二十八日目-1 フルーツ交渉
27日目
社員が増えました。
以上!
……いや、うん、俺自身なんでこうなったと思わなくもない。
俺は俺が生きていくだけの収入があれば良かった。
そのはずだ。
なのになぜ、俺は人を雇う立場になっているのか。
コレガワカラナイ。
ともあれ近い内に商人組合に申請しなければいけないらしい。
解せぬ。
しかしながら乗りかかった船だ、もう行くところまで行くしかない。
頑張れ俺、負けんな俺。
いつかまったり不労働所得生活を送るその日まで。
「待たせたな!」
バァン!と景気よくドアを開いたのは不思議な服装をした女性だった。
胸元を大きく曝け出したクロスホルターのドレスは、スカートに深いサイドスリットが入っていて際どいところまで足が露出している。
不思議なのは、その上に白衣を着ていたことだ。
科学教師が着用しているような白衣で、襟元をピンと立てている。
そして長い緑色の髪の間から突き出る肌色は、耳だ。
いわゆるエルフ耳。
俺の中のエルフ像と87%合致する。
……13%の合致しない点は、白衣と、弓を持っていないことと、巨乳だということだ。
今まで黙っていたが俺はエルフは身軽で胸は平坦派なのだ。
「ようこそお出でくださいました、フェスティス様。どうぞこちらにおかけください」
「うむ」
村長が席を勧めるとフェスティスは鷹揚に頷いて椅子に座る。
「それで、この男は何者なのかな?」
口元には笑みを浮かべつつも、鋭い目つきで正面に座る俺を見て尋ねてくる。
「こちらはトウヤ様です。実は──」
「この村の代理人を請け負った」
「代理人?」
「ああ。交渉人と言い換えても良い。なぜなら、この村は貴女の要望に応えられないからだ」
「──ほう?」
ギシリと椅子を軋ませながら腕を組むフェスティス。
その目はどこか挑戦的に俺を見つめている。
「我輩の要望を拒否する、と?」
「……っ」
「ふふ……良い、怯えずその理由を述べると良い」
息を飲んだ俺に微笑みながら先を促すフェスティス。
どうやら俺が恐怖に萎縮したように思ったみたいだ。
あ、危なかった……いきなり我輩なんて一人称聞かされて吹き出すところだった……!
美人でナイスバデーなエルフの一人称が我輩とか不意打ちも良いとこだぞ!?
笑いを堪えきったのは奇跡ではないだろうか。
俺はこっそり深呼吸してから、気持ちを切り替えて答える。
「まず、材料の竜の鱗というのが無理難題だ」
「そうかね? 確かに難しいだろうが、不可能というレベルのものでは──」
「いや、不可能だ。あのレシピで肥料を作れなんて詐欺に近い」
「なに?」
詐欺とまで言われて気に障ったのか、表情が険しくなる。
しかし、恐れることはない。
なぜなら、本当に詐欺みたいな話なのだから!
「理由を聞かせて貰っても良いかな、トウヤ殿。言っておくがこの村の人間でも竜の鱗の入手は『困難』であっても『不可能』ではないと我輩は見立てていたのだがね?」
「ああ、入手についてならその見立ててで間違いない」
「……うん?」
俺の言葉を聞いてフェスティスの表情の色が不快から不可解に変わる。
うん、だろうね。
俺も今日ルルクの鱗を村長に渡してから気づいたからね。
本当、単純な見落としだ。
前提としての竜の鱗の入手自体が高難易度のため、あるいは彼女の場合は自身が優秀であるがための見落とし。
「この村に、竜の鱗を加工する技術がない」
「……粉末状に砕くだけだぞ?」
「鋼の剣を弾く竜の鱗を、どうやって砕けと?」
「《装甲劣化》の魔術や《硬化》の法術を使えば良い」
「この国で《硬化》の法術を使えるのは神官戦士からだそうだ」
驚きからか目を見開くフェスティス。
エルランディアは聖皇神国よりも術系統が発展しているらしい。
それこそどこでも日常的に法術が利用されている程だとか。
だから彼女は聖皇神国の農民でも法術くらいは使えると勘違いした。
カルチャーギャップってやつだ。
ちなみにルルクの鱗を渡された村長がそのことに気づいたから判明したことだったりする。
村長も鱗そのものがまず手に入らないので、その先のことは考えてもいなかったのだ。
そこに気づけていれば、あそこまで思い悩むこともなかっただろうに。
「……なるほど、理解した。しかしなぜトウヤ殿がそれで代理人を? そういうことであれば普通の食料を頂いて戻るだけだが」
「一つは、その食料を俺が用意することになったからだ。食料に不備あった場合に俺が責任を取るためのお目通りってやつかな」
「ふむ……で、二つ目は?」
「俺からフェスティスさんに依頼をしたい。この村で製作可能な肥料の開発を」
「ほう……我輩に依頼とは……面白いやつだ」
フェスティスは俺のことをネズミを見つけた猫のような表情で見つめる。
それに村長がハラハラした視線を俺に向けてくる。
「それなりの覚悟があるのだろうな?」
「あいにく俺はこの国の人間じゃないんで、商人としての信用を賭けるくらいの覚悟しかないけどな」
「ふ……くくく……ハハハハハハハ! 良いだろう、ならば!」
立ち上がり白衣を翻しながら右手を突き出して。
「500枚だ!」
「え?」
「それも銀貨や金貨ではない、共通記念金貨で500枚だ! それで引き受けてやろう……!」
「なっ……!」
ガターン!とけたたましい音を立てて椅子から転がり落ちる村長。
「そ、そんな……馬鹿な……!?」
俺も驚愕に目を見開いてフェスティスを見上げる。
その視線を受けてか、気分良さそうに目を細めた彼女は。
「今更後悔しても遅いぞ? ここで取引を中止すれば貴様は自らの分を弁えぬ商人として、この我輩が派手に喧伝してやろう。だがしかしもし金が足りないというのであれば、代わりの条件を提示してやっても良い」
そんな寛大な提案をしてくれる。
が、しかし、俺が驚いていたのは。
「お……お金でいいのか?」
「「……えっ?」」
村長とフェスティスの二人から異口同音に放たれる声。
「500枚なら大丈夫だ。現物化が必要なら冒険者組合に用意してもらうだけの時間が必要になるが……」
「待て」
「うん?」
打って変わって眉根に皺を寄せた表情で、フェスティスは首をかしげる。
「……あるのか?」
「うん」
「……そうか」
彼女は何度か頷いて、それからゆっくりと椅子に座る。
それから補足長い両手の指を絡ませるように組んでテーブルの上において。
「やり直し」
「え」
「ではその依頼を受けるのに一つの条件を提示しよう」
「えぇ……」
まさかのまさか。
この人、お金のくだりをなかったことにした!
しかも顔色一つ変えずに……いや、良くみればちょっと頬が赤いか?
とはいえお金で解決しないことは想定通りだし。
……いっか。
「条件?」
「そうだ。なんでも良い、我輩が知らない物か、驚く物を用意してもらおう」
「知らない物か、驚く物か」
「そうだ。君ならばなにかあるだろうと見込んでの条件だ」
「うーん……」
腕を組んで考える。
ああ、村長、不安そうな顔しなくても平気だから。
こうして悩んでるのは、どれにしようかな、っていう悩みだから。
ヴァーハナを見せるというは、条件クリアするのに鉄板の一手だろう。
しかし今は昼間で、ここは見通しの良い村。
あまりヴァーハナをコロコロ変化させたくはない。
となると。
「ちょっと失礼」
「構わない」
俺は断りを入れてから席を立ち、家の裏手に用意しておいた食料の方へと向かう。
昨夜のうちに用意しておいた食料がダンボール箱で積み重なっている中から、目当てのものを見つけてそれを開く。
一個だけだとインパクトが薄いかな。
念の為に他にも二つ取り出して、家の中に戻る。
そして席について、トン、とテーブルに置いた物。
「……リンゴ?」
フェスティスが拍子抜けしたような声でその名前を呼ぶ。
そう、リンゴだ。
なんの変哲もないリンゴ。
リンゴと言えば青森。
青森の「ふじ」だ。
「皮は剥いた方が良いかな?」
「まさか……『これ』が『そう』だとでも?」
俺は何も言わずに肩を竦める。
すると彼女はしばらくじっと俺を見つめてから、やおらリンゴに手を伸ばした。
そして手触りを確認するように手の中で転がしてから、しゃくりと齧りついた。
「……なんだ、これは」
忌々しそうにリンゴを睨みつける。
あれ、ダメだった?
じゃあ次のを、と俺が二つ目を手に取ったところで。
「これが、リンゴか? こんなにも甘いものが?」
続く言葉にホッと息を吐く。
予想通りだった。
これまでの生活で気づいたこととして、この世界では品種改良などが遅れているようだ。
いや、遅れているというよりは、まだ始まってないという方が正しいのかも知れない。
そんな中で──唐突だが焼きリンゴの由来を知っているだろうか。
聞きかじった話ではあるが、元々のリンゴは甘さが少なく、生で食べて美味しいものではなかったらしい。
そこで焼くと甘さが増すことを利用し美味しく食べるように産まれたのが、焼きリンゴなんだとか。
そして現代においても、日本のリンゴは他の国と比べ衝撃を受けるほど甘い。
だから品種改良前の原種に近いリンゴしかないだろうこの世界なら、驚くほど甘いのではないかと思ったわけだ。
ただ俺の知識だとエルフは菜食主義。
ひょっとしたら独自に品種改良しているかもと思ったが、杞憂だったらしい。
「良かったらこちらもどうぞ」
せっかくなので保険に持ってきたイチゴとブドウもテーブルに乗せる。
イチゴは生産量日本一のとちおとめ、ブドウは安定の巨峰だ。
「甘い……だがただ甘いだけではない。砂糖水の注入などという小細工ではこうはなるまい。イチゴもだ、瑞々しくあってなおはっきりと甘く、ほのかな酸味がアクセントとなってそれを引き立てている。そしてこのブドウの粒の大きさはなんだ? 皮を剥けば果汁は滴りイチゴとはまた別の渋みを伴った酸味が甘さを際立たせている」
一つ一つをじっくりと味わって咀嚼し、フェスティスはテーブルの上の残るフルーツを見て渋面を作る。
「認めたくない……実に認めたくないのだが、認めざるを得まい。確かにこれは、我輩の知らない驚くべき果実だ」
「な……エルフが……フェスティス様が知らない、果実……!?」
村長があんぐりと口を開いて俺を見る。
いやまあ、うん、これ異世界のなんで。
なんて言える訳もないので「ちょっとした│伝がありまして」と笑っておく。
しかし、だ。
なんでフェスティスはしかめっ面なんだろう。
普通はこう、美味しいものを食べたら笑顔にならないだろうか。
少なくとも今まで出会った人たちはみんなそうだったんだけど。
なにか気に食わないんだろうか?
だとしたら……もう一押し、押すか。
「それ、今回代わりに用意した食料の一部なんだけど、もし気に入ってくれたのなら依頼報酬の前払いということで増やしても良い」
「……君は……」
あれ?
良い提案だと思ったんだけど、なぜか呆れられたような目で見られた。
「まあ良い。我輩の負けだ、その依頼を受けよう。しかしこう見えて我輩もちょっとした立場というものがある。ここでは話しにくい内容もあるのだが、良い場所はあるかね?」
肩から力を抜き、降参とばかりに両手をあげて首を振るフェスティス。
そういうことならヴァーハナをキャンピングトレーナーにすれば良いだろう。
彼女にはヴァーハナの能力の一部を見せることにはなるが、ヒミナ曰く良い人だって言ってたし。
「ああ。じゃあここからは場所を変えて話を詰めようか。じゃあ村長、話が決まったらまた改めて報告に来るから」
「……はっ? あ、はい! いえ、何卒よろしくお願い致します」
俺は半ば放心していた村長に声をかけて席を立った。




