二十七日目-7 相談と確認の3つ目、ケンタウロス
ヒミナは俺が無闇な戦闘を好まないことを知っている。
その上で傷つけないでほしいとお願いしてきたということは、自衛のためであっても極力反撃してほしくないということ。
当然あの状況では無茶な要求だ。
もしケンタウロスたちが引き下がらなかったら、ヴァーハナに乗る俺たちは平気でも村人がどうなったか分からない。
恐らくそれだけの重い理由があるのだろう。
「あの男性のケンタウロスを傷つけてほしくなかったのは、絶滅が危惧される恐れがあるためです」
「危惧される恐れ?」
ずいぶん婉曲な言い方だ。
でもヒミナが言うならそれはかなり信憑性のある話なのだろう。
なにせ聖皇女様だ、本来なら政治やら儀式やらをラマーナ山で執り行っているはずの存在なのだから。
「というのも、ケンタウロスは現在そのほとんどが真正聖王国に居まして、正確な人数が分からないのです。ですがケンタウロスという種族は非常に勇猛で、戦があれば真っ先に先陣を切る種族なので……魔族との戦闘には真っ先に参加しているものと思われます」
「だから数が減っているはずだと思われるわけか」
「加えて真正聖王国は亜人種に厳しく、またケンタウロスは走らないと消化器官がうまく働かないという体質もあって、急激に数を減らしていたのです」
……は?
それってつまり、戦となれば率先して戦闘に立つのに、怪我して走れなくなったら凄い勢いで衰弱する種族が、扱いの厳しい国にしかいない、ってことか?
いや、いやいやいや。
「どーしてそーなった……?」
「お恥ずかしい話ですが、聖皇神国は魔王打倒よりも民の保護に重きを置いていました。これに不満を持っていたタカ派が離反して真正聖王国を名乗り、魔王の早期討伐を掲げていました。ケンタウロスは戦場こそ最も尊い死に場所だと考える種族でしたので……」
「戦いが多そうな真正聖王国について行っちゃったのか……」
「はい……当代の聖皇女があまりに多いケンタウロスの犠牲者を見て、戦場から遠ざけたのも要因の一つになったのではと言われています」
そりゃあ絶滅の危惧の恐れも出るだろう。
戦場を大事にする種族をあえて後方に回すなんて、よほどのことがなければ行わないはずだ。
ということは、よほどのことがあったんだ。
実際に戦場で見たのか、それとも数字を見たのかは分からないが。
このままではケンタウロスが絶滅してしまうのではないか、そんな不安が生まれるほどの犠牲者数が出ていたんじゃないだろうか。
「ケンタウロスは戦を好みますが義に厚く真面目な性格が多い種族です。そんな彼らが山賊に身をやつしており、しかもその集団の中で男性が一人だけとなると」
「このまま前線にいては絶滅すると思って逃げ出した?」
「ありえないことではないと思います。もし、だとすると、それは戦死を誉とするケンタウロスであってなお、そう判断せざるを得ないほど数を減らしているということになります」
「だからたった一人の男性を万が一にも傷つけたくなかったってわけか。なるほどねぇ」
ソファの背もたれに体重を預け、ずずずずっとずり落ちつつ天井を見上げる。
たまに薄い本やらそっち方面のゲームに見られる設定だ。
──異世界やら未来やら無人島やらで、女多数男はたった一人。
種の保存のためには、と。
よりどりみどりなのは羨ましいけど、そこに義務感が生まれるのはなんかヤだなぁ。
ともあれ彼らは真正聖王国からの脱走兵である可能性があるわけだ。
それでこの辺りで山賊行為を……?
「……」
「トウヤさん?」
「ちなみに、女性のケンタウロスは戦力にならない?」
「いえ……男性よりは力や速度は劣る傾向はありますが、人間の騎兵の四倍相当と言われています」
強っ。
一般人との比較ではなく兵士との比較でそれなら、かなり強い。
聞いた話だとこの世界はレベルやスキルが存在する分、元の世界と比較すると個人の持つ戦力が高い。
元の世界だと一般人と一般兵の能力の差は、単純比較は出来ないにしても二倍あれば良い方だろう。
走力や腕力など純粋な身体能力は四倍あったら超人クラスじゃないだろうか。
だがこの世界では、一般人と一般兵の差がだいたい十倍くらいあるらしい。
RPGのゲームの置き換えれば分からなくもない。
低LVの市民キャラの能力と、鍛えられそこそこLVも上がっている兵士キャラの能力ではそれくらいの差は出るだろう。
それで考えると、女性のケンタウロスは一般人の四十倍ほどの能力があることになる。
えっとそれがあの時、丘に50人くらい居なかったっけ?
あれれ~? おかしいぞ?
「農民は身体能力が高くなりやすく手の空く時期がある……だから衛兵の仕事も兼業する人間が多く、臨時の徴兵でも真っ先に集められる……だったよな」
「はい」
そう、農民はたくましい。
生半可な山賊ならば自衛出来るくらいには強い。
しかしそうは言っても結局は専業として訓練された衛兵に比べれば素人だ。
「だとしても、一度撃退したっていうのか? 騎兵の二倍の戦力と言われているケンタウロスの集団を、この村の人たちが?」
あれ?と首を傾げたのはアギとマリの二人。
俺とヒミナは目を見合わせると、同席しているエルへ視線を向ける。
「間違いない。抵抗した結果、追い返せた。これは事実。なぜ追い返せたのかは、不明」
となるとケンタウロスたちが撤退した理由は、村側ではなくケンタウロスたち側にあった可能性が高い。
ヒミナの話も踏まえて考えると、穏便に済ませる糸口はありそうだ。
「よし。じゃあそれも会って説得を試みる方向で後は流れで、だな。それからヒミナには最後に」
ピクリ、とヒミナの肩が跳ねる。
「なんで俺が救世主なんて呼ばれることになっているのか、釈明を聞こうか」
「それは……その、私の力不足とも言えるのですが……」
彼女にしては珍しく言葉を濁しながらも答える。
「私の力では今まで食糧難を解決出来ませんでした。なので、今回のあの奇跡には私以外の要因があるはずだ、と皆さんそう考えていまして……その時にはもう、ラマーナ山ではトウヤさん有名人でしたので……」
「ふむ?」
「聖皇教会には、世界の危機には聖皇様が再来し聖皇女と共にこれを救う、という予言もあるので、トウヤさんが聖皇様の再来、つまり救世主ではないか、いいやそうに違いない!と盛り上がっていたようで」
「え」
「けれどトウヤさんの希望で表向きは私の奇跡ということになっていましたから、噂話に留まってはいたのですが、食料を運ぶ商人の方々にも伝わってしまったようです」
「……なるほど」
そりゃそうか。
ヒミナの奇跡ってことにしてしまえば俺には矛先が向かない、と思っていたけど、それが出来るならもうやっていたはずだろう、と言うわけだ。
だから今までは出来なくて今回は可能だった原因はなにかと考えると、急に現れて神官戦士たちを運び高待遇の客人扱いされている俺ではないか、と。
はい、俺の考えが浅いせいですね。
「じゃあ……しょうがないか」
「すみません」
「いやヒミナが謝ることでもないし。これは俺の見通しが甘かっただけで……しかしそうか、そんな予言があるのか……」
持っている力は使いたいものだし、知っている知識は披露したいものだ。
目立たないようにしようと思っていた俺も、無意識の内にヴァーハナの力をいろいろ使ってみたかったのかも知れない。
冷静になって考えてみると、確かに救世主と呼ばれてもしょうがないようなことはしている。
飢えに苦しむ人々にどこからともなく食料を生み出し与えるなんて、元の世界にだってある救世主の行いの一つだ。
反省はしないけど対策は考えないと。
「あの……なぜトウヤさんは、そんなにもその、名を知られることを嫌うんですか?」
「ん?」
マリは不思議そうに首を傾げていた。




