四十二日目-2 特別優待券
「キッヒヒヒ! いやぁ助かった、助かったぜぇどこのどなたかは知らねぇケドよぉ!」
追いついて馬車から降りた俺たちにそう言うのは、代表らしきゴブリンだった。
ちっちゃい。
本当に、小学生低学年くらいの大きさでしかない。
肌は緑色で、やや黒ずんでいるのは垢だろうか、ちょっと臭う。
目つきは鋭く瞳は爛々と赤く輝いており、言われなければ敵だと思って攻撃してしまいそうな見た目だ。
「オレッチはゴブゴ。ゴブリン切ってのアサシンゴブゴって言ったらちょいと有名なもんなんでさぁ! ケッヒヒヒヒヒ! んで、旦那方のお名前を聞いても良いですかい?」
アサシン。オレッチ。ですかい。
すごく三下臭のするゴブリンだが、本当に魔物じゃないんだろうか。
服装も山賊じみた毛皮に赤いバンダナ、左目に眼帯とまっとうな出で立ちではない。
……まあ見た目で判断してもしょうがないか。
「俺はトウヤ。商人だ。わけも分からず助けてしまったけど、経緯を教えてもらっていいか?」
「おうさもちろんヨぉ! オレッチどもはな、まっ、ちょいと頭が回るゴブリンなんでさ。だからほら、オレッチも良く口が回るだろ?」
そうなのか?
ヒミナとフェスティスに視線を送ると、二人共頷く。
普通のゴブリンはもっと片言か、あるいは変な語尾とかつくんだろうか。
「んだからな、ちょいと集落で死蔵されてるお宝を持ち出してよ、一丁商売でも始めて、金溜まったら行こうって話になったのさ」
持ち出した……ってそれ軽く窃盗なのでは。
ボブは訝しんだ。俺も訝しんだ。誰だボブ。
まあゴブリンの集落のルールとか知らないし、そこは流そう。
「行くって、どこへ?」
「学校だ!」
キラキラと。
それはもうキラキラと目を輝かせてゴブゴは言った。
「が、学校?」
「おうさおうさぁ! トウヤの旦那は知ってるかい? いいやその様子だと知らないな? 学校ってやつを、すげーんだぜ学校ってやつは!」
お、おう。
ひょっとしたら俺の知っている学校と違うかも知れないし、ゴブゴの話を聞くことにする。
「学校ってぇのはな、知識や技術を学べるところなんだぜ! 教師ってのがいてな、そいつが生徒のレベルに合わせて様々なことを教えてくれるんだ、スゲーだろ!? それがあるんだぜ、イトーヨーガルドに! 由緒正しい勇者直営の学校、テラコ屋が!」
その名前にするなら寺でやれよ、と思うのは俺だけだろうか。
「そんなに凄いことを教えてくれるのか?」
「あ? ケヒッ! そっかそりゃそうだよなぁ、人間の旦那にゃ分からないかも知れないな」
ゴブゴはニヤリと、一見凶悪に見える笑みを浮かべて。
「多種族国家オクトルフと言ってもゴブリンが学べる場所なんざ限られているのよぉ。だからオレッチどもはいつまでたっても馬鹿だ。魔族化することがあるくらいに馬鹿だ。これを変えて行くにゃ知識が必要なのよ。だからオレッチどもは学校に行く。今後の種族の反映のためにもなぁ」
ゴブゴが馬車の方へ視線を向けると、中にいる仲間らしきゴブリンたちがガッツポーズしていた。
「そうか」
としか言えなかった。
だってそうだろう。
思ってたよりも志が高すぎる!
いきなりこんなこと言われても気の利いたセリフなんて言えないよ俺!
「しかし我輩の知る限りではテラコ屋は人気が高く難関だったのではないか? 猿真似の教室ですら満員と噂だが」
「おうよぉ。だから気長にやるさ。っていいてもよ、実は……」
周囲を見回し、それから馬車へと視線を送り、仲間たちが頷くのを見てゴブゴは俺に近寄り屈むように手招きする。
それに俺が応じると。
「今年のバザー・デ・ゴザーにゃ目玉イベントがあってよ、もしそいつに優勝すりゃあ特別優待券が手に入るって話なのよ」
怒られてしまえ。
各方面から怒らてしまえよそんな名前をつけたのどうせ勇者だろ!?
とか思ったりするのは当然俺だけで。
「そうか、もうそんな時期か。だがイベントの景品で特別優待券だと? ラティが許可するとも思えない話だが」
「おっと、わざわざ耳打ちしたってのにエルフの姐さんには形無しだな。まあオレッチどもはずる賢いゴブリンだからよぉ、そういう噂も耳にすんのさぁ」
「与太話の類いとは思うが……」
なにか考え込むフェスティス。
「そんなに信じがたいことなのか?」
「うむ。バザー・デ・ゴザーというのは一種の祭りでな、イトーヨーガルド全体で売上一番を競い合うイベントであり、たしかに店も客も賑わう。しかし特別優待券というのがな……使えば街の運営にすら口を出せるという、いわば『願いを叶えるチケット』だ。勇者の仲間であるラティがあの街を運営しているはずだが、彼女は堅実な商人だったはず。少し腑に落ちないな」
「ごもっともだがね。オレッチどもにとっちゃあ千載一遇のチャンスよ。もしそいつに優勝できりゃ、晴れてテラコ屋に入学出来るって寸法さ。ってのを命の恩人である旦那にゃ礼代わりに教えて差し上げるわけだが……どーだい旦那、一つ取引といかないかい?」
「取引?」
うん、と頷いてゴブゴは自身の胸板を親指で突く。
「オレッチどもは実はフェアリーどもと懇意でね。情報収集って分野じゃちょいとしたもんよ。だからどうよ。オレッチどもから情報を買わないかい? オレッチどもの情報がありゃあ、きっと旦那ならそのイベントで優勝できるぜ」
「それだとゴブゴが優勝できなくなるだろ。どうしてだ」
「キヒヒヒっ! 意地の悪い旦那だぜ。オレッチどもは所詮ゴブリンよ。奇跡がダース単位で起こりでもしなけりゃ優勝なんてまず無理。だからオレッチはオレッチの鼻に従うのさ」
「鼻?」
「おうよぉ。知らないかい? ゴブリンの鼻は意地汚く、飯と金の臭いはすぐに嗅ぎつけるのさ。んで、旦那からはその両方の臭いがプンプンしてやがる。奇跡の投げ売りを祈るよりは現実的な話さ。なにせ、オレッチどもは別にイトーヨーガルドの運営に関わりたいわけじゃねぇんだ。いやそりゃ関わらせてくれるってんなら喜んで遊ぶけどよぉ? オレッチどもの目的は言った通り、テラコ屋への入学、それだけさ」
「確かにトウヤが特別優待券を手に入れたならば、まず間違いなく街の運営に参入するだろう。そのトウヤからの推薦となれば、テラコ屋も多少の融通はせざるを得まい。どちらにも得のある話だ」
どうする、とフェスティスが視線を投げてくる。
しかしそうは言われても。
「俺はヒミナを海へと乗せていっている最中だし、寄り道は──」
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
……間髪入れずに断る口実が潰されました。
見れば珍しくヒミナがウキウキしている。
もともとイトーヨーガルドに寄るのでテンションが上がっていたが、それがバザー・デ・ゴザーというイベントのせいでさらに楽しみになったのだろう。
気づけばアギとマリも祈るような表情で俺を見ている。
「……分かった。あまりやる気はないけど、やるだけやってみるよ」
やったー!
という声はいったい誰があげたものだったか。
全員かも知れない。
全員な気がする。
ともあれ、こうして俺はその、バザー・デ・ゴザーなどというふざけた名前のイベントに参加することになったのだった。




