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二十九日目-1 はじめてのダンジョン

 28日目


 今日は超疲れた。

 以上。

 いや、これだと感想か、活動内容としてはええと……防災活動?

 え? なんで? なんで俺防災活動なんかしてるの?

 不思議な話だがそういう成り行きだった。

 あとは従業員(?)が増えた。

 なんだろう、気楽なタクシー旅行だったはずなのに、みるみる増える社員。

 そういえばケンタウロス族を雇って一つの村と契約したのとか、商人組合に怒られたりするんだろうか。

 あとでフェスティスに相談しておこう……今日はもう、ホント疲れた。

 寝る。




 ──すべては娘、ミッシェルの為だった。

 フィエル村の南にあるダンジョン。

 比較的小規模で発生するモンスターも弱め。

 ただしそれでも畑を荒らすには十分な存在だった。

 このダンジョンがある限り、村のさらなる拡張は不可能。

 しかしダンジョンは謎の多い存在で、潰したり埋め立てたりすることも出来ない。

 このままでは村は年々重くなる税に押しつぶされてしまう。


 だから私達は調べた。

 出来る限り調べた結果、元冒険者の伝もあって、大昔の天乱戦争以前にはここにダンジョンなどなかったことまでは突き止めた。

 長い年月をかけてダンジョンが新しく発生することはある。

 けれどこの場所に生まれることは不自然だった。

 そして私たちは思い切ってダンジョンに潜ることにした。

 冒険者組合が定期討伐では潜らないほど深い奥の奥まで。


 その結果、私達は見つけた。

 おそらく天乱戦争時代のものだろう古い装置を。

 幸い法力反応型のようで、私の拙い法術でも操作することが出来た。

 これが上手くいけば、今までどおりあの村でミッシェルが大人になるまでは一安心だろう。

 早く村に帰りたい。

 でもまだ我慢。

 私の法力は装置の操作で枯渇してしまい、ここはダンジョンの最奥。

 装置の操作で連動している罠がないか調査に行ってくれているあの人が戻ってくるまで、少しでも回復に務めなきゃ。

 ダンジョンでは、何が起こるか分からないのだから──


「と、言うのがミッシェルの母のソフィア、最後の記憶」


 件のダンジョンを進みながらエルが語るのは、彼女が持つ記憶の話だ。


「では、ソフィアさんはその後に」


 ヒミナの言葉にエルは頷き。


「そう。我が母体(マザー)であるスライムに食われた」


 不運だったのは、歴史的価値の高い装置がそこにあったこと、そしてその操作に法力をほとんど使ってしまっていたことだろう。

 天乱戦争というのは、地上の種族と天上の神々が入り乱れ争った大戦争らしい。フェスティスによるとおよそ500年前の出来事だそうだ。

 ダンジョンの最奥まで二人だけで潜った上、そんなものを見つけては注意力が散漫になっても仕方がないことだろう。

 そして夫が周囲の安全確認に離れている間に、彼女が休憩に腰掛けた岩。

 それこそがエルの母体である擬態(イミテイト)スライムだった。

 彼女は触れている部分からゆっくりと擬態スライムに包まれていき、異変に気づいた時には手遅れだった。

 そうしてソフィアを取り込んだ擬態スライムは、次にソフィアの姿に擬態する。

 夫であるマッケインは最愛の妻の姿を見て、緊張の糸が緩んだのだろう。

 手を取り、背を向け──食われた。


「マザーは吸収した卵子と精子、記憶を利用して人間寄りのスライムを生み出した。それがエル」

「なぜそんなことを?」

「マザーは学習した。人間は美味しい。味ではなく、得られる栄養と能力、スキルが、便利。だからエルを人間の集落に送り込み、定期的にダンジョンの奥まで誘導させる。そんな計画」

「スパイ、というわけか。興味深いな」


 いやぁ、フェスティスさん、いくら興味深くても笑うところじゃないと思います。


「だが、それでなぜミッシェルをトウヤに引き取ってもらおうとすることになるのだ?」


 確かに、その話からだとエルがミッシェルを俺たちに預けようとする理由が分からない。

 しかしエルは相変わらず淡々と答える。


「マザーの、誤算」

「ほう、誤算」


 こくりと首肯して。


「人間の集落に入り込むため、エルは人間寄りに作られた。怪しまれないようにマッケインとソフィアの記憶も受け継いだ。その結果」


 先導していたエルがふと振り向いた。

 その表情はいつもの無表情とは違って、どこか悲しそうで、つらそうな微笑みで。


「ミッシェルに会った瞬間、二人の記憶がエルを飲み込んだ。マッケインとソフィア、二人が最後に強く、強く、ただ一色になるほどに強く心に抱いた願いの記憶。感情。意志。それらが爆発し、濁流となり、質量を錯覚するほどの勢いでエルの意識を焼いた」

「……それはどんな?」


 確認するようなフェスティスの問いかけに、エルは両手を見つめてからそれを握り込む。


「──ミッシェルに幸せな未来が訪れますように、と」


 目を閉じ、両手をおろして首を振る。


「エルが完全にスライムだったら平気だった。それなら異物として処理するだけだから。けどエルは人間寄りの擬態スライム。人間を騙すために、人間に擬態することに長けるよう調整されて生まれてきた。だから──理解してしまった。分かってしまった。その想いを」


 ふぅ、とフェスティスが溜息を吐き出す。


「すごいな……異種族を心変わりさせるほどの想い、か。素直に感服する。それで?」


 エルは自分の胸を両手でそっと抑える。


「エルの一番大切なもの、その瞬間からミッシェルになった。だからエルで両親を作り上げ、エルはミッシェルの妹になった。そうしてマッケインとソフィアの記憶を参考に、ミッシェルを守ろうと思った。エルは……そうしてきたつもり」


 でも、と言葉をついでエルは首を横に振った。


「エルにあるの、二人の記憶でしかない。愛情、感情、反応……それらは全て『演技』の範囲。エルの擬態で誤魔化す、そろそろ限界。でも真実を知ったら、ミッシェルは悲しむ。村にも居場所、なくなる。だから」

「トウヤに引き取って貰おうとしたわけか。なるほどな」


 マッケインとソフィアは元々は冒険者だったらしい。

 それが仕事中の怪我が原因で引退を余儀なくされた。

 二人はフィエル村に移り住み、慣れないながらもなんとか農業を始めて暮らしていた。

 そのためか他の村人とは少し距離があったようだ。

 おかげでエルが操作する二人が偽物とバレることはなかった。

 しかし、エルは二人の「下手な農作業」しか再現できない。

 当然、生産量は村の中でも少なく、サンテラなどの食糧難の余波もあって肩身は狭かった。

 このままではミッシェルの生活に限界が来る。

 さらにはミッシェルが成長するにつれて、エル自身の擬態がバレてしまう恐れもある。

 エルはそう考えて、俺に託そうとしたようだ。


「そういう事情なら、引き取るのはともかく、保護することには反対しない。のに、なんでわざわざそのダンジョンに来る必要があるんだ?」

「理由は大きく三つだな。一つは、ここのダンジョンの上層は初心者向けだ。アレらにはちょうど良い」


 アレ、とフェスティスが示すのはアギとマリだ。

 アギは俺が渡した槍を器用に使ってスライムを倒している。


 スライムって子供でも倒せるような敵だっけ?

 と思ったのだが、あの槍の攻撃性能が高いらしい。紛いなりにも「神槍」なだけはあるようだ。


 マリは法術でアギをサポート。

 彼女自身は法術を使えないのだが、フェスティスによる《疑似人形(リモートコントロール)》の魔術によって強引に使わせている。

 なんでも魔力の回路を繋げてマリの体でフェスティスが法術を使う、らしい。

 そうすることで動かされてるマリも法術を感覚で覚えるんだとか。


「二つ目は、エルの母体だ。人を二人喰らい、エルを生み出せるほどのモンスターは見過ごせん」

「はい。エルさんには申し訳ありませんけど」


 しかしヒミナの言葉にエルは首を横に振る。


「エルは『ミッシェルの妹』。『マザーの娘』は優先順位低い」

「……はい」


 それでも浮かない顔のヒミナにエルは不思議そうにする。

 気にしないのではなく、優先順位が低い、という部分が引っかかっているのだろう。


「そして三つ目は、最奥にあるという天乱戦争時代の装置が、気になる」

「なにか、まずいのか?」

「場合によってはな。確率そのものは低いから、念の為だ」


 確率そのものは低い、ねぇ。

 フラグがビンビンに立っている気がする。


「ね、ねえご主人様」

「うん?」


 人形の姿で殿につき後方からの奇襲に備えているルルクから声をかけられて振り向く。

 彼女は無垢な顔で小首を傾けながら。


「ふ、フェスティスさんには、乗ったの?」

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