ったフェアリーは、何かを思いついたように羽をピーンと立てると、ふわりくるりと宙に舞い上がり俺の目の前で上品に一礼して。
「フェアリー族のフィナと申します。我らの親愛をお受け取りください、素敵な人」
そういってフィナはさらに上昇して俺の額にキスをした。
それを見てゴブゴは目を丸くして驚いて、それからニヤリと笑う。
「ケヒヒヒ、フェアリーの口づけは場所によって意味合いが変わる。頬は悪戯のターゲット、鼻頭は友情、そして額は最上位の親愛。旦那は今後一生フェアリーに悪戯されることはないぜぇ」
それはありがたい……のか?
悪戯されないにこしたことはないか。
「どうも」
「えへー、あたしたちに用があったらあたしの名前を呼んでねー、この蜜のためならちょっと真面目なことでも頑張るよー」
そんなにハチミツ気に入ったのか。
まあこの世界にはない味だし、そういうこともあるのかも知れない。
「さて、まず最初の報告としては以上だ。これから夜も更ける、引き続きオレッチどもは情報収集に──」
「あ、いやまった」
「?」
すぐにでも動き出そうとしていたゴブゴは不思議そうに俺を見る。
「どうしたんで?」
「いや、今日はもういいよ。これからその情報をフェスティスとコルネドさんに伝えて相談して方針決めたいし。あと今日の夕食は派手にするつもりだしな」
もうだいぶゴブゴたちには働いてもらっているし、今回はコルネドさんたちもいて大所帯だ。
決起会的な意味合いも込めて豪勢な夕食にしようと思っている。
なのに今からまた調査に出たら、夕食には間に合わないだろう。
仲間外れは寂しいものだ。
しかしゴブゴは首を捻る。
「夕食を派手にする……てぇのはオレッチどもとどう関係あるんだ?」
「え? だって、ゴブゴたちも食べるだろ? 一緒に」
「え」
「え?」
唖然とするゴブゴに俺は急に不安になる。
「あれ、ゴブリンってひょっとして食事が要らない種族だった? いやそんなことないよな? 人間の料理は味覚に合わなかったり?」
「いや、んなこたぁ全然ねぇけどよぉ……いいのかい? 人間の食事の場にオレッチどもがいてよ」
ダメな理由があるのだろうか?
改めてゴブゴを見るが、その身なりは清潔感が保たれたものだ。
不潔とかいうわけでもないし、特にダメな理由が思い浮かばない。
「ごめん、俺世間知らずなんだけど、人間とゴブリンが一緒に食事をしちゃダメな宗教的な理由とか、種族的なものとかあったりするのか?」
「いや、いや、そういうのはねぇよ。それにあれだ、オレッチどもはトウヤの旦那に雇われている側だろ?」
「ああ。だから今日は景気づけにみんなで美味いものでも食おうと」
なにせゴブゴたちは大切な諜報員だ。
しっかり食べて万全の体調で動いてもらわないと困る。
そしてこの街は例外だったが、この世界ではとかく食糧に困っている人が多い。
聖皇神国は国自体がそうだったし、痩せ気味の人が多い。
ゴブゴにしたって細い。
不健康という感じではないが、しっかり食べているようには見えない。
「……」
しかしゴブゴは顔を伏せてしまった。
何か気に障っただろうか。
それともあれか?
優しくされて感動しているとか?
ゴブリンは種族的に嫌われやすいって話だったし。
……いや、落ち着け俺。
相手はランクBのアサシンだ。
いくらなんでもこれで感動しているんじゃあちょろすぎるだろ。
じゃあやっぱりなにか地雷を踏んだのかも──
「わー! それあたしたちも参加していー?」
どう声をかけたものか迷っていると、フィナがはいはいはーいと手を挙げて主張する。
「え? いいけど、俺たちが食べるの肉と魚だぞ? 野菜も少し用意するけど」
フェアリーは肉食しないという話だった。
「だいじょーぶ! あたしたちは騒ぐの好きなの! トウヤが派手にやる食事、きっと賑やかでしょー? たのしみー! ねー、ゴブゴー」
フィナが声をかけると。
「ケヒッ……ケヒヒヒッ! いやあ、そりゃあ期待しちまいますねぇ。えぇ、ぜひともご相伴にあずかりますぜ、旦那」
ニヤリと笑って言うその顔に、負の感情は見られない。
何か不満だったり機嫌を損ねたわけじゃないようだ、良かった。
俺はホッと一息ついて。
「じゃあそろそろ部屋に戻ろう。フィナはそのハチミツのケース自分で持っていけるか?」
「むりー☆」
「そっか。じゃあ俺が持って行こう」
「それならオレッチが」
「いや、ゴブゴには別のものを持って行ってもらいたいから」
「そうなんですかい?」
うん。
アレは俺が持っていけるものじゃないからな。
ただゴブゴでも一人では無理だろうし、他のゴブリンやルルクも呼んで手伝ってもらおう。
そう決めて俺たちは部屋に戻ることにした。




