閑話 とある悪党の顛末
俺の名はギリー。ギリー・ウィリアム。
孤児院の出だ。
生まれも育ちも褒められたもんじゃあねぇが、良くも悪くも実力主義の真正聖王国で監察官になることが出来た。
ああそうさ、とても褒められたものじゃあない。
ただ周囲の粗を探し、弱みを浮き彫りにし、その情報で得をする人間に売りつけ、取り入ってきた結果だ。
密告屋ギリーってあだ名は、俺自身も否定しない。
ともかく金だ。
金、金、金。
俺自身が生きていく上でも、またちっとは恩義のある孤児院を維持するのにも、金が必要だった。
生まれにしちゃあ破竹の勢いで監察官にまでなって、だが俺はそこで頭打ちになった。
同じように監察官になるような連中は、どいつもこいつも俺と同等かそれ以上ばかりだったのだ。
だって言うのに、俺は金を求めるあまり目立ってしまっていた。
その結果俺が来るとなれば、監察先の連中はお行儀よくしやがる。
一方で周りの同僚どもはどこかで俺がボロを出さないかと目をギラつかせてやがる。
そうなりゃ当然成績は下がるわけだ。
俺は追い詰められていた。
それはそのまま孤児院の経営が傾くことにも直結した。
俺には自滅してまで孤児院を支えるつもりはなかった。
あくまで寄付は俺に余裕があるからこそするもの。
俺自身の生活に困りそうなら当たり前のように切り離す。
とは言え最後に孤児院が解体される前に、ガキどもに思い出でも作らせてやろうかと考えた。
こんな俺にも見放すことへの罪悪感はあったわけだ。
そこで孤児院のガキどもに人気が高いケンタウロスの一部隊を呼ぶことにした。
どの部隊が一番手が空いていて、金が少なくて済みそうか。
ちょいと調べていると明らかに被害が他と比べて少ない部隊を見つけた。
それが、ケリュイン達の部隊だった。
俺には情報があった。
いや、おそらく監察官の同僚連中も同様のものは抑えていただろう。
ジャンとかいう商人が中心となって、隣の聖皇神国に人為的な飢饉工作を行っている、というものだ。
そして最前線のサンテラを中心とした北部では工作が結果を出し、食糧難に陥っていた。
となればそろそろ工作の「収穫」の時期だということも察しがついた。
聖皇教会の連中は北部の対応で手一杯で、とても真正聖王国へ警戒を向けられる状態ではない。
だったら。
小隊規模のケンタウロスでも南方の農村を掌握することは可能だろう。
掌握できれば飢饉工作は成功したも同然。
前線を離れたがっているケンタウロス、ジャンの飢饉工作、金が欲しい俺。
すべては繋がり、後は落ちている金を拾うだけ。
簡単な金儲けだ。
──そう思っていたのに。
「俺のスキルは運転LV5だ!」
こんな理不尽があってたまるだろうか。
あいつはなんだ。
最初は変な見たこともない何かに乗っていた。
次に会った時には竜に乗っていた。
これだけでも意味不明だ。竜騎士は現在真正聖王国にしかいないはずなのだ。
しかもそいつが運転LV5のスキルを持っていると言う。
もはや狂人の戯言のレベルだ。
なのにそれが現実なのである。
くそったれな人生だった。
どうしようもない環境に生まれ、どうしようもない世界を、どうしようもない手段で生き抜いた。
その結果ちょっとはマシな生活を送れるようにはなったが、それもどうやら今日までのようだ。
真正聖王国は、俺みたいのでものし上がれる実力主義だ。
そんな国でケンタウロスの1小隊を丸まる失った俺は、もはや再起の機会を与えられないだろう。
ケリュインもこの状況であの提案を断るほど馬鹿じゃない。
俺に出来ることは、ただただ理不尽を呪うことだけ──
「その話、お断りしよう」
驚いたことにケリュインは馬鹿だった。
どうやらあの馬鹿は前線を離れるための俺の手引きを恩に着ているようだ。
馬鹿だ。
大馬鹿だ。
なぜなら俺はケリュインが──
──馬鹿ではないことを、知っている。
あいつは俺に目的があってケンタウロス達を利用していることを察している。
いざとなれば見捨てる気でいたことすら分かっている。
なのにそれらとは別に、恩義があることには変わらないからとあのトウヤというやつの誘いを断ったのだ。
これが大馬鹿でなくてなんなのか。
何より馬鹿なのは。
「ほぅ……」
思わず口から漏れたため息。
全部が終わったと思った日の夜。
なぜか俺にも振る舞われた汁を飲んだら、自然と出たものだ。
温かい塩味が舌から脳に染み渡る。ただ塩っ辛いんじゃなくて、なんだ? 何かの油だろうか、甘味がある。野菜は甘く柔らかく、相反するように魚はきつめの塩味だ。
大したことないものを食べてきた俺にとって、生まれて始めての味だった。
いや、そこそこ良い給料をもらっていたはずのケンタウロス達の反応を見ると、こんなところで振る舞われるような料理でじゃないんじゃねぇだろうか。
だいたいこの村にこれほどの食料はなかったはずだ。
ってことは、このトウヤって奴が工面したもんなんだろう。
どこまでも規格外の人間だ。
さぞかし優越感に浸っているのだろうと思ったが、その表情は孤児院のガキどもが浮かべるのに似た笑顔。
相手の反応が楽しくてしょうがないって顔だった。
聞けばなんのことはない。
自分が思ったとおりの反応が俺から見れて嬉しいってなもんだ。
ああ、くそ。
俺はそれで理解しちまった。
こいつは、悪人でも、まして善人でもない。
ただやりたいことをやっているだけの、我儘野郎だ。
俺は孤児院に金を入れちゃいるが、決して善人じゃない。
どっちかと言ったら悪人側だろう。
そんな俺が孤児院を援助するのは、あくまで俺がそうしたいからだ。
俺は監察官にまでなって少し余裕が出来た。
だから金を回していただけで、回せなくなったらそれまでの話。
余裕があるから出来る趣味。
このトウヤという男も、そういう奴なのだ。
こいつは余裕があるから趣味で行動している。
だったら、どうせ後には引けない状況だ。
こいつの「余裕」がどれほどのものか分からないが、交渉材料として出したからには利用させてもらおう。
俺はトウヤに孤児院のことを話すことにした。
それで本当にあいつらをここに連れ出せるってんなら、やってもらおうじゃねぇか。
トウヤへ孤児院のことを話し終わったのとほぼ同時に、ケリュインが料理と酒を持ってやってきた。
「まだ入るだろう?」
実のところ、久しぶりの食事ではあるが二杯も胃袋に収めて満足はしていた。
が、入る隙間がないわけではない。
しかも──認めるのも癪なのだが──トウヤの振る舞うこの料理は、クソ美味い。
ケリュインから受け取って適当に乾杯を合わせ、酒を飲む。
なんだ馬鹿野郎、酒までクソ美味いじゃないか。
「ギリー殿。その、言いづらいことなのだがな」
「なんだよ。今更愛想が尽きたとか言われても驚かねぇぞ」
「まさか。我らケンタウロス種族の性でな、人族が驚くほど義理堅いのだ。ふむ、だが、そうだな、とはいえど、という話でな」
「なんだよ。改まって珍しいな」
ケリュインはもう酔いが回っているのか、赤らめた頬を掻きながら森の方を指差す。
「トウヤ殿が厩舎を作ってくれてな」
「……は?」
いや。
いやいやいやいや。
「昨日の今日どころじゃねぇ、今日の今日だぞ!? それで、厩舎だぁ!?」
「うむ。分かる、私も同じように思った。が、出来てしまったものは認めざるを得ない。私を含めた55名、全員が寝られるよう四棟ほど建てられている。不思議な素材で出来た簡素なものらしいが……それでだ」
「……あ、おう。なんだよ、むしろ喜ぶところじゃねぇか」
「我らはな。だが、トウヤ殿の指示により、その、子作りを始めることになった」
「ふん? ま、お前らは元々それが目的だったわけだしな。んなもん一々俺に報告することでも……ああ、そういうことか」
俺は察して酒を一つ口に含む。
「人目や音を考えたらヤるのは夜になるわな。んで、今まで通りに俺がお前と一緒に寝るわけにはいかねぇわけだ」
「……ああ」
気まずそうな顔してやがる。
だからこいつは馬鹿なんだ。
子作りを逸る女共を遠ざける道具として常に俺と一緒にいたことを、勝手に「利用した」と思ってるわけだ。
んで、今までさんざん利用して今更寝床から追い出すのは不義理、なんて考えているんだろう。
アホか、俺がお前と一緒にいたのはそこが一番安全だったから──ああ、そうか。
「……っく」
「ギリー殿?」
「くっくっく……はっはっはっはっはっは!」
笑える。
ああ、こりゃ笑える話だ。
俺はこいつらを一方的に利用していたつもりだった。
だがケリュインは持ちつ持たれつの関係と認識していたわけだ。
どっちが誤りだったかって言ったら──ああ、くそ、俺の方だよ馬鹿みてぇな話だ。
「なんだよケリュイン、俺がいないと不安か?」
八つ当たりする気分で俺は呆れたように言ってやる。
「そっ、そういうことではなく!」
「ああ、いいよいいよ。俺もこの村で若い女引っ掛けてよろしくやるさ。あー……でもいるかなぁ、若い女」
ふてくされて当てつけるように追撃するが。
「ギリー殿……」
察しのいいヤツだ、俺の考えもあらかた読めたのだろう。
なんとも気まずそうな顔で俺を見やがる。
「それ、やめろ。もう俺はお前の上司でも監察官でもねぇ。だろ?」
俺は改めて酒を翳す。
ケリュインは少し驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて酒を合わせた。
「ではギリー。この美味い酒と」
「笑えるくらいクソ美味いメシと」
「我らの前途に」
そこで締めるのが綺麗なんだろうが、俺としちゃあ恨み言の一つも吐き出したい。
「ついでに笑うしかないあのクソLV5野郎に」
ケリュインの方も心得たもんで澄ました顔で聞かなかったことにして。
「「乾杯」」
カツンと、酒坏がぶつかる。
結局のところ、俺はあいつと同じ、俺がやりたいことをやるしかない。
だったら、こんな美味いメシと酒のために働くってのも、意地になって逃げ出すほどのことじゃあないわけだ。
と、そう思った翌朝。
「お、おう……」
孤児院の職員二人と、ガキども八人。
そいつらが、それぞれが住む住居である仮設住居ってやつ四棟の前に立っていた。
全員が全員、まるで狐にでも化かされたような表情をしてはいたが。
神聖聖王国の警備網を突破し、こいつらを説得し、ここに連れてきて、住居まで用意したのか。
一晩で。
その時俺は思った。
何があってもトウヤには逆らわないように……いやむしろ何かあったら協力するようにしよう、と。




