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七日目-3 プランB、交渉

 少しだけこの世界の地理の話をしよう。

 聖皇神国はかつて世界の8割の国に教会を持つ最大宗教国家だった。

 そのため現在も国土は広く、大陸の中央近くから南部に向けて広がっている。

 その北には西側に魔王領、東側に真正聖王国がある。

 そして聖皇神国の西に大森林国エルランディア、南に八島連合オクトルフ。

 この大陸の勢力図はだいたいそうなっている。らしい。

 目的地であるエルヴェイン連峰は聖皇神国の中央やや北寄りに位置する。

 魔王領と聖皇神国を隔てるグラム山脈は大陸を北東から南西に掛けて大きく蛇行して伸びる岩山で、「H」の左上と右下を削ったような形らしい。

 その左側中程、グラム山脈の西部にあたる場所に、俺達は運ばれていた。


 ということをカーナビのマップと合わせてヒミナが教えてくれた。

 そして領土としてはエルランディアの中であること。

 つまり聖皇神国からの救助は期待できそうにないことも。

 ……あれ? 割とピンチじゃない?

 俺の中のプランA「籠城」が早くも終了の危機なんですが。

 とか思っているとガァン!と大きめの衝撃が走った。

 どうも着地したらしい。

 周囲を確認すると山頂が大きく窪んだ場所に運び込まれていた。

 カルデラというやつだろう。

 そして目の前には、竜。

 赤紫色の鱗をした四足で首の長い竜がいた。

 その竜が口を開く。


「人間どもよ、貴様らの中でもっとも高貴な乙女を差し出せ! そうすれば他は助けてやるぞ」


 ズシン、ズシィン!

 威嚇のように竜が足で地面を叩く。


「高貴な乙女って」


 ずいぶんまたピンポイントな要求だ。

 ヤマタノオロチも生贄に娘を要求してたし、ドラゴンってそういうのを好むんだろうか。

 いや、ヤマタノオロチは蛇か。あれ、でも龍神として祀っていたところもあったような……いやいや、いまはそれどころじゃない。

 言葉が通じるなら交渉出来るってことだ。

 俺は車をマローダーに変更する。

 地雷やミサイルの直撃にも耐える防御型の装甲車だ。

 民間でも買える車なのに外国の警察でも採用されていたりすることから、その防御性能はお墨付きと言える。

 それにオプションで外部スピーカーとマイクを付けた。

 プランB、交渉するためだ。


『あ、あー、テステス。えー、はじめましてドラゴンさん。女性は難しいですが別のものなら用意できますがいかがでしょう? 例えば、美味い酒とか』


 竜といえば酒好き、というのは安直だろうか。

 しかし数多くの英雄譚にて酒は強大な敵を倒す突破口だ。

 上手くいけば友好関係が築けるかも知れない。

 果たして返答は──


 ズシィン!


「あ? なんだかってーなオイ。潰れねーのかよ」


 え、なにそのいきなりなあらっぽい口調は。

 竜は突然口調を変えると、さらにズシンズシンズシンとマローダーを踏みつける。

 しかしこちらはプラスチック爆弾を底部に仕掛けられても平気という、頭のおかしい防御力を誇る装甲車だ。

 衝撃で上下にゆっさゆっさ揺さぶられるものの、車体はビクともしない。

 ……中にいる俺らはビックビクですがね!


『えぇと、お酒じゃ気に入りませんか? それじゃ美味しい肉とかも付けますよ? それもお酒に合うやつ』

「ちっ、こうるせーな。お前ら人間はなぁ、俺らの餌になってりゃいいんだよ!」


 ズシンズシンズシィン!

 竜は何度も何度も踏みつけを行う。

 しかしさすがマローダーだなんともないぜ!

 ミサイルの直撃を受けても搭乗者を守る触れ込みは伊達じゃないらしい。

 最初はおっかなかったが、大丈夫だと分かるとだいぶリラックスしてくる。

 そうすると考える余裕も出来るわけで。


「なぁ、竜ってみんなこんななのか?」

「分かりません。ただ人も魔族も竜にとって食べ物の一つであることは間違いないです。ですが、伝承では友好的に交渉しているものもあるので、全てではないかと」

「なるほど。個体差か」


 ヒミナの返答を受けて俺はプランCの変更を考える。

 交渉から、逃走へ。

 残された選択肢はそれくらいだ。

 あるいは撃退?

 いやぁ、無理でしょ。

 どこかの物語じゃ現代兵器で討伐してたりするけど、そもそも俺一般人だし。

 たとえここにRPGみたいなグレネードランチャーがあったとしても、それを担いで撃って命中させるとか無理ムリ。

 自慢じゃないけど俺はクソエイムだぞ。

 なので選択肢は逃走一択だ。

 ちょうど竜の方も踏みつけに疲れたのか、口を開いて大きく呼吸を整えて。


「ん?」


 あれ、なんか喉の奥が光ってない?

 ひょっとして、ファンタジーでドラゴンと言えばお決まりの?


「ブレスか!?」


 なんでそんな嬉しそうに言うの、アギくん。

 っていうか、まずい。

 ドラゴンのブレスと言えばだいたい炎だろう。

 炎自体は問題ないだろうけれど、以前どこかで核爆発の中心温度には戦車に乗っていても耐えられないと読んだことがある。

 あのブレスがそれに近い熱を持っているとしたら、マローダーが耐えても中にいる俺たちが耐えられない可能性がある。


「やばっ」


 回避のためにギアをバックにいれてアクセルを踏み込む、その直前に。


「《温度調整(アジャストメント)》──大丈夫ですトウヤさん、そのままで」


 ヒミナに言われて、それを信じて足をアクセルから離しブレーキを踏み込んでおく。

 直後。

 ゴウッ!

 強風が吹き荒れているような音と共に視界が赤とオレンジの炎に染まる。

 が、それだけ。

 マローダーのフロントガラスは溶けるようなこともなく、車内の温度も上がることはなかった。


「……なんだと?」


 さすがにこれには竜も驚いたようだ。

 明らかにうろたえた様子で目を見開く。


「トウヤさんの神器が不滅のおかげです。加護を受けているトウヤさんは熱も問題ないでしょうが、同乗者である私達はその加護を適用されるか分かりませんでした。ですから周囲の気温を安定化させる法術を使いました。炎自体はトウヤさんの神器が防いでくれるので、このような生活法術でもお役に立てたようです」


 え、神器って不滅なの?

 いやでも俺のは普通のクラウンが女神様によってヴァーハナになっただけだからなぁ。

 そう思われてるだけで、本当は壊れる可能性だってあるんじゃないだろうか。

 しかしヒミナが使ったものに防御効果がないのだとすれば、ドラゴンのブレスを防いだのはヴァーハナということになる。

 マローダーの性能かヴァーハナであることによるものなのかは分からないが、まあどちらでも良し。


「これでトウヤさんの思惑どおり、竜に一切の攻撃が無駄であると思わせることが出来ました。交渉はここからですね」


 あっ、はい。

 すっかり逃げる気になっていたけれど、言われてみれば確かに竜が攻め手を失った今こそ交渉の好機だ。

 俺は再度マイクを手に取る。


『無駄だと分かっていただけましたか? 食欲を満たすだけならもっと美味しいものが良いのではないでしょうか。世にも珍しい味の数々を用意しますがいかがでしょうか』

「黙れ! 俺はな、そのお──」

「──面白いことを聞いた」


 唐突な第三者の声が響く。

 暴れていた竜はゆっくりと振り向いて。


「げっ、スヴィアスフィア──」

「様が抜けているぞ?」

「──様」

「うむ」


 え、なに、どうなってるの。

 フロントガラスの死角に入っているらしく、俺からは姿が見えない。

 と思っていたらズズゥンと地響きを立てながら新しい竜が着陸した。

 その姿、偉容の一言に尽きる。

 まず巨大だ。

 赤紫の竜は片足でリムジンを鷲掴みにするほど巨大だったが、その倍以上に大きい。

 そして光沢のある白い鱗には紫の模様が浮かび、額や肩や胸部に金色の鎧のようなものを着ているように見える。

 鎧を着ているってことはないと思うので、鱗が変化した装甲だろうか。

 とにかく、重要なことは。


『……カッコイイ……!』


 思わずマイクを持ったまま言ってしまうほど、かっこよかった。

 もうね、赤紫の竜なんてお呼びじゃない。

 いやまあ赤紫の方もクラッシックなドラゴンで味がないわけじゃない。

 場合によってはそっちの方がカッコイイと感じる人だっているだろう。

 が!

 俺は断然後から来た方です!

 ちょっと頑張ったらロボットにもなりそうな感じがたまらない。

 分かるかなぁ、金属っぽい光沢と、鋭角な角に、直線と曲線が絶妙なバランスの装甲!

 プラモ化、はよ!


「かっこ……!? ん、ごほん。そこの奇っ怪な乗り物の中の人間。キサマ、珍しい味の酒と料理を用意すると言ったな?」


 カシャカシャカシャカシャ。


「……人間?」


 白い竜が怪訝そうな声を上げる。

 どうしたんだろう、聞かれているんだから答えればいいのに、ニンゲンさん。


「トウヤさん、聞かれていますよ」


 ……あ、俺か。

 撮影に夢中でそういう意識がすっ飛んでた。


『あ、はい、失礼。いかにもその通りです。ただ酒はともかく料理の方は竜の方を満たせるほどの量はありませんが』

「ふん! どうせ口から出まかせに」

「黙れグロウル」


 白い竜、スヴィアスフィアと呼ばれた方が睨みつけると、赤紫の竜は忌々しそうに舌打ちをする。


「しかしグロウルの言葉にも一理ある。なにせ人間は小賢しい。逃げるまでの時間を稼ぐために平気で謀る」

『逃げずにご馳走するならいかがでしょう』

「ほう? どこかに取りに行くのではなく、すでにそこにあるというのか」

『はい。調理に少々お時間いただきますが』

「ならば……良かろう。その酒と料理を受け取ってから、キサマらの命について考えてやろう」

「スヴィアスフィア!?」


 ギロリ、とスヴィアスフィアが睨む。


「……様。これは俺の獲物です。いくらなんでも、横取りというのは困ります」

「困ればよかろう。それとも? 弱肉強食と言いながら同族には情けを乞うのか?」

「ぐ……! で、では、食べ終わった後は」

「我が気に食わぬ味であったのなら、好きにするといい」

「……分かりました、ちょっとその辺を飛んできます」


 不服そうに言って、グロウルはバサリと羽ばたくと山から飛び降りるようにして飛翔する。

 どうにか話はついたようだ。


『ええと、ありがとうございます。スヴィアスフィア様』

「良い。我はキサマの言う酒と料理に興味があるだけだ。もちろん、珍しい味という言葉に偽りありと見れば、腹いせにデザートとなってもらうぞ」

『肝に銘じます』

「それと、その感謝はこやつに伝えよ」


 スヴィアスフィアが横に移動すると、後ろに隠れていたらしい青い竜が見えた。


「ルルクという、竜の中でも変わり者だ。キサマの酒の言葉を聞いて我を呼びに来たのだ」

「やっ! あの、その、見たことない乗り物だし、グロウルさんみても怯まずに交渉してたので、その、それだけで……」


 なんだか気弱そうな竜だ。

 どうやらこのルルクが俺たちの話を聞いてスヴィアスフィアを呼んできてくれたらしい。

 見れば体もグロウルより小さく弱そうだから、自分では止められないのでスヴィアスフィアを呼びに行ったのだろう。

 良かった、外部スピーカーで交渉したことは無駄ではなかった。


『ありがとうございます、ルルクさん』

「やっ! えと、んと、ぼ、ボクも期待はずれの味だったら、もう知らないし、別に……」


 と言うもののルルクの顔が赤くなっているのが見えた。

 なるほど、竜の性格は色々あるらしい。

 よし、じゃあその期待を裏切らないように頑張らないとな。

 俺は何を作るか考えつつ、まずは酒を用意するためにヴァーハナをトラックに変更した。

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