二十七日目-3 業務上過失傷害には気をつけよう
山賊と聞いて皆さんはどのようなものを想像するだろう。
俺はこう、ナイフやら剣やらを持って、ちょっとアラビアンな服装にバンダナとかした集団を想像してました。
あるいは、熊の毛皮っぽい服に斧を持った集団とか。
俺たちは今、村のはずれで山賊たちと真っ向から対峙している。
小高い丘の上から俺たちと村人たちを見下ろす山賊たち。
その姿、屈強にしてがっしりとした上半身に、むっちりとして重厚感のある鹿毛の下半身は紛うことなき馬のもの。
そうです、ケンタウロスです。
ケンタウロスの集団が、丘の上から村を、そして俺たちを見下ろしていた。
ちなみに全員女性。
いや、集団のやや奥に一人だけ男性がいる……違う、二人だ。
たった一人の男性ケンタウロスの背に、一人の人間の男性が跨っている。
なんとも奇妙な割合だ。
「答えを聞こう!」
この世界のケンタウロスは男性が希少なのだろうか、と言うのをヒミナに確認する間もなく、ケンタウロスの男性が大声で言い放つ。
彼が頭領かとも思ったが、よく見れば口を開く前には必ず背に跨った男性が耳打ちをしている。
ケンタウロスの男性は伝令役か頭領、その背の男が軍師役か頭領、と言ったところだろう。
ともあれ、いざとなったらあの二人をどうにかすれば良さそうだ。
「しかし、なんであんな距離から話かけてるんだ?」
俺が疑問を口にすると、それに答えたのはヒミナだった。
「ケンタウロスは突進力と機動力がありますから、駆け下りて加速するための距離ではないかと。あとは、一部が側面に迂回して挟撃を狙う手段も考慮しているのではないかと」
「攻撃すること前提ってことか」
「そうなります。けれど、ケンタウロスですか……トウヤさん、出来たらあの男性は傷をつけないようにお願いします」
「え、傷つけないように?」
中々ハードルの高い要求をするヒミナに思わず振り向いて確認するも、彼女はこくりと頷く。
「はい。ちょっと思い当たることがありますので……すみません、わがままと承知していますが、お願いしま──あ、えっと……」
そこでなぜかヒミナは言いよどんでから、コホン、と咳払いを一つ。
よし、と気合を入れると俺を上目遣いで見て。
「お願いっ、お兄ちゃん♪」
……おっふ。
なんて言えばいいのかな、こう──心臓を鷲掴みにされました。
ずるい。
これはずるい。
ヒミナにこんな風に言われて断れるやつがいたら見てみたい。
見つけ次第俺がぶっ飛ばしてやる。
しかも見ろ、慣れないことをしたせいでヒミナの顔は真っ赤だ。
その羞恥心を堪える表情、ブラヴォー、おお、ブラヴォー!
これはそのお願いを聞かないわけにはいかない。
「任せろ! ところでそのお願いの仕方、自分で思いついたの?」
「いえ、女神様の知識で」
あの女神様俺についての弱点を色々とヒミナにバラしてるなおい!?
ホント勘弁して欲しいけどおかげでいいものが見れましたありがとうございます!
という感謝の祈りは後で捧げるとして。
「んじゃマリちゃん、一応アナウンスを」
「わかりました」
ここに向かう途中でオプションで追加したマイクを手にとって、マリは調子を確かめるように喉元を触ってから口を開く。
『丘の上のケンタウロス族に告げます。こちらの車は聖皇教会客人、トウヤ様が運転している神器です。トウヤ様は皆様の行為を武力示威による脅迫ではないかと憂慮されております。もし皆様が平和的解決を望むのであれば、武装を解除しこちらにゆっくりと歩いてきてもらえますでしょうか』
外部スピーカーから流れるマリの声。
いやしかし喋る内容なんて全然打ち合わせしていないのに、良くすらすらとそんなことが言えるものだ。
俺が言ったらもっとしどろもどろにぐだぐだになった上、言いたいことがよく分からなくなるに違いない。
そんな俺が絶賛するような内容を聞いてケンタウロス達は。
「奇っ怪な車の者よ、我々はそのような言葉を鵜呑みにするような無知ではない。神器であると言うのであれば、それを示して欲しい!」
ケンタウロス達は互いに顔を見合わせていたが、男性のケンタウロスは背中の男になにか囁かれそう返してきた。
「要訳すると、教会の名前だけで退くつもりはないし、こちらを止めるだけの力があるならそれを見せてみろ、と言うことかと」
「ふむ」
俺は少し考える。
ヴァーハナを別の車両に変えてみせたらどうか。
……駄目な気がする。幻術だはったりだとか言われそう。
戦車にして砲撃してみたら。
……怪我では済まないよね。
しょうがない。
俺はスマホを片手に車の外に出る。
……うひー! すっごい心臓がドキドキするぅ!
まだ距離があるから大丈夫だろうとは思うけど、敵性集団の前でヴァーハナ降りるの初めてだからね!
けど力を示せと言われたらしょうがない。
大丈夫、ジャンプ一つでヴァーハナに飛び込める距離だ。
あのケンタウロス達の誰かが「残像だ」って一瞬で背後に回り込むほど素早い、なんてことがなければ危険はないはず。
そしてケンタウロスがそんなに早く動く作品見たことないし!
いないよね?
いるなよ!?
胸の内でお祈りしつつ、俺は右手を頭上に掲げ、左手でスマホの画面をタップ。
キュン!
赤白い光が俺の右手から放たれ、空へと登っていく。
シュバルトの騎竜レヴァインに使った魔法《収束熱光・簡易版》だ。
天高くまっすぐに、空を真っ二つに割る魔法は威嚇としては十分だろう。
実際、ケンタウロス達がどよめく気配があって。
──どさり。
「え?」
目の前に落ちてきたモノを見て俺は目を疑う。
──親方! 空からなんか馬っぽい見た目のなにかが!
なんて脳内でセリフが声優さん付きで再生されてしまうほど予想外に、それは空から目の前に落ちてきた。
うん、馬っぽい。
だけど馬よりちょっと小柄で、竜みたいな角とか鱗とか、あと装甲? 装飾? みたいなのもついている。
しかし腹部が痛々しく炭化していた。
まるで真下から超高熱の炎でも直撃したかのように。
「お、おい、あれは……麒麟ではないか?」
ケンタウロス達の声が耳に入る。
いやいや、キリンが空飛ぶわけないじゃない、ゾウじゃあるまいし。
「聞いたことのある神獣麒麟の姿そのままだ……あの男、麒麟を撃ち落としたのか!」
ケンタウロスのうちの一人が、驚愕のためかうわずった声で叫ぶ。
え? あ、やっぱそうなる?
これ、俺の魔法が当たった結果か。
不慮の事故なんだけど……俺のせい?
「馬鹿な、麒麟は飛行中不可視の魔法を使っているため視認できないはずだぞ」
「しかし現にあれは麒麟だ!」
「ではなんだ、あの男は、力を示せと言われて麒麟を撃ち落としたというのか!?」
「あの男にとって麒麟を撃ち落とすことはデモンストレーションレベルだと!?」
お、おおう。
完璧に偶然なのにケンタウロスさんたちが勝手に誤解してくれている。
よし、これは乗っかっておこう。
俺は頑張って不敵に笑って見せる。
「! 見ろあの顔を!」
「残虐な顔だ……神獣であれど獲物としか見ていない顔だ!」
「おお、なんと恐ろしい! 神の使いである麒麟を落として笑っていられるなど!」
あれ、なんか予定していない方向に効果が出てる。
俺みたいな人畜無害の善人を捕まえて恐ろしい存在のように言われると心外なんだけど。
「て、撤退だ、退け……ここは退け!」
ケンタウロスの背に乗っている男が慌てたように指示を出す。
「し、しかし! アレほどの手合がいるのであれば、やはり交渉の席に着くしか……」
「バカかお前は! あんなやつ最初から村にいたか? いねーだろ! つまり、あいつは旅人かなんかで偶然ここにいるんだよ! だから、ずっとここにいるわけじゃねえ!」
「む……ぅ……」
「おら退け! 退いて日を改めるぞ! どんだけ強かろうと戦わなければいいだけの話だ、おら!」
「ッ──退却!」
背中の男にゲシゲシと腹を蹴られたから、というわけではないだろうが、ケンタウロスの男性が号令を出す。
すると綺麗に整列するようにケンタウロス達は走り出し、あっという間に丘からいなくなった。
残ったのは、俺たちと対応に出てきていた村の人間が十数名。
それから。
「……」
なんだか体がプルプル震えだした、麒麟らしき存在のみ。
えっと。
「お、お客様の中に回復まほ……法術が使える方はおられないでしょうか!?」
「……一応、人並みですけど」
謙遜をしながらおずおずと手を上げてくれるヒミナ。
「私も、ちょっとなら」
ちょこんと手を上げるエル。
よし、二人いれば十分だろう。
「お願いします!」
「わかりました」
「ん」
二人が車内から降りてきて麒麟の治療にあたる。
交通事故なんかの場合、ぶつかった動物は痙攣を始めたら手遅れと聞いたことがある。
しかしそこは異世界の法術。
二人の治療を受ければ、きっと回復するはず。
助かるかな?
助かるよね?
ハラハラしながら見守っていると、トントンと後ろから肩を叩かれる。
振り向けばそこには、農具で武装したおじさんたちと、むちゃくちゃ髭の長いおじいさんが一人。
「あの……あなた方は……」
「あ、はい」
そうだよなぁ、説明もなしにいきなりケンタウロスと交渉するわ麒麟を落とすわ。
一から説明しないとですよね。
となるとどこから話したものか。
毎度マリに頼るのも情けないし、ここくらい自分でどうにかしようと思った。
思ったんですよ。
思ったんですけども。
「その車、その立ち振舞……まさか救世主トウヤ様、なのですか?」
「はい?」
救世主? なにそれ、飯屋の間違いじゃない?
とか思っている間に、俺の返答を肯定と取ったらしく。
「お……おお! 皆のもの! トウヤ様じゃ! 救世主トウヤ様がお越しくださったぞ!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
盛り上がるおじさんたち。
なぜか平伏して涙を流すおじいさん。
いつの間にかおばさんや子供も集まってきて、祈りの言葉らしきものも唱えられる。
どういうことだろう、とヒミナに視線を向けると、さっと顔を逸らされた。
はい、知っていますっていう自供を一つ頂きました。
後で問い詰めるからね、小一時間問い詰めるからね?
なんて心に決めつつもどうしたらいいのか分からず立ち尽くす。
それを見て慌ててマリが降りてきて、おじいさんやらおじさんに何事か話しをしてくれる。
すみません、毎度お世話になります。
折衝を全てマリに任せて、俺は今日の晩ごはんのことを考えることにする。
これは現実逃避ではない。
マリへのお礼に好物を作ってあげようという、極めて現実的かつ論理的思考なのだ。
故に。
繰り返す、これは現実逃避ではない。
ないんだってば。




