二十八日目-2 未知に狂うエルフ
「では君の子種を要求しよう」
どうしてこうなったんだろう。
俺はソファに座って頭を下げた態勢のまま、追い詰められていた。
考えてみれば当然の流れではあった。
ヴァーハナに戻ればそこには必然、壊れた麒麟のアーティファクツがあるわけで。
それを見るフェスティス。
どうして壊れているのか聞かれる俺。
正直に答えて謝る俺。
とても良い笑顔で許さないと断言するフェスティス。
俺にできることで償いをしようと提案する俺。
なら子種が欲しいと言うフェスティス。←イマココ。
「そ、それは……」
「できる範囲内だろう? 別に性交を強要するわけでもない、ただ子種が欲しいだけだ。それとも断るのか? それならそれで、我輩は一生君を許さないだけだ。金輪際一切協力しない」
「ぐ……!」
それは困る。
フェスティスの協力は必要不可欠だ。
聖皇神国は慢性的な食糧不足に悩まされていた国。
今は俺の力技で一時的に食料が回り始めているが、毎回そうするわけにもいかない。
だからもっと根本的な解決が、農作業の改革が必要なのだ。
収穫量が五倍になる肥料の開発などの、改革が。
しかーし!
その要求が子種とか躊躇うじゃん!?
だって子種だよ? 汁だよ! 液だよォ!?
それを美人のエルフにくれって言われて「はいどうぞ!」って渡せる男がいますか!? いるでしょうね! でも俺は違います!
「ちなみに、利用目的は」
「安心しろ。少なくとも一人は産む」
「安心要素が見当たらない!?」
「ん? なんだ性交したいのか? それでも構わんぞ」
「んな……!」
胸の下で両手を組み、ぐっと寄せて上げてみせるフェスティス。
おう……テリブル!
それはまさに女の武器を越えた女の凶器、間違いなく童貞を殺すポーズだ。
性交したいかしたくないかで言えば、正直したいです先生!
でもその、隣にアギやマリやヒミナもいまして、視線が。
視線が!
ああだがしかしヒミナと違って今回は罪悪感を抱かなくて良い成人女性。
しかもエルフ!
この機会を逃して果たして俺が童貞を捨てられる日は来るのだろうか!
けれどアギとマリの教育に目覚めた俺が、いきなりそんな情操教育に良くない行為をするのは!
なんて俺がハムスターの如く思考を空回りさせていると。
「……良いだろう。では別の提案だ。だがこれは非常に秘匿性の高い話になる。少なくとも……」
ちらりと視線が向けられた先はアギとマリの二人。
二人が俺を見てくるので頷くと、揃って立ち上がってヴァーハナの外へ向かう。
バタンと扉が閉じる音がすると、フェスティスは目でもそれを確認して──笑いだした。
「くっくっく……は、はははははは、アハハハハハハハハハハハハ! いやはやしかしそうかそうか、我輩も自信が聖人などとは思わないが、存外人が悪くもあるらしい! なぁ、トウヤ?」
「は……? えっと、フェスティスさん?」
「呼び捨てで構わんよ。恐れ多くも聖皇女様の想い人だ、敬称など付けられてはあるいは視線のみで聖滅させられかねん」
「っ! フェスティスさん!」
顔を真っ赤にして声を上げるヒミナに、しかしフェスティスはニヤニヤとした笑みのまま。
「なに、凛として悲壮なほどのオーラを纏った、まさに稀代の聖皇女だと思ったものだが、我輩も見る目がない。トウヤ、君は自身に防護法術がかけられていることに気づいているか?」
「ちょっ!」
わたわたと両手をばたつかせるヒミナ。
ここまで彼女が慌てるのも珍しい。
ということは、ひっそり俺に法術をかけてくれていたのか。
しかしいったい何を慌てているのだろう。
きょとんとする俺を見て、うんうんと満足そうに頷くフェスティス。
「その様子では気づいていないな。見事な法術だぞ。発動と同時に破壊されることで威力を減衰する防護膜の法術が、物理と術の両方に働くように重ねがけされているのだよ。突けば壊れるような弱々しくも見える防護膜だが」
そこで間を置いて、改めてヒミナを見て笑みを深める。
「100層にもなればそうそう突破できるものではない」
「ひゃ……?」
なにそれすごい。
いやもう想像できないレベルだ。
日本の過剰包装だってそこまでじゃないぞ。
「しかし、だ。トウヤ、我輩はヒミナを知っているし、彼女もまた我輩を知っている。君に危害を加えるようなことはまずないと分かっていたはずだ、ではなぜここまで防護膜を重ねがけしたか、分かるかね?」
「え……いや、うーん? フェスティス以外の不測の事態に備えて」
「違う。これはメッセージだ。我輩ならばこの法術を見抜き読み取ると踏んだ上で、我輩に向けてメッセージを送るためにこれだけの防護膜を重ねがけしたのだよ。そのメッセージとはつまり」
こほん、と一つ咳払いをして。
「この人は大切な人なの! すごく繊細で壊れやすいから冗談でも攻撃しちゃダメ! 手も出しちゃダメ! だってだってちゅきちゅき大ちゅきなんだもん──」
「フェスティスさんっ!」
ヒミナの顔はもうこれ以上は無理だろうなって思うほど真っ赤だった。
そんな彼女と目が合って。
「え、ええと違うんです! いえ概ね間違っていませんけど……わた、私そんな幼児のような想い方はしていませんから!」
「訂正するのはそこなのだな」
ニヤリと笑ってフェスティスが指摘すると、ヒミナはキッと表情を引き締めて。
「あと! フェスティスさんがアーティファクツの研究に熱心なのも知っていますし! 万が一にも感情的になられて魔術でも受けたら大変ですから!」
「ああ、うむ。それもそうだな。実際、かなりのショックだったぞ、苦労して直したアーティファクツが破壊された時にはな。事と次第によっては出来得る限りの手段でもって生き地獄を味あわせてやろうと思ったほどだ」
ゆらりとフェスティスの背後に黒いオーラのようなものが立ち上っている……気がする。
単純に殺すとかじゃなくて生き地獄なあたり、場合によってはそうとう深く根に持たれたんだろう。
「えーと、じゃあやっぱり、かなり怒ってる?」
「ああ、怒りたかった」
「たかった?」
こくり、と頷いてから彼女は立ち上がると。
「発掘に一年、修理に半年かかったのだからな。それはもう怒って喚き散らしたいくらいだったが──ああああもうたまらん!」
「なっ!?」
不意打ちだった。
急に飛びかかってきたフェスティスに俺は押し倒される。
幸いヴァーハナの中でのことなのでダメージはゼロだが。
「ちょ、お、おい!?」
「ふふふふふ隠そうとしても無駄だ我輩は全てお見通しなのだからな!」
左腕と体重を使って俺を押さえつけ、右手で下半身を弄ってくる。
っておーい! 性交するとは言ってないんですがね俺!
「さあ見せろ、ここにあるのは分かっている。抵抗したところで我輩の手からは逃れられんぞ……!」
「や、やめっ、あっ、そこは!?」
「ふぇ、フェスティスさん!? いきなりなにして……力づくなんてずるいですよ!?」
「こういうのは早いもの勝ち、隙を見せた方が悪いのだ! 見せてもらうぞ!」
ヤバイ。
レベル差ってやつなのか、見た目後衛職のフェスティスに全然抵抗できない!
ヒミナも力があるようには思えないが、まさかこんな形で貞操の危機が──ってあれ?
するりとフェスティスが離れていく。
確認するがナニはどうもなっていない。ズボンどころかチャックもばっちり閉まってる。
じゃあフェスティスはなにを?
と視線を向けると、彼女が掲げていたのは。
「スマホ?」
「スマホ! そういう名前なのだな! 素晴らしい、ボタンで表面が明るくなるな、表示されているのは時刻と……パスワード? ロックがかけられたスクリーンと言ったところか。いやしかし、このサイズで? このサイズで!? あふぅ!」
唐突に変な声を上げて身をくねらせるフェスティス。
え、なに、この人。
「なぁトウヤよ」
「え、あはい、なんでしょ」
「これ分解しても良いか!?」
「壊さずに分解して、壊さずにもとに戻せるなら」
「はぁん!」
「『はぁん』?」
「困ったな、ふふふふ、まったく分解できる気がしない。留め具すら見つからんぞ。修理する時はどうするつもりで作られているのだこれは……たまらん……たまらないぞ……ならば留め具がある方、トウヤよあそこに見えるネジを──」
「ええと……《│精神鎮静》」
「──外し……ああ、すまない、少し取り乱した」
ヒミナの法術を受けてようやくフェスティスは落ち着いた。
それから改めて深呼吸をして。
「つまり、こういうことだ」
「どういうことだ」
「我輩はその昔、異世界からやってきたという人間と知り合ってな。その時に科学と言うものを知った。それ以来、我輩は科学の虜なのだよ。人は我輩のことを魔女などと呼ぶが、それよりも│狂科学者と呼んで欲しいくらいに狂愛している」
「……ひょっとして一人称が『我輩』なのも?」
「察しが良いな。恐ろしく利己的に知識欲を満たす科学者、マッドサイエンティストはみなこう己を呼ぶのだとその異世界人に聞いたのだ。何事も形から、というわけだ」
ふふん、とその豊満な胸を張るフェスティス。
なんだろう、凄く残念な人な気がしてきた。
「ってことは、スマホがポケットにあるってことも?」
「いや? それはあれだ」
す、と指差す方向に視線を向けると、豪華な車内に不似合いなビニールシートがあった。
確かあれは謝罪する前に見えてはまずいと、壊してしまった麒麟のアーティファクツに被せたものだ。
「我輩、あれに《│使い魔》の魔術をかけていてな、視覚と聴覚の情報は必要なものをピックアップ出来るのだ」
視覚と聴覚のピックアップ……カメラとマイク付きってことかな。
「ゆえに、ここでの会話や動きなどはある程度把握していた。君がその小型の機械をポケットに入れるところもな」
「なるほど」
うんうん、と俺は納得しうなずきつつ。
あ──
っぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
つまりあれですよ奥さん、もし「黙っていれば分からないだろう」なーんて黙っていたら。
あらまあいやですわ奥さん、まず間違いなく状況は最悪でしたわね!
ナイスアギ、ナイスフラグ立て。
フラグブレイクしておいて良かった。
なんて内心で百面相をしつつも、顔には営業スマイルを浮かべておくことは忘れない。
なのに。
「ふふ」
意味ありげに笑うフェスティスさん。
オーケー、話題を変えよう。
「それで、俺からスマホを取り上げた理由は?」
「ふむ? これは衝動であって理由などなかったのだが、そうだな本題に入ろう」
理由なかったんかい。
俺はちょっと呆れて、それから納得した。
なるほど、確かに彼女はマッドだ、うん。
となれば次にどんな突拍子もないことを言ってくるか。
なんとなく身構える。
「トウヤ、君は商人だと聞いた。そこでどうだ、我輩を雇わないか?」
「え……? いや、だから依頼するって──」
「そうではない。我輩を従業員にしないか、ということだ」
「は……?」
ナニヲイッテルノコノヒト?
あまりに想定外だったので頭が麻痺した俺に、フェスティスは自信たっぷり笑みを浮かべる。
「自慢と受け取ってくれても構わないが、我輩は頭の巡りが良い。それはこのように、君の付き人である少年らに望ましい教訓を見せてやったことからも分かると思う」
言われて気づく。
確かに俺は、アギとマリに正直に言うことの大切さと恐ろしさを知ってほしかった。
それを彼女はアーティファクツを介して見聞きした内容から察し、二人にとって良い教訓となるようやりとりをしてくれたのだ。
正直に話すことで関係は悪化しない。
しかし損害の程度によっては大きな弱みになってしまう。
これで二人は正直に言うか嘘を吐くか、そのどちらも一概に正解とは言えないことを学んでくれるだろう。
「加えて、魔術法術に長け、錬金術を嗜み、科学に理解があり、弓術士でありながら接近格闘もこなす万能型だ。これから君が商人を生業とするならば、護衛としても商品開発としても値千金の人材だと自負するぞ」
いや、盛りすぎじゃない?
それって戦闘から日常まで全てにおいてハイスペックってことじゃないか。
そう思ってヒミナに視線を向ける。
「……全部本当です」
なぜか困ったような表情をしながら肯定した。
まじかよ。
いや、まて落ち着け俺。
美味い話には裏があるのだ。
「それで、そちらの要求は?」
「科学知識!」
フンス!とフェスティス鼻が鳴った。
あ、はい、そうですねマッドな方でしたもんね。
しかしそう言われても。
「専門家じゃないし、難しいな……」
「なんでも良いのだ! それはまあ欲を言えば専門書の類が理想なのだが……贅沢は言わん! この荷車やスマホを見せてくれるだけでも良い!」
「見せるったって、壊れない範囲に限ると大したことはないし、専門書も持ってないし──」
その時、俺に電流走る……!
なんて言っても大層なことではなく、連想が稲妻の如くコンボしただけだ。
専門書は持っていない。
が、スマホはネットにつなげることが出来る。
そしてスマホは新品をヴァーハナのオプション能力で出せる。
家電量販店への納品はトラック等の車両だし出来るはずだ。
それを使えば、電子書籍で専門書を買うことが出来るはずだ。
解・決!
「……異世界の科学だから、この世界に応用出来なくても責任取らないぞ」
「! あ、ああ……ああ! 無論だ!」
喜色満面で俺を見上げるフェスティス。
美人なエルフが子供のようにはしゃぐギャップが可愛い。
そう思うとなにか肩から力が抜けた。
「んじゃ、それでよければよろしく」
俺が右手を差し出すと。
「期待すると良い、我輩はきっと君の役に立つだろう!」
彼女もそれをしっかりと握り返し。
バサッ。
とテーブルの上に紙の束が現れた。
「……これは?」
「君が代表の商会設立の申請書、薬品取扱申請書、錬金施術許可申請書、法術薬の販売許可申請書、諸々の調合許可申請書各種に、ああ、あと我輩の雇用契約書とそれから──」
「……俺、サインするだけで良い?」
「それでも構いはしないが」
よし、ちょっと面倒だけどサインだけなら。
「我輩が婚姻届を混ぜていても文句は言わないでくれよ?」
「は!?」
「フェスティスさん!」
「ふふ、安心しろヒミナ。その場合ちゃんと君の分も用意しておく」
「……い、いえそういうことはなく!」
「今なんかちょっと間があったよね? ねぇヒミナ今ちょっと迷わなかった? ああもう分かった見ますよ一応全部目を通しますよ!」
そんなわけで。
俺はそれからしばらく書類の内容を確かめてはサインする作業に没頭するハメになった。




