三十日目-5 経験値の使いみち
「あ、あのね? せ、先輩のスキル獲得って大量の経験値を消費するの。だ、だから、いざという時のために、そ、その、言いにくいんだけど、ご主人様にはそのままでいて欲しいんだ」
「なんで……あー、いや分かった。なるほど」
察しがついて疑問が一気に氷解していく。
つまりはこうだ。
ヴァーハナは出来る限り俺の要望に応えたい。
そのためにスキルを取得するのに大量の経験値を必要とする。
経験値を獲得するには低レベルの方が好都合。
だから俺は低レベルのままで、ヴァーハナはスキル取得に経験値を使っていた。
それに俺が気づきそうだったから、ルルクは「怒らないで」と言ってきたわけだ。
やってることは経験値の隠匿と横領に近いから、そう思うのも無理はない。
「しかしそうは言ってもちょっとはレベル上げてみたいけどなぁ。経験値だってもう十分にあるだろ?」
少なくともレベルを二桁に乗せるくらいは誤差だ。
「う、うん……ぼ、ボクもちょっと前まで、そう思ってたんだけどね? 違ったの。先輩が正しかったの」
「どういうことだ?」
「え、えっとね、ご主人様の経験値、ちょっと前までこの大きな星のストックがあと五個多かったんだ」
……は?
ええと、待て待て。
この星は上限を越えた経験値のストックだ。
そして小さな星のストックは7つある。
つまり大きい星は8つ以上、恐らく10個の小さな星がまとまったストックだろう。
それが今より5つ多かった。
カンスト経験値50回分が、なくなったってことだ。
何に使ったんだそんな量の経験値!?
俺が唖然としていると、隣でヴァーハナのスキルを確認していたヒミナがなにかに気づいたようで、カーナビに表示されたスキルを指差す。
「ひょっとして、この《検索LV5》と《感知LV5》の二つ、あるいはどちらか片方がギオデム戦の前はLV4だったのですか?」
「う、うん。そう」
やっぱり、と呟くヒミナに視線を向ける。
「え、LV4から5に上げるのってそんなに経験値必要なもんなのか?」
「はい……いえ、正確にはどれほど必要なのかわかりません。スキルのLV4以上は神の領域と言われており、どれだけ経験値を消費しても達することは出来ませんし、LV3ですら一握りの人間が恵まれた才能と膨大な経験値を使うことで到達出来る頂点と言われてますから」
「こ、今回は特に、け、検索LV4だと、み、未知の世界は検索できなかったから、LV5に上げないとあの巨大ロボット?には変化できなかったんだって」
そうか。
ヴァーハナが乗り物という概念そのもので俺のイメージ通りの乗り物になると言っても、それはあくまで「乗り物」に限定される。
決して俺の「想像」が具現化されるわけではない。
そう考えるとヴァーハナの変化の仕組みは、俺が乗り物をイメージした時に元の世界やこの世界から類似する乗り物を検索して、それを再現すると言った方法なんだろう。
だけど今回は「巨大ロボット」という、元の世界にもこの世界にもないものをイメージした。
それを実現するためにヴァーハナは「巨大ロボットが存在する世界」を検索し探し出す必要があった。
確かにそんなスキルは神の領域のもの、それも結構上の方に位置するものだろう。
天文学的数字の経験値が必要となり、それがヴァーハナの独断で使える量を上回ってしまった。
俺の許可が必要となって、気づく要因となった。
「……分かった。そういうことならレベルアップは見送る」
「良いのですか?」
確認するヒミナに俺は手をひらひらと振って。
「ちょっとは興味あるけど、元々俺は戦いなんてしたくない。それにこの運転LV5は俺にしかないスキルで、それを最大限活かせるヴァーハナに大量の経験値が必要だっていうなら、俺のレベルは上げない方が正解だ。ギオデムだって俺がどんなにレベル高くてもどうしようもない相手だったしな」
もちろんこの膨大な経験値を使ったレベルアップなら、ギオデムにも勝てたかも知れない。
けどその場合はもっと周囲に被害が出ていただろう。
あの巨体が暴れて被害が少しで済んだのは、巨大ロボットと化したヴァーハナで押さえつけたからに他ならない。
「けどなんでそのあたりの説明をルルクにさせてるんだ? スピーカーなりなんなり使えばヴァーハナ自身が喋れるだろ」
「そ、それは……」
ルルクの目が泳いだ。
それはもう見事に遊泳した。
「もうここまで話したんだ、いまさら秘密もなにもないだろ?」
「う、うぅ……じ、じゃあ、えっと、それはね?」
おずおずと俺の顔色を窺いつつ、ルルクは答えた。
「ご、ご主人様が先輩を庇わないようにするため……だって」
「……は?」
えーと、それはつまり……うんごめんちょっと意味わかんない。
「も、もし先輩が喋ってご主人様と意思疎通しちゃうと、ご主人様は先輩のことを『生き物』として認識しちゃって、気遣いをしてしまうだろうって。あまつさえ勢い余って強烈な攻撃に対して先輩を庇ってしまうかも知れないから、そうならないように『乗り物』として、『物』として扱って欲しいから、喋りたくないって──」
ああ、会話できちゃうと俺が生き物だと認識して、気遣うようになってしまうかもしれないと。
確かにそれはありえる──
「──って、んなわけないだろぉぉぉぉぉぉ!? いったいどこの誰が傷つかない乗り物を庇うんだよ! 喋って情が湧いたとしたってそんなアホみたいなこと俺がするか? すると思うか!?」
「「「……」」」
「あれぇ!?」
なんかルルクもフェスティスもヒミナも微妙な顔で俺を見ている。
「な、なんだよ? しないぞ? 俺はそんな自己犠牲の高い人間じゃないぞ!」
「ふむ……ではトウヤ。これを見ろ。よっと」
俺を呼んだフェスティスは、流れるような動きでナイフを逆手に持ち、ルルクの首筋へと突き出した。
「え? おいっ!?」
「わっ?」
慌ててルルクの手を引いて抱き寄せることでナイフは空を切る。
「いきなりなにするんだよ危ないだろ!?」
しかしフェスティスはニヤリと笑うと首を横に振った。
「いいや? ここはヴァーハナの中で、ルルクは人型の状態とはいえ竜だ。こんなナイフ一本では傷一つ付かないさ」
「だからって黙って見てるなんて出来ないだろ!」
するとビシリと人差し指を鼻先に突きつけられた。
「そらみたことか。つまり、君はそういう人間なのだよ、トウヤ」
「俺だけじゃないだろ、誰だって今の状況なら──」
「おや、今回は意外と鈍いな。我輩はこう言いたいのだよ。トウヤより遥かに強固な乗り物であるルルクを反射的に庇ってしまうのが、君という人間だと」
「だからそれがなんだって……あ」
気づいた。
つまりフェスティスが言いたいのは、俺がもしヴァーハナを生き物だと認識してしまったら、反射的に庇ってしまうかも知れないのは正しい、と。
「いや、でも、それは違うだろ、今のとそれはちょっと違う話だろ!?」
「ああ違うとも。しかし絶対にない、と言い切れるものでもないとは思ったのではないかね?」
「ぐぬ……」
確かに時と場合によっては有りうるかも知れない。
とても、凄く、非常に納得がいかないのだが、否定しきれない。
それに考えてみればヴァーハナが喋れないことでなにか不都合が生じたわけでもない。
納得しきれないものの、正しい判断だったとして認めるしかないようだ。
「とは言え、愛着を持つことは悪いことではないようだがね」
「ん?」
ニヤニヤと楽しげな顔のフェスティス。
「んふー……ご主人様ぁ~♪」
やたらに嬉しそうなルルクの声で、ようやく俺は抱き寄せたままだったことに気づく。
そして気づいてしまえばあまりにもはっきりと押し付けられている二つの膨らみ。
抱き寄せられたことが嬉しかったのか、それとも庇われたことが嬉しかったのか、あるいはその両方か。
尻尾があったらブンブンと振ってそうな勢いで俺の胸あたりに頭を擦りつけている。
「……はい! 今日のスキンシップ終了です!」
「え、えぇー、もうちょっと……」
「しゅーりょー!」
名残惜しそうなルルクを両手で引き剥がす。
その瞬間に。
「ていっ」
「わわっ!?」
「うおっ?」
フェスティスに押されたヒミナがバランスを崩して俺に抱きついてきた。
「お、おいまた庇うかどうかのテストか?」
「いや? ヒミナが羨ましそうだったのでな」
「ふ、フェスティスさんっ!?」
ヒミナが抗議の声を上げるが、フェスティスは真面目くさった顔をして右手でそれを制し。
「いやまでヒミナ。本日の、ということは明日から毎日スキンシップが行われる可能性が……?」
「ねぇよ!? だいたいむさいおっさんに抱きつかれて嬉しいわけが──」
言いかけて、ルルクの目がキラキラしていることに気づく。
アカン。
これは「嬉しいならやる」流れになる。
「──とかそういうのは抜きでナシだナシ! 俺の心臓がドキドキしてしんどいわ!」
「可愛いなトウヤ。そういう妙なところで正直な反応、我輩キュンときたぞ」
「お前のそれは楽しい玩具で遊ぶ時のトキメキだろ!?」
などとフェスティスのせいで場はぐだぐだとなり。
とりあえずヴァーハナと経験値の件は問題なしということでそのままとなった。




