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二十七日目-4 魔女のお話

 結局俺は村長の家で夕食をご馳走してもらうことになった。

 テーブルに並んでいるのはパンと豆と野菜のスープ、それに肉の塊。


「お口に合うと良いのですが……」


 村長の奥さんは不安そうに言っていたが、全然美味い。

 パンは普通で、肉はちょっと、うん、硬めのお肉ですねって感じ。

 でもスープが美味い。

 使ってる野菜が良いのだろう。

 トロトロになるまで煮込まれたスープには旨味が凝縮されている。

 飲むとじんわりと胃袋に染み渡りまるで癒やされていくかのようだ。

 この感覚、火傷に氷嚢を押し当てた時に似ている気がする。

 ホッと一息着く感じ?

 成り行きで食事は俺ばっかり作ってたから、どうしてもこってり系ばっかりになってたからな。

 っていうかこれ食べて今始めてそれに気づいたくらいだ。

 うぅむ、いかんな。

 アギとマリという成長真っ盛りのお子様がいるのだ。

 少しは栄養バランスを考えたメニューを意識するべきだった。


「……」


 落ち着きなく村長と俺の顔を交互に見る奥さん。

 どうしたんだろう……あ、ひょっとして俺の感想待ち?


「美味しいです。とても……最近刺激の多いものばかり食べていたので、落ち着きます」

「そうですか? そうですか……!」


 胸を撫で下ろす奥さん。

 リアルに胸を撫で下ろす人は初めて見たな。


「……実は、トウヤ様にお願いしたいことがありまして」


 食後の白湯が置かれたところで村長がおずおずと切り出す。

 来たか、と俺は身構える。

 もちろんこの村のことは助けたいとは思っている。

 思っているの、だが。

 縋られるのは、なんか、こう、嫌だ。

 俺は普通の人間なのだ。

 なんか救世主だとか大それたものと思われて、お慈悲をーみたいなのは嫌だ。

 だからそれをどう伝えるか。

 うまい言葉を考える。


「お恥ずかしい話ですが……食料を分けて頂きたいのです」


 はいはい、それで山賊を……ん?


「食料、ですか? あの山賊……ケンタウロスの討伐ではなく?」


 村長は頷いて、一度奥さんに視線を向ける。

 奥さんがこくりと頷くのを見て、改めて俺に向き直り口を開いた。


「順を追ってお話しますと、近くの森にあの魔女フェスティ様が訪れておりまして、食料を提供するよう求められているのです」

「魔女フェスティス」


 誰だそれは。

 どうも有名人のようだけど。


「大森林国エルランディアの筆頭法術士、という公式の肩書を持つ女性です」


 俺が一瞥したのに気づいてマリが補足してくれる。


「公式の肩書?」

「はい。しかし彼女は魔術にも精通するため、魔法使いと呼ばれることも多いと聞きます。また錬金術を得意としてあらゆる薬と毒を作るそうで、総じて『魔女』と呼ばれることが最も多いそうです」


 なるほど、天才魔法使いってところか。


「でもエルランディアの人が、なぜ近くに?」

「数年前、遺跡調査のため国賓として入国されたのです。どうもこの村の近くに遺跡があるようで森に滞在されているのです」

「それでこの村に食料を求めている……と」

「はい……遺跡を調査してもらっているので、必要なものは徴収する権限もあるのです」

「だからって食料を分けてもらわないと出せないくらいの食料を? それは横暴なのでは」

「ああいえ! 魔女様は一応、無理を言っているわけではないのです」

「それはどういう?」


 村長は奥さんを顔を見合わせると、ため息を吐いて肩を落とし肩身が狭そうに語る。


「その……魔女様は最初に村を訪れた時に、効果の高い肥料だと言って液体を置いていったのです。これで収穫量が爆発的に増えるはずだから、その分多く食料を分けて欲しい、と。さらにはその肥料のレシピまで置いて行かれたのです」

「それで、その肥料の効果は」

「素晴らしいものでした。だいたいですがいつもの五倍の量が収穫出来るほど、不思議な効果を持つ肥料だったのです」

「なら要求通りに渡せるのでは?」

「……ここからは、お恥ずかしい話になります」


 村長はそう前置きをして、本当に恥ずかしそうに顔を伏せる。


「その頃聖皇神国は食糧難に陥っており、領主からの徴税も重く、我々はその食料のほとんどを手放してしまったのです」

「なるほど。でも肥料のレシピがあるなら、それでまた五倍の作物を作れば良いのでは」

「そう思いました。思って、しまったんです……これが、そのレシピです」


 テーブルの上に差し出される紙。

 こちらの文字は読めないが、女神様になにか付与されたのか見ていると徐々に日本語に翻訳されて見える。

 そこに書かれているのは薬草や鉱石、さらに爪や髪なんていかにも魔女の鍋に放り込まれそうな素材が書かれていた。

 中でも一際目立つ素材が一つ。


「……竜の鱗」

「はい……確かに竜には鱗の生え変わりがあり、その時期に巣に向かえば比較的安全に手に入るには入るのですが……」

「一般人には無理な話、ですね」

「そうなのです……結果、この肥料を作ることはできず、食料引き渡しの期日が迫ってしまい」

「期日はいつなんですか?」

「……明日です」

「明日……明日?」

「はい……このままでは魔女様に顔向け出来ません。そしてそれはこの村だけで収まる問題で終われば良いのですが、最悪国全体に関わる事態に発展しかねません」


 確かにその魔女の性格は分からないが、事を荒立てなくても気分を悪くして帰ってしまうなんてことはあり得る。

 幸い食料を提供するだけなら余裕だ。

 今夜誰も見てないところでトラックに変えて用意しておけば良い。


「分かりました。一応出来ることはやってみましょう」

「おお! ありがとうございます! この恩は、必ずや──」

「いえ、それより山賊の方が良いのですか?」


 一応確認すると、村長はきょとんとしてから、どこか疲れた笑みを浮かべた。


「ええ。もとより南にあるダンジョンのせいでこれ以上の開拓は望めませんし、昨今領主からの税も厳しい。ならば最悪」


 村長はまた奥さんを見て、二人揃って頷き俺をまっすぐに見つめる。


「この村を捨てれば良い、と思っていますので」

「……」


 へー、言われてみればその通りですね。

 なんて軽い話じゃない。

 ここには畑がある。

 家だってあるし、なにより今までの生活が、思い出がある。

 それらを全部捨てようというのだ。

 そしてそれからどうする?

 他の村に移民するしかないだろう。

 それは。


「……困りますね」

「え?」


 うん、困る。

 だって俺は救世主じゃない、

 ただの人間だ。

 だから。


「この村がなくなったら、恩を返して貰えなくなるじゃあないですか」


 無償の奉仕なんてまっぴら御免だ。

 そんなことしたらますます変な風評が一人歩きする。


「……そうですか、そうですよね。誰かに頼ろうとするのが甘かったのです。いや、気分がすっきりしました! ではトウヤ様は明日の朝一番に出立を──」

「いいえ。食料は用意します」

「え……それでは、まさか」


 驚く村長に俺は頷く。


「山賊もどうにかしますし、竜の鱗も用意します」

「おお──え? 竜の鱗も?」

「ただし、この村にもちょっとお願いを聞いて貰いますからね」


 竜の鱗がそんなに意外だったのか、唖然とした村長は俺がいいですねと念を入れるまでポカンと口を開いていた。

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