二十九日目-4 はじめての社員の実力
初心者向けダンジョンとは、いったい……うごごごごご。
とか言いたくなるくらい、奥へ進むと難易度が上がった。
エルのマザーのような擬態スライムは当然のようにいる。
こいつらがまた宝箱やら岩やらに擬態するので思った以上に厄介だった。
さらに物理耐性の高いメタルスライム、液状に変化するアクアスライム、高熱を発するマグマスライム、自然物と自身の体を利用して罠を張るトラップスライムなどなど。
スライムの展覧会かなと思うほど多種多様のスライムがいた。
「冒険者の怠慢だな。奥まで掃除しないから、奥で生き残ったり上から逃げてきた個体が成長している」
他にも様々なスライムの解説を入れながら、フェスティスがそれらを薙ぎ払っていく。
途中からはもうアギやエルの分離体達では相手が出来なくなり、前に出るのはフェスティス一人となった。
これがまあ強い。
スライムからの攻撃を全て防ぎ、俺やアギ達に一通りの解説をすると「以上」の締めの言葉と共に特攻属性の魔術を叩き込む。
初見のスライムはそんなわけで攻撃を見せ終わるまで生きていられるが、二度目はもっと酷い。
探知系の術で感知し、特攻属性の魔術にホーミング効果を付与して発見される前に撃破してしまう。
本人曰く「聖騎士シャールと一対一にでもならない限りは負けはしない」だそうだ。
むしろシャールさんそんなに強かったのか、と思ってしまったのは内緒だ。
もちろんフェスティスのMPも無限ではない。
ないのだがヒミナが逐次譲渡して補給するので、実質二倍。
枯渇する恐れはないようだ。
まさに無双、これこそ独壇場。
フェスティスが立ち止まることはすなわち、その先に待ち受けるモンスターの絶命を意味していた。
だから、その戦いが始まったのも淡々としたフェスティスのルーチンワークのような動きからであり。
「《小型超重力球》」
「なっ──!?」
唐突にフェスティスが放った魔術に驚愕の声を上げたのは、通路そのものだ。
ミシミシバキバキと音をたてながら、光が届くさらに向こう側の範囲に及ぶまで、床や壁が剥がれ空中に浮く真っ黒な球体に引っ張られていく。
「ま、待て、私は──」
「《凍結》」
「──!」
一続きの壁や床だったものがエルのように人の姿になろうとしたのか、うっすらと顔が浮かんだところで追撃の魔術が放たれ凍りつく。
それによってまだ壁などに張り付いていた部分も剥がれたのだろう、まるで早送りで掃除機に吸い込まれる埃のように凍結したスライムの体が真っ黒な球体に引き寄せられていく。
ってまてまて、一発で終わらない粘りと言い言葉を使うあたりひょっとしてこいつは。
「《火葬》」
バキバキと圧縮されこぶし大の球体になったところで、トドメの炎で燃やし尽くされる。
端的で、あっという間で、徹底的な攻撃だった。
「なんとも……容赦がないな」
あの規模のモンスターとなるとあれはエルの母体だったのではなかろうか。
だとすればこのダンジョンのボス的存在だったはずなのだが。
言葉を交わす間もない三発。
時間にして十数秒での決着。
圧倒されつつ呟くと、フェスティスはもちろんと頷く。
「トウヤがお人好しだからな」
「俺?」
「おそらくアレがエルの母体だった擬態スライムだろう。人を喰らい、これほどの範囲の通路そのものに擬態できるほどのスライムだ。力も狡猾さも一級品に育っていただろう。それがエルとの関係性を盾にトウヤに泣き落としでもしたら、今回は許そうなどと言い出しかねないだろう?」
「そんなことは……」
ない、とは言い切れない。
ただ元の世界でも、例えば人間を食べた熊は人を食料と認識するようになると言う話だ。
それを考えれば当然あれは駆除するべき存在で間違いない。
が、言葉と表情を使われて命乞いをされたら……正直分からない。
あるいはフェスティスの言うように、次はないからなと許した可能性もある気がする。
言葉を濁す俺を見て、フェスティスは苦笑いをしつつエルに視線を向ける。
「だからアレにはあまり喋らせたくなかった。で、どうかねエル。我輩と見立てはあたっていたかな?」
「間違いない。今のがエルの母体。でも結構強かった……はず」
珍しく驚きの表情を浮かべながらエルが言うと、フェスティスは頷いた。
「ああ、そうだな。正面からトウヤ達を守りながらならば、苦戦したかもしれない。その程度には手強い相手だった」
なんて言ってはみせているが、実にあっけなかった。
これでこのダンジョンのボス戦はこれにて終了なのだ。
しかしそれも仕方がないことなのかもしれない。
フェスティスにとってはエルの母体スライムはあくまで前座。
本命はその奥にある。
「……お、おおおお!」
母体スライムが擬態していた通路をさらに進むこと数分ほど。
俺たちはドーム状に広がった広間に出た。
ここがダンジョンの最奥らしく、入ってきた通路以外の出入り口はない。
さらにその一番奥には、円形の巨大な円盤が打ち立てられていた。
どことなく銅鏡を連想させる円盤は、石材のようだが不思議なツヤがあり、特殊な加工をされているようだ。
それを見つけるや否やフェスティスは奇声を発しながら調査を始めた。
その姿は自称マッドサイエンティストに恥じない(?)見事(?)なものだった。
「ふ、ふふふ! なるほど……これは……おお、素晴らしい……素晴らしいぞトウヤ!」
そんなにベタベタ触って平気なのだろうかと不安になるほど張り付いていたフェスティスは、ひとしきり調べ終わると休憩を取っていた俺たちの方に振り向いた。
「どう素晴らしいんだ?」
持ってきた水筒のお茶をすすりつつ聞いてみる。
聞いても分からなさそうだが、フェスティスがとても話したそうにしているし。
するとフェスティスは感極まった様子で両手を広げる。
「ここはな、ダンジョンではなかったのだ!」
「……遺跡、ってことか?」
「分かるのか!?」
「いや全然。あてずっぽう」
「そうか! さすがだな!」
ダメだこのエルフ、話を聞いていない。
ヒミナが鎮静の法術を使うかと目で問いかけてくる。
ちょっと迷ったけど、大好きなものを見つけて興奮するのは気持ち良いものだ。
俺も探し求めていた精巧なフィギュアを見つけ手に入れた時には、それはそれは……いややめようこの話。
ともかく、気持ちは分かるのでヒミナの術は遠慮しておく。
「んで、ここはなんなんだ?」
「一言では言い表せないが、語弊を恐れず言い切るならば人工ダンジョンだ!」
「人工!?」
驚いた声を上げたのはヒミナ。
ここまで驚くのは珍しいので、人工のダンジョンというのは珍しいのだろう。
するとその反応が嬉しかったのか、フェスティスはさらにヒートアップして続ける。
「そう! 人工だ! ダンジョンと言うのはこの世界を巡る大いなる力、『マナ』と呼ばれる力が集結する場所に発生する。そのためにダンジョンの封鎖や解体は難しく、その逆もまた困難とされている。しかし! このダンジョンはそれを可能とし、マナの通り道であるここでそれを堰き止め、人為的にダンジョンにしていたのだ!」
見えない力のダムを作った、みたいな感じなのかな。
物理的に干渉出来る川ですら、元の世界のちょっと昔まで氾濫を繰り返し制御不能だったわけだから、それをそのマナでやってのけたっていうのは確かに凄そうだ。
「けどなんでまたダンジョンなんて作ったんだ?」
「そこだ! このダンジョンが素晴らしいのはまさにそこなのだ! 凄いぞ、天乱戦争時の歴史的発見なのだからな、これは! 何を隠そう、このダンジョンは、封印装置なのだよ!」
「封印装置……?」
なんだろう。
凄く嫌な予感がする。
だってほら、パターンじゃん。
昔の戦争時の封印装置とか、封印が切れてなんかとんでもないものが復活するの。
「そう、封印だ。ヒミナよ、この近くにはドワーフがいたのではないか? ともすればエンシェントドワーフが」
「……古い記録にはそうと推測できる資料はあります。ちょっと離れた山の地下には今もドワーフの集落があったはずですけど」
「パーフェクトだ! となればまず間違いない。これはエンシェントドワーフ達が信仰していた一柱、マキナ神に属するなにかの封印だろう!」
「……まさか」
ヒミナがハッとして顔をあげると、フェスティスはうんうんと頷く。
「そうだ、君に要請されて調べていたあの遺跡だ! あれがおそらくマキナ神に関係する遺跡だろうということは突き止めていたのだが、不可解なことがいくつかあったのだ。しかしそれもこれで説明できる!」
そう言えばフェスティスは遺跡調査のために国賓として招かれていたんだっけ。
それでこのあたりに住み着いてその調査を……ふふふ、嫌な予感が強くなってまいりました。
「不可解なこと、というのは?」
「ああ聞いて驚いて欲しい! あの遺跡はな、機能が死んでいないのだよ。今も動き可動していなければおかしい遺跡なのだよ! だというのに! なぜか! その活動を停止している! なぜなのか! その答えが、ここだったのだ!」
フェスティスはバッと両手を広げ、白衣をマントのように翻らせて。
「あの遺跡はマナを貯蓄し、動力源として機能するものだったのだ! 故に! 天乱戦争末期、解放同盟なる組織によって貯蓄済みのマナの凍結と、供給されるマナをここで堰き止めることで遺跡を封印したのだ! そして堰き止めたマナによってこの辺りにダンジョンが自然発生し、住民が困らないようにあえてダンジョン化させたのだ! この! スライムなどの低位のモンスターを生み出す装置を設置することで! 意図的に比較的安全なダンジョンを作った! つまりここは半人工ダンジョンというわけなのだよ!」
……なるほど。
マキナ神という派閥の何か工場みたいなものがあった、と。
それでその工場は、巨大な川を利用した水車で動いていた。
んで敵対勢力が封印するために上流でダムを作り、堰き止めてしまった。
そのダムに当たるのが、このダンジョン、と言うわけだ。
「よくそこまで詳細が分かるな」
「ああ! 件の解放同盟にはエンシェントエルフも参加していたらしい。エルフ旧字で書かれた注意書きがされていたので分かった」
「注意書き?」
「そうだ。ああ、素晴らしいのはここからだぞトウヤ! ここにやってきたマッケインとソフィアの目的はなんだった?」
「確か──」
年々増加する税に押しつぶされないため、農地を確保するために邪魔なこの遺跡を……
「……遺跡からモンスターが出ないように、しにきた?」
「そうだ! ここが昔ダンジョンでなかったのなら、モンスターが湧き出る別のなにかだと推測したのだろう! そしてこの装置を見つけて、操作した。その操作とは」
「スイッチの切り替え……人工ダンジョンとしてマナを堰き止めモンスターを生み出す機能を、停止させた……!?」
「するとマナは!?」
「遺跡まで流れて機能が再稼働する、のか!?」
「その通り! なにが起こるかは我輩にも分からん! なあ? 素晴らしいだろう!」
「素晴らしいわけあるかー!?」
思わず立ち上がる。
天乱戦争時代に封印されていた遺跡が再稼働する?
しかもそれがフェスティスにも予測がつかない機能!?
絶対に厄介なことになるやつじゃないか!
そんなのここでのんびり休憩している場合じゃない!
「……フェスティスさん」
嗜めるような声で名前を呼ぶヒミナ。
それにフェスティスは目を見開くと、興奮が少し冷めたのか苦笑いを浮かべる。
「あ、いや、この国がどうでも良い、と思っているわけではない。少し脅かしたが、すぐにどうこうなるわけではない。エル、君が生まれたのはいつだね?」
「五年前」
「ありがとう。となると、ここは五年前には封印装置としての機能を停止していたわけだ。それからずっとマナは流れていて、当然その間に我輩も調査をしている。しかし遺跡は機能停止していた。おそらく封印は複数に分けられて施されたのだろう。そのサブプランかセーフティか分からないが、このダンジョン以外の封印機能が働いて遺跡は停止したままなのだと推測される」
なるほど、確かにそうだ。
封印が解除されてすぐに動くなら、もうとっくに動いているはずだ。
「じゃあこのダンジョンはこのままか?」
「いや、さすがにそれは危険すぎるな。言ったとおり、封印の本命はここだ。あの遺跡がなんの機能を持っていたのか分かるまでは、封印しておくべきだろう」
「では人工ダンジョンとしての機能を復旧させるのですか?」
「元々不幸が重なって強めのスライムが少々成長していた程度のダンジョンだ。ケンタウロスが常駐するこれからは、このダンジョン一つくらい問題にもならんだろう。とまあ実は既に再稼働させてある」
なんて仕事の出来る女アピールをして見せるが、ヒミナは呆れ顔だ。
「……はぁ。フェスティスさん、以前はもう少し慎重な方だと思ったのですが」
「ふ……少々はしゃぎすぎたかな、とは思っている。すまない」
言葉通り反省しているのだろう、ちょっと恥ずかしいのかフェスティスの頬が赤い。
「で、でもこれで終わり、でしょ? も、問題なくて、良かったね」
「だな! 初めてのダンジョン楽しかったし!」
「まだダンジョンの中なんだから、油断したらダメでしょ、アギ」
対してルルクとアギとマリは普段の様子で、ちょっとした遠足気分だ。
まあ危ない部分はフェスティスが全て排除してくれたのだから、そうもなるだろう。
そう考えると今回の功労者なのだから、少しテンション上がっちゃったくらいは大目に見るべきかもしれない。
「これからは不謹慎な発言には気をつけるようにな。いくらマッドだって言ってもさ」
これ以上ヒミナから責められたくなかったのだろう、フェスティスは意外なくらい素直に「分かった」と頷いた。




