二十七日目-2 世は情け
どこまでも続いているような畑。
心地よいせせらぎを奏でる小川。
東側には緑豊かな森が広がり、開拓の途中なのだろうか、切り株がいくつか見える。
フィエルという名前の村は、そんな光景から始まっていた。
なんというか、新鮮な光景だ。
サンテラを始め、ラマーナ山を除いて壁がない集落というのは見たことがなかった。
野生の動物避けにしか役に立ちそうにない柵が散見される程度で、ずいぶんと長閑な景色。
まさに平和の二文字がふさわしいと言えそうなのだが。
「……山賊が、出たんです」
村の入り口で車を止めて、マリが慎重に事情を尋ねるとミッシェルと呼ばれた少女はぽつりぽつりと語りだした。
「最初は作物を盗むくらいだったんですけど、この前、直接襲撃してきて……大人の人がいっぱい怪我をしました」
「それは……大変だったんですね。山賊は倒せたのですか?」
マリが尋ねるとミッシェルはブンブンと首を振る。
「撃退するので手一杯で……彼らは去り際に言いました。『諸君の健闘を讃えてここは退こう。そして選択肢を与えよう。我々を用心棒として雇うか、我々に奪いつくされるか、そのどちらかを』と」
「用心棒、ですか?」
「近くに迷宮があるんです。二年に一度掃除される程度の小規模なものですが、それのせいで村の開拓が伸び悩んでいるんです。冒険者が常駐出来るようであれば、迷宮方面にも大きく伸ばせるんですが、そんなお金は村にはなくて」
「山賊はそれを知っていて、用心棒を申し出たと」
「多分、ですけど。でも冒険者を雇うだけのお金もないのに、山賊たちを用心棒にするなんて無理ですし信用できません。だから、村の老人で山賊を装って商人を襲おう、と」
ははぁん。
ここまででなんとなく、話の筋が分かった。
つまり。
「山賊に襲われ荷物を奪われた商人は街に戻って冒険者を雇い、荷物を取り戻そうとする。村のお金を使わずに山賊を撃退出来る、と」
あ、はい、マリさんも分かってました。
「……でもおじいさんたち顔を隠していませんでしたね。ひょっとして、成功したら山賊の仲間になって冒険者たちを誘導しつつ諸共に犠牲になるつもりだったんですか?」
え。
いやいやさすがにそれはないでしょ。
あの爺さんたち全然そんな悲壮な雰囲気出してなかったし。
「……」
こくり、と頷くミッシェル。
マジっすか。
ああ、でもそうか、だから老人だったのか。
後で犠牲になる予定だから、貴重な労働力である若者は使えない。
それで違和感が出ることは覚悟で老人たちだったと。
はぁ、とマリが胸に詰まったものを吐き出すようにため息を吐く。
「言いにくいことですが、ミッシェルさん、その計画には大きな穴があります」
「……穴?」
「はい。ミッシェルさんとエルさんのお二人で囮をしていたということですが」
「うん」
動じない子、エルが自分の名前を呼ばれてこくりと頷く。
「まず、いくら街道とは言ってもお二人くらいの年齢の子が大人も連れずにいる、ということはかなり不自然です」
「え」
「え」
「『え』?」
最初の「え」はミッシェルが。
二つ目の「え」は俺が。
三つ目のはマリが不思議そうな顔をしながら俺を見つつ言ったものだ。
いやそりゃ不自然だなとは思ったよ?
思ったけど、この世界ではそういうもんなのかな、って思ったんだもの。
しょうがないじゃん?
というのを口にしても仕方ないので、俺は全力で素知らぬ笑顔を作り上げ続きを促す。
「そしてそんな不自然な状況を説明出来るものが一つ、あります。『子供釣り』と呼ばれる、山賊の古典的な襲撃方法です」
「古典……的?」
「そうです。だいたいは誘拐した子供を脅して訓練して行われる手法です。商人組合が対策として『馬車に乗せず歩かせること』と周知した結果、今では被害がほぼ0件と廃れてしまったほど古典的な手です」
「それじゃあ……」
「引っかかる人はほとんどいません」
「で、でも!」
ミッシェルが「引っかかったじゃん!」と言いたそうな顔で俺を見る。
そうですね! 俺ってば引っかかりましたね! その古典的手法に!
考えてみたらあの時のヒミナの「良いんですか?」はそう言う意味だったんだなぁ。
まあこうなっては後の祭りだ。
アギとマリは俺を偉人みたいに思っている節があるから、これを機に普通の人間なんだと思い直してもらおう。
「ええ、そうですね。トウヤさんはお二人を乗せました」
ちらりと俺に視線を送ってくるマリ。
それに恥ずかしげに頬を掻いてみせつつ俺はてへぺろと笑──いやキモいからやめよう、苦笑いして頷く。
マリもそんな俺にクスリと笑ってからミッシェルに向き直り。
「ですから、もう安心して良いんですよ」
優しく、年齢にそぐわない慈愛に満ちた所作でマリがミッシェルを撫でる。
「ん?」
予定外にして想定外の発言に疑問符が口を突いて出るが、マリは気づかずに続ける。
「トウヤさんは聖皇教会の客人にして神器の持ち主。乗せたのはお二人を助けようと思ったからなのです」
「──」
え、と言いそうになるのを頑張って堪える。
もちろんそんなつもりはこれっぽっちもない──いや、なかった。
しかし事情を聞いてしまった今となっては、どうにかしてあげたいとは思っている。
でもそれとは別に素で引っかかったことには代わりないので、素直に訂正したい。
したかった。
でも駄目だった。
だってマリさんってばキラキラした目で「ですよね」って俺を見つめるんですもの!
やめて! おじさんそんな希望に満ちた目からグラデーションを奪い取るような心の痛む真似、できない!
「そ、そうなの!? ですか!?」
皆さんご存知だっただろうか。
キラキラは感染するのだ。
ミッシェルまで期待に満ちた眼差しで俺を見つめる。
これでキラキラが2倍に。
一人につき目は二つあるので、4倍。
さらに可愛い女の子補正で16倍にまで膨れ上がったキラキラが迫ってくるもんだから。
「……ああ、俺に任せとけ!」
b!とサムズアップする。
してしまう。
二人の空気に流されて俺は調子よくOKしてしまうのだ。
ああ、今ちょっとだけ、後楽園で僕と握手しているヒーローの気持ちが分かった。あれって今でもやってるんだろうか。
パアアアアア、と表情を明るくするミッシェル。
ナイフ突きつけた時素で驚いてたよね?と怪訝そうな顔のエル。
なんか色々と過剰評価の誤解をしていそうなマリの眼差し。
ニコニコと微笑んでいるヒミナ。
そしてニヤニヤと俺を見ているアギ。
アギ君、絶対色々と察してるでしょ、この状況を面白がっているでしょ。
ともあれこれで大体の方針は決まってしまった。
フィエル村の山賊退治。
クエスト名にするとこんな感じになるのだろうか。
今はまだミッシェルとの口約束にしか過ぎないので取り返しもつくのだが。
うん、拙者知ってるでござるよ。
こういう会話はフラグって言うんでござるよ、拙者は詳しいのでござるよ。
なんて心の中で思うことでフラグブレイクにならないかなぁ、という期待も虚しく。
「山賊だー!」
遠くから響いてきた悲鳴じみた声に、ミッシェルがサッと顔を青くする。
そしてマリが怖い気持ちを抑え込むようにギュッと俺の服の裾を掴む。
うん、まあ、知ってた。
「……乱戦になる前ならどうにかなるかな」
いざとなれば不本意ながらひき逃げすれば撃退できるはずだ。
車による速度と質量はこの世界でも凶器になりうると、俺は異世界デビュー二日目で確認している。
嫌な緊張感をため息にして吐き出して、手袋をキュッとはめ直しサイドブレーキを解除、声の方へとクラウンを走らせる。
願わくば、山賊がよくある噛ませキャラでありますように。




