四十二日目-3 足りてなさそうで足りてるかも知れない補正
平原を遮る1mほどの壁。
登って超えられなくもないが、そうしようとすると迎撃の術が発動するらしい。
その名も、万里の長壁。
はいそうです、勇者が作ったものです。
聖皇神国とオクトルフの国境に築かれたこの壁は、魔王軍への最終防衛ラインを意味しているらしい。
いや、絶対最終防衛ラインか。
ここを突破されればこの大陸は魔王軍の手に落ちる。
そういう限界ギリギリのラインを意味しているらしい。
この壁を超えてオクトルフに入国するには、壁沿いに作られたいくつかの街に入るしかない。
その一つであり、最大にして有名な街がイトーヨーガルドだった。
街の防衛拠点としての性質上、聖皇神国側からの入り口は一つしかない。
しかも今はバザー・デ・ゴザーの開催直前ということもあり、検問には長蛇の列ができていた。
「ようこそ、ただの不運が知識不足の新人さん。この位置だと街に入るまでに3日はかかるぜ」
最後尾に馬車を並ばせたところで、目の前の馬車の商人が声をかけてきた。
「一応後半にはギリギリ間に合うだろうが……お互い災難だねぇ。俺はキンド。今年こそは期間内に入ってやろうと思ったんだが、どうも今回はサプライズイベントってのがあるらしい。一部でその情報が漏れてたみたいでなぁ、おかげでこの列だ。もう諦めてここで商売始める連中もいるくらいさ」
キンドと名乗る男は、無精髭をボリボリと掻きながら疲れた笑みを浮かべた。
「それは大変ですね。俺はトウヤ。お察しの通り新人で──」
「ケヒッ!? 後半、ギリギリ後半だってぇ!?」
「うおっ!? なんだゴブリンか? イトーヨーガルドに来るなんて珍しいな。しかしその驚き様、お前さんも例のイベント目当てか」
割り込んだゴブゴにキンドは驚くが、すぐに落ち着きを取り戻すとニヤリと笑う。
「おうよ。いや、参加はあわよくばってもんだからよぉ、いいんだがよぉ……後半ってこたぁ、つまりだ」
渋い顔で頭をバリバリと掻きむしるゴブゴ。
「ん? ああ、そっちか。へぇ、ゴブリンの割にあんた存外堅実な考えしてんだなぁ」
「どういうことです?」
「バザー・デ・ゴザーは初日が一番金が回るのさ。みんな気分は高揚しているし景気づけの意味もあるからな。だが判断力も充実している、でっかい儲けは見込めない。後半は逆に儲けが少なくて焦ったりだとかで、判断力が落ちている。何もつかめずオケラになったり、下手を掴むこともあれば、逆に一攫千金だってある。ゴブリンなら種族柄最終日なんか狙いそうなんだがね」
「なるほど」
俺と視線が合うとゴブゴは苦笑いを浮かべた。
「悪いな旦那。あの話だが、どうも算段が狂っちまったようだ」
例の特別優待券が掛けられたイベントは一週間の中日、三日目だ。
キンドの話が本当なら、俺たちはそのイベントに間に合わない。
「確かに列になってますけど、そんなに時間掛かるんですか?」
「今日来たばっかりじゃあそう思うよな。どうも今回はそのイベントってやつがかなり重要らしい。検問でのチェックが厳しくて時間が掛かってる。持ち込みの荷物が全部チェックされているみたいでな、気合の入った大商人が前の方にいるもんで見た目以上に時間が掛かるのさ」
「なるほど」
言われてみると、列がこうしている間も一切動いていない。
だからなのか、キンドが言うように馬車から離れて商品を見せあっている商人がちらほらといる。
しかし、そうなると。
「……どうにか入れないですかね」
入りたい。
言っちゃなんだが俺は俗人だ。
入れない、大人気、長蛇の列!
とかなると、是が否でも入りたくなる。参加したくなる。
これが悲しき限定品に弱い日本人の姿なのである。
「どうにもならないだろうなぁ。一応、招待状が送られている招待客なら列に並ばずに済むんだが、だいたい勇者様の知人か国の重鎮か、あるいは国を代表するような大商人か。そのいずれかに心当たりはあるかい?」
キンドは冗談めかして俺に聞いてくる。
俺は馬車の中に視線を向けた。
心当たりその1、聖皇神国の聖皇女様。
しかしヒミナは首を横に振っている。
心当たりその2、エルランディアの魔女様。
しかしフェスティスは明後日の方を向いている。
残念。
超有力候補だった二人がダメでした。
考えてみればヒミナはサンテラの飢饉の対応なんかでそれどころじゃなかったはずだ。
フェスティスの方はギオデムだった遺跡の調査でしばらく国に帰っていない。
招待状が送られていたとしても、受け取っている可能性が低かった。
くそぅ、普通ここは「実はあるんすよその心当たりが」って言いながらドヤ顔で列スルーするところじゃないのか。
俺にもっと主人公補正があれば!
なんて思わなくもないが、ないなら仕方がない。
「どうも心当たりはなさそうで──」
「おや? ひょっとしてトウヤ殿ではありませんか?」
言いかけたところで、背後から声が聞こえた。
振り向くとそこには、スッと背筋が伸びた中肉中背でオールバックの髪型の中年男性が一人。
馬を3頭もつないだ大きな馬車の御者台に座っていた。
今は懐かしいサンテラの商人組合組合長、コルネドさんだ。
「ああ、お久しぶりですコルネドさん。その節はどうも」
「ああいえいえ、むしろこちらこそ大恩人に御者台から失礼しました。それも会話中だったようで」
「いや、お構いなく。彼とは今見知っただけの──」
「た、ただの取引相手です! お気になさらず!」
「え?」
取引相手?
キンドさんが?
いつの間に?
とか思っていると、キンドさんは俺に顔を向けて、コルネドさんから見えないようにバチコーンとウインクする。
話を合わせろってことか?
「まあ、そんなわけです」
「……なるほど。ところで、トウヤ殿もバザー・デ・ゴザーに参加されるのですか?」
「ええ。そのつもりだったのですが、どうも出遅れたようで」
「では私と行きますか?」
「コルネドさんと?」
俺が首を傾げると、コルネドさんはドンと自分の胸を強く叩いた。
「こうみえて私、この街の代表であるラティとは浅からぬ縁がありましてね。招待状持ちなのですよ。私の招待状からさらに3名まで招待できます。今回は聖皇神国全体があの状況ですから、私一人で訪れていますので──」
「ぜひっ! お願いしたくっ!」
チラリと視線を向けられたキンドが直立不動で声を上げる。
そうか、コルネドさんは組合長になるほどの人間だ。
おそらく結構有名で、キンドは顔を見たことがあったのだろう。
だからこうなる可能性を考えて、俺の取引相手だと──無碍にできない存在だとアピールしたわけだ。
したたかだな、さすが商人したたか。
「じゃあ俺とキンドさんとゴブゴで3名、お願いしても良いですか?」
「キヒッ!? お、オレッチもか!?」
うん。
いやだって君、俺と協力してイベント勝ち抜こうって話だったじゃないか。
なぜに驚く。
「ほう、ゴブリンですか。これはまた、ふふふ、私には想像もつきませんな。これでトウヤ殿がこの街で何を起こそうとしているのか、皆目検討もつきません。楽しみです」
なんでそんなウッキウキのワックワクな声なんですかね。
サンテラの飢饉を救ったからコルネドさんの中で俺は高評価なんだろうけども。
実際に商人らしいことをするのは今回は初めてになるし、イベントに関しては未だになにが行われるのか把握していない。
ご期待に添えるかは甚だ疑問だ。
「ささ、ではみなさん馬車を私のすぐ後につけてください。招待客でも今回はチェックに時間を取られるそうですからね」
俺たちは言われた通りにコルネドの後ろにつくようにして馬車を進ませる。
並んでいる商人たちから向けられる視線は、嫉妬やら羨望やら。
ちょっとだけ気分が良い。
なんだろう、なにかに似ている……どこかで経験した感覚に似ている気がする。
それがコミケのサークルチケットでの入場だと気づいた頃には、いよいよ検問で荷物チェックされる番が回ってきていた。




