二十六日目 出発
25日目
最近色々有りすぎた。
なんだろう、俺は本来こういう人間じゃないはずだと思うんだ。
政治や捕虜の返還処理や農業改革やら、そういうのはさっぱりの門外漢のはずなのだ。
だからスマホが悪い。調べたら答えがだいたい出てくるのがいけない。
なまじ答えられてしまうから、次々と質問が投げかけられるのだ。
感謝されることはやぶさかではないが、一国の政に首をつっこんでると思うと、こう、胃の中が重たくなってくる。
なので、本業に戻ります。私、普通の男の子に戻ります。
そんなわけで今日のお客さんは一人の少女。
料金は、まだ貰ってない。
まだ目的地についてないからね、しょうがないね。
くぁ、と俺はあくびを噛み殺す。
最近久しく着ていなかったスーツを身に纏い、身も心も引き締まる思い、がしたのは30分くらいだった。
色々な面倒事とか、お偉いさんの話とか、疲れることが多かった。
だからだろう。
運転席でこうしてスマホをいじっていても、妙な倦怠感と眠気が俺に襲いかかってくる。
しかしこうしてハンドルの前で暇していると、前の世界のことを思い出す。
あっちでもお客を待っている時は、こうしてスマホいじったり、眠気覚ましのガムを噛んだりしてたなぁ。
そういえばヴァーハナをクラウンにするのも久々だ。
最近はひたすらトラックやダンプカーにキャンピングトレーナーばかりに変えていたからだ。
だから回数でいえば別の車種の方が乗っているのだけど、この運転席の方が妙に落ち着くのは前の世界から乗っているからだろうか。
あの時と違うことと言えば、助手席に二人の子供が座っていること。
アギとマリは俺と違い、眠そうな様子などまったくなくカーナビをいじっている。
地理の勉強らしい。
真面目か。
そんな二人は最近正式に「教会からの監視役」から「付き人」に変更になった。
二人の仕事がそれでどう変わるのか俺には分からなかったが、二人とも嬉しそうだったのできっと良いことなのだろう。
なんて回想をしていると、コンコンと窓をノックする音が聞こえた。
「はいはい」
後部座席のドアを開くと、するりと慣れた様子で入ってくる人影が一つ。
さらさらな黒髪、ぱっつんとした前髪の、絶世の美少女だった。
俺のよく知る聖皇女様とクリソツな女の子だった。
違う点と言えば、巫女装束ではなくて仕立ての良さそうなワンピースを着ていることくらい。
彼女はバックミラー越しに俺を見ると、にっこりと笑う。
「運転手さん、出してください」
「はいよ。それでお客さん、どちらまで?」
「そうですね……とりあえず」
サイドブレーキを解除してアクセルをゆるりと踏み込む。
慣性をほとんど感じさせずに車は走り出す。
ちらりと後方を確認すると、フィッツと他五名ほどがこっちに走ってきていた。
まるで怪盗を追いかけるICPOの刑事のような形相で、なにか必死に叫んでいた。
が。
「が、がおー!」
「!?!?!?」
彼らは車の間に突如現れた謎の竜の姿に驚き、尻もちをつく。
「ご、ごめんね? あ、それと、お、お世話になりました」
謎の竜はペコリと頭を下げて飛び立つ。
その間にクラウンは加速し、この世界だとワイバーンやドラゴン以外では追いつけない速度に達して。
「私、海って見たことないんですよ」
車外のやりとりには一切目を向けず、少女がそう言って両手を合わせる。
「では、海ですか?」
確認に聞いてみる。
「はい、海でお願いします!」
少女は嬉しそうに答える。
アギとマリがカーナビに「海」と入力する。
カーナビが「目的地が設定されました」と機械音声で告げる。
まじかよ海で目的地設定出来るのかよ聞いてないぞ、とかちょっと驚いたのを隠しつつ。
「かしこまりました。では私風見瞳夜が安心安全運転でお客様を海までお送り致します」
「はい!」
クラウンはエルヴェイン山脈を迂回するために東に向かって走っていく。
名も知らぬ少女を乗せて。
うん。
名前をまだ聞いてないから彼女が聖皇女であるなど俺に分かるはずもなく、だから俺は無実なのだ。
フィッツにはちょっとだけ悪いと思うが。
「♪」
楽しそうに体を揺らすヒミ──名も知らぬ少女。
可愛い。
そして可愛いは正義。
可愛いは無罪。
よって俺は悪くない。Q.E.D.
海はまだまだ遠かった。




