二十九日目-3 増えるスライムちゃん
「ど、どうした!? やっぱりなにか嫌だったか?」
しかしエルは首を振るような速度で左右に体を揺らすと。
「逆……!」
「逆!?」
俺の下でブルブルと震えるエルは、何かを必死に我慢しているような様子で。
「こ、これ……凄く……心地よい……! なに、これ……!?」
戸惑うエルの言葉に俺も戸惑う。
乗られて心地よいって、ひょっとしてマゾ?
「うむ。運転LV5だからな。並の生物なら生きる目的が変わるぐらいの多幸感だろう」
「け、ケリュインさんの自制心が異常だっただけで、ふ、普通はこうなるよね」
対してフェスティスとルルクはさもありなんと言った様子。
っていうか言ってる内容結構怖いような気がするんですが。
「う……ぐ……」
「お、おいエル、大丈夫か?」
取り敢えず降りようかと足に力を込めたところで。
「だ……ダメ……! で……でるっ……!」
「え?」
言うが早いか。
ポポポポポポポポポポーン、と。
無数の飴玉がエルから噴水のように飛び出した。
「なんか出た!?」
パラパラと落ちてくる飴玉──のようなものは、地面に落ちるとすぐにうぞうぞと動き出し綺麗に整列する。
「ほう……これは分裂したのか?」
分裂?
フェスティスの言葉を聞いて目を凝らしてみると、確かにスライム状態のエルに似ている……気がする。
「ちょっと違う。エルはマッケインとソフィアの遺志によって形成された人格。この人格を保護するため、過剰な感情を切り離した。それがこれら」
なにやら妙にすっきりしたようすのエルが説明する。
「過剰な感情?」
「そう。トウヤに対する好意、忠誠、感謝、そういった諸々」
「なる……ほど?」
「危なかった。あのままだと、エルの第一優先、トウヤになっていた。それはダメ。だから切り離した」
ミッシェルを最優先とするのがマッケインとソフィアの遺志であり、エル自身も彼女の妹としてそれを受け入れた結果今の人格が形成されている。
そのエルの人格を守るために、処理しきれない感情を別のスライムとして分離した、と。
エルの説明を聞きながらフェスティスが推測した。
そのせいなのか。
「なんか、一匹やたらになついてるな」
ほとんどの分離体が地面に落ちたのに、一匹だけ俺の肩に残っていた。
飴玉ほどの大きさなので振り払おうと思えばできるのだが、そっとつまみ上げようとするとしがみついて抵抗する。
「きっとその個体はトウヤへの好意の純度が高い。無理に離すと……」
「離すと?」
「絶望して、死ぬ」
「ヤンデレか!」
つまんでいた手をパッと離すと、肩の上で嬉しそうに揺れる分離体。
まあ、害があるわけじゃないから問題はない──ないよな?
「ところでこいつら、スライムなんだよな。人間を襲ったりするのか?」
「エルよりはスライム寄り。でもそれ以上に、トウヤの乗り物。トウヤが望まない限り襲わない」
「そうなのか?」
視線を向けるとうなずくように体を上下に伸縮させる分離体達。
「これらの目標はトウヤを乗せること。嫌がること、しない」
「じゃあ放置……いやこのダンジョンって冒険者がくることもあるんだっけ。となると──」
「フィエル村で良いだろう」
なんのこともないようにおっしゃるフェスティスさん。
「それ、大丈夫なのか?」
「エルの人格を保護するために生まれたスライムなら、トウヤに対して絶対服従の人格を担っているはずだ。これだけの数がいれば労働力や見張りとしては申し分ないだろう」
「でも、魔物だろ?」
「いや? ただのモンスターだ」
「……ん?」
俺が首を傾げると、同じように首を傾げるフェスティス。
お互いが何を言ってるのか理解できていない。
「魔物、というのは『魔』に汚染されて動物のことなんです。ですから、モンスターと魔物は似て非なるものなのです。大雑把に分けると、魔王によって支配されているのが魔物、そうではない野生がモンスターと思ってください」
女神経由で俺の元の世界での記憶を知っているヒミナが説明してくれる。
魔物とモンスターって同じ意味だと思ってたが、この世界では違うらしい。
「魔王を筆頭に『魔』に汚染された生物は、決して人と相入れません。ですがただのモンスターであれば、地域によっては共存しているんです」
「人間と敵対するモンスターにも、野生と魔物の二種があり、前者はあるいは和解も可能だが、後者は交渉すら出来ない。無論、村の人間もスライムの受け入れに抵抗がないわけではないだろうが……今回の場合は問題ないだろう」
そりゃ今日から村の仲間になるスライムですって言って、そう簡単に受け入れられないだろう。
「問題ないっていうのは?」
「簡単な話だ。トウヤの商会に属するものだと言えば良い」
当然のことのように言うけど、そんなにうまくいくだろうか。
疑問に思ったのは俺だけのようで、ヒミナにルルク、それにエルまで頷いている。
多数決的に問題ないようなので、そういうことにしておこう。
「ではエル、分離体達に他のスライムと見分けがつく特徴をつけられるか? 我輩が術でちょちょいとしても良いが、少し面倒だ」
「可能。でも、なぜ?」
「見たところ生まれたての赤ん坊のようなものなのだろう? せっかくだからアギくん達と一緒に経験値を稼ぎながら進む。それには見分けがつかないと我輩が誤射しかねん」
「理解。じゃあ、色素、変更」
エルが言ったとたんに分離体達の体がテカテカと光ったかと思うと、虹色の模様に変わる。
なるほど、確かにこんな色のスライムはいないだろう。
「よし、では行こうか」
立ち止まっていたのは少しの間だったはずだが、先行していたアギとマリの姿が見えなくなっている。
マリの行動はフェスティスによるものだから問題ないだろうが、少し心配だ。
急いだ方が良いのかもしれない。
……って思ったよね、一瞬ね。
俺がエルに乗ると、全員の進むスピードが明らかに早くなった。
フェスティスとルルクは分かるけど、ヒミナとエルも俺に合わせてゆっくり進んでいたらしい。
その結果、あっという間にアギとマリにも追いついた。
……この件もあって実は俺が一番の足手まといなのではないか疑惑に頭を悩ませることになるのは、もう少し後の話である。




