二十九日目-7 鉄火の決意
「なぁ、トウヤ」
そんな時、俺の隣にアギがやってきた。
「揺れるから立っていると危ないぞアギ」
「いやそんな場合じゃないじゃんか? オレ、思うんだけどさ。トウヤがオッケーしてくれるなら、例えばその操縦桿? 握って動かすことくらいは出来ると思うんだ。運転スキルはねーけどさ」
「うん?」
「マリもよくカーナビってやつをいじってるじゃんか。トウヤほどじゃないけど、動かすことくらいなら出来るんじゃないかなって」
「……運転代行か!」
今までヴァーハナが「誰かに奪われたらまずい」と考えたことはあっても、「誰かに代わりに運転してもらう」なんて考えたこともなかった。
もし出来るなら押さえつけている間にギオデムに侵入することも出来る!
「よし、じゃあ試しに」
「まっ、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて俺とアギの間にはいるルルク。
「え、えと、ご主人様は運転LV5があるからMPの消費が少なくて済むんだよ? スキルがないアギくんだとどれだけ消費するか分からないよ!?」
え。
ひょっとしてMPの消費が一律で5なのって、運転LV5の効果の一つだったのか。
考えてみたら乗られる側のルルクなら運転LV5の効果を実体験として分かる訳で、どうして今まで確認したかったのだろう。
ちょっと自分の間抜けさに落ち込む。
「でも他に方法ないだろ?」
「う……で、でもダメだよ! いくらアギくんでも突き詰めると他人だし、逆に消費MP増大のペナルティを受けて一瞬で気絶しちゃうよ!」
「「そんなに!?」」
俺とアギが同時に驚く。
ヴァーハナのオプションってこんな少ないMPの消費でとんでもない性能だと思ってたけど、とんでもないのは運転LV5の方だったのか。
しかしそうなると困った。
ダンジョンでの戦いを見ていて、ひょっとしたら初期ステータスの俺よりアギの方がMP高かったりするのではないかとも思ったのだが。
スキル補正なし、それどころかペナルティが入るとなると確かに動かせないかも知れない。
「突き詰めると他人……か。なるほど、ならば突破口はあるかも知れん」
「本当かフェスティス!?」
「うむ。ただ相応の覚悟が必要となるぞ。一度実行したら後戻りはできない片道切符だ。それでもやるか?」
試すようなフェスティスの視線を受けて、アギは即座に頷く。
「オレが死ぬくらいで済むなら」
「おい!?」
ダメだろそれは!
っていうかそんなにあっさりと言い切ることでもないぞ!?
フェスティスも予想外だったらしく、目を数度瞬かせてからこんな状況だと言うのに声をあげて笑った。
「ははは! ならば問題ない。では善は急げだ。トウヤ」
ポンと投げて寄こすのは綺麗な細工が施されたナイフ。
「悪いが君の血が必要だ。適当なところ……手の甲あたりでも傷を作ってほしい」
「フェスティスさん!?」
「悪いなヒミナ。君の立場と気持ちを汲んでやれないことは我輩を恨んでくれ。《束縛》」
光る輪っかがヒミナの体を束縛する。
「なっ──正気なんですか!?」
「君たちは誤解しているが、これは本来悪しき儀式ではないのだよ」
魔術で拘束されながらも睨みつけるヒミナに、それを受けても悪びれないフェスティス。
え、なに、そんなにヤバイことをするの?
「これからトウヤとアギくんに行ってもらうのは、血族の誓いと呼ばれるものだ。簡単な儀式ではあるがその効果は絶大。血を分けた者の一部に、血を受けた者がなると言うものだ。神が眷属を作る際に用いられる儀式であり、現在では魔王が魔将軍を生み出すのに使うことで有名だな」
「魔王……!」
さすがにその単語にはアギも怯む。
もちろん俺も怯む。
その説明だと、それやるとアギが俺の一部になるってことだ。
どう考えてもまともなものじゃない。
「血を与えられた側──血族従──は、血を与えた側──血族主──に決して逆らえなくなる。その代わり血族主が持つ力の一部を行使することが可能となるのだ。つまり」
「トウヤの運転LV5を、全部とまではいかなくてもその一部を使えるようになるんだな! よし問題ねぇやろう!」
「問題あるだろ!? アギ、お前俺に逆らえなくなるんだぞ!? なんか俺の一部になるって話なんだぞ!?」
「逆らうつもりなんか元々ないし、オレがトウヤの一部になるってのも、オレには良く分かんねぇ。でもトウヤの血族ってやつになるなら、兄弟みたいなモンになるんだろ?」
「兄弟か。まあそう言えなくもない。主従関係はハッキリしているがね」
「なら決まりだ」
アギはニカッと笑うと、これもまたどうということもないように。
「ほら、オレ孤児だからさ。血の繋がりってのにちょっとは憧れがあったわけよ。その相手がトウヤなら願ったり叶ったりだぜ。それともトウヤはオレが弟になるのは嫌か?」
「お前……」
ずるいやつだ。
こんなこと言われて嫌だと言えるだろうか。
俺は言えない。
アギは何も考えていないようで、その実冷静に物事を観察して判断している。
そんなアギが決意を秘めた目でまっすぐに俺を見つめているのだ。
「……分かったよ。じゃあフェスティス、それ頼む」
「では我輩の言葉を続けて言ってくれ。『力望む者よ、あるいは我を信奉する信徒よ。汝、その生を我に捧げ、我に尽くすことを誓うならば──』」
「『──我が血を受け入れよ。その身を流れる旧き血に別れを告げ、我が血を宿しその身に満たせ。以て我は汝となり、汝は我とならん──」
フェスティスの言葉を続いて口に出すと、彼女はナイフを指さした。
これを使うということなのだろう。
言われた通りに手の甲をナイフで切る。
本来ヴァーハナに乗っている俺は傷つかないはずだが、自傷は可能らしい。
真一文字に出来た傷口から血がにじみ出て、さらにポタッポタッと滴り落ちるまで溢れ出る。
「アギくん。あとは君も好きなところに傷を作り、その傷口で血を受け止め『我が身は御身と共に』と答えるんだ」
アギは頷き、俺からナイフを受け取って──
するりと。
間隙をつくようにマリがアギの手首を掴み自身の手首に傷をつけさせ、驚いている間に俺の血を傷口で受け止める。
「『我が身は御身と共に』!」
その宣言と同時にマリの傷口から薄く光った。
「わ、『我が身は御身と共に』っ!」
遅れて我に返ったアギも傷を作り、俺の血を受け止めて宣言する。
同じように傷口が薄く光ったのを見てから。
「なにやってんだよマリ!?」
「いくら力の一部を使えるようになっても、アギだけだとMPが足りないかも知れないでしょ」
「そういうことじゃなくてお前!」
「だいたいアギだけなんてずるいもの。私だってトウヤさんと血で繋がりたい」
「おま……! はぁ。んじゃもういいよ。って訳でこれからもよろしくな、兄ちゃん」
何かを諦めたようなため息を吐いてから、気を取り直したのかいつもの調子で改めて言うアギ。
「不束な妹ですが、鋭意努力します」
そしてこちらもいつものように、丁寧に頭を下げるマリ。
「ああ。二人とも異常はないな? もし何かあったらフェスティスに相談しろよ? 俺が相手だとその逆らえないって制約のせいで言えなかったりするかも知れないからな」
「分かった! っていうか……」
元気良く右手を上げたアギの視線が、ツツツツと俺の足元へと向けられる。
「兄ちゃん、それ何やってんの?」
「見て分からないか?」
「いや、うん、なんとなく察しは付くんだけど……」
「そうです。俺、現在進行系でギオデムの相手をしています。足で!」
ものすごい速度で動く足。
それによってレバーを操りヴァーハナを動かし、こちらに攻撃してくるギオデムをいなしている。
血族の誓いとやらで両手が塞がったからね、足しか使えなかったからね。
「なんていうか……凄いんだけど面白い光景だな」
「などとのんびりしている場合ではないぞ。ギオデムが動くだけで大地は荒れ、振動で村の家畜などはパニックになっているだろう。トウヤ、頼むぞ……《召喚開門》」
ふわ、とフェスティスの眼の前に魔法陣が浮かびあがり、そこから一匹の蝙蝠が飛び出してくる。
「案内はコレにさせる。ルルク、エル、トウヤを頼む」
「う、うん……アギくん、マリちゃん、無理しないでね」
「早く行く。村でミッシェル、きっと怖がってる」
スライム状になって俺を乗せたエルがさらに人型のルルクに乗る。
団子3兄弟みたいになって、俺たちはコクピットからの緊急脱出用ドアから外に出た。
ほぼ同時、ヴァーハナの両手が動き、ギオデムの二の腕あたりを押さえつける。
血族の誓いの効果だろうか、アギのMPが減ったのが感覚で分かった。
「ルルク!」
「うん!」
竜の姿に戻ったルルクは落下速度を利用するような弧を描く軌道で、ヴァーハナとギオデムの股下をくぐり抜け背後に回る。
その途中で蝙蝠がギオデムの腰あたりへと飛んでいった。
「入り口はあそこか!」
すぐに蝙蝠を追いかけると、小さな針の穴のような入り口が見つかった。
いや比較対象がおかしいだけで、人が数人並んで入れるようなサイズではある。
しかし。
「あ、あの大きさだと、ボクは入れないね……」




