七日目-4 予定通りと想定外
竜に捕まるまでに使ったMPは30。マローダーで35。
俺のMPは残り77。オプションを使える回数にすると15回。
これで竜が満足する酒と料理を用意しなければいけない。
まずは4回分を酒の用意にあてる。
酒はどれだけあっても多すぎることはないだろうし、トラックで積荷を酒にして出すだけなので考えたところでやることが変わらない。
問題は料理だ。
まず最近良く使っている「運搬トラックのオプション」という抜け道のような手は使えない。
なぜなら料理は食べる直前に作られるからだ。
だいたいが素材、あるいは下拵えの段階で運搬される。
完成後の料理を運ぶ乗り物は、ケータリングの車や出前やピザ配達のバイクくらいだろう。
今回それでは量が足りない。少なくとも俺のMPでは大した量にならない。
MPはオプション起動の回数で消費するので、調理方法としても電子レンジ系は使えないだろう。
大型のコンロや鉄板を用意することで調理のためのMPの消費を抑えるしかない。
しかし竜が相手となるとかなりの量の料理を用意しないといけない。
いつものようにキャンピングカーで調理というのでは時間的に厳しい。
と、言うことで。
メインをおでんと豚汁、インパクト要員にうなぎとステーキという献立となった。
おでんと豚汁は「火にかけっぱなしで良い」のと「酒に合う」の二点が決め手だ。
うなぎとステーキは、俺の主観によるもの。
俺が生きてきた中で初めて食べた時に「感動した」とすら言えるのが、うな重と焼き肉のカルビだからだ。
ん?
じゃあなぜカルビじゃなくてステーキなのかって?
いやぁ、ほら、だって俺、高級和牛のステーキとか食べたことないし。
焼き肉のカルビですらあんだけ美味いんだから、高級和牛のステーキだったらさらに美味いだろうなぁ、と。
それにこの世界には「牛肉を美味しくするために交配から研究する」なんてことはしていないだろう。
竜にとってもインパクトのある味になるはずだ。
さてまずは素材から用意していこう。
おでんは某美味いコンビニおでんの先駆けとなった、あのコンビニの配送トラックだ。
豚汁は毎度お世話になっているスーパーへの配送トラックから野菜と豚肉、それに調味料を調達する。
同じくスーパーへの配送トラックで牛肉を調達。
さらにホームセンターへの配送トラックから炭、バーベキューコンロ、バケツ、寸胴、鍋、竹串、食器類を多めに手に入れた。
オプションは車の中にあると車体の切り替えと同時に消えてしまうので、全て外に出す必要がある。
ヒミナが疲労回復の術を使えて助かったが、それでも四人ではかなり時間が掛かった。
そして難関、うなぎの運搬トラック。
「きゃっ!? やっ! ぬるぬるして、掴めっ! ないっ!?」
「あはははははははは! うお! この!? あははははははははは!」
「んっ……! 皆さん逃げられるのに、なぜ私にだけ集まってくるのでしょう……?」
バケツに移すのに、文字通りうなぎ登りさせられているマリ。
ひたすら楽しそうなアギ。
なぜかまとわりつかれて逆に効率が下がるヒミナ。
ともあれ各々散々苦戦して、この準備だけでもかなり時間が掛かった。
本当はあと一周、それぞれ二回分やりたかったのだが、時間的に無理だと見切りをつける。
またせすぎて竜がしびれを切らしても本末転倒だからね。
量に不安が残るが調理を優先することにした。
まずはヴァーハナをキッチンカーに変える。
ここで手分け。
豚汁は野菜と豚肉の切り方を見せたらマリとヒミナの二人に切ってもらう。
そのあと俺とアギで鍋におでんたねとおでん出汁を鍋に入れる。
バーベーキュー用のコンロを組み立てて、火を付けた炭を入れて、その上に鍋を乗せていく。
あとは沸騰しないようにアギに様子を見てもらう。
そしたら俺はいよいようなぎ捌きRTAの開始だ。
まずうなぎを氷水につけ、その後頭のやや後ろから中骨を断ち、締める。
次に背中を手前にして目打ちしてうなぎを固定、中骨の上を包丁を滑らせるようにぞりぞりぞりっと割く。
身を開いて内蔵を取り除き、中骨を包丁で削ぐように剥がし、一緒に尾も切り落とす。
血合いをしごいて取り、頭を落としたら、腹骨に包丁を入れて、しごく。
だいたい半分に切り分けて、竹串を外外内内と四本刺す。
串は身の真ん中に刺すが、尻尾の部分だけ身が薄いので身と皮の間を通す。
これで蒲焼用の串内うなぎの出来上がりだ。
うん、ネットの動画を見ながらだけど、なかなかうまくできた。
ヴァーハナのオプションである包丁を使っているから、運転LV5の補正が働いているのだろう。
でなければ俺はこんな包丁さばきすぐには出来ない。
あとはこれをひたすらに繰り返す。
すばやく動いていると汗が出てくる。
思わず顔を手で拭いそうになるのを頑張って堪え、タオルを使う。うなぎの血は火が入るまで毒なので、目に入ると危ないからだ。
途中でマリとヒミナが下準備できたので、鍋にごま油を引いて肉を炒め、火が入ったら野菜も加えて油をなじませ出汁を入れ、十分ほど煮たら味噌を入れる、という行程を見せる。
煮る段階になったものから外のバーベキューコンロに移し、外側の弱火部分に置いていく。
俺なしでも問題なくなったのを確認して、再びうなぎの作業に戻る。
ヒミナが手伝うことを聞きにきてくれたので、ステーキ用の肉を切ってもらうことにした。
なにせスーパーへの運搬トラックから出しているので、切り身なわけもなく塊だ。
かなりの量なのだが疲労回復の術もあってヒミナは余裕だという。
さすがは聖皇教会最優巫女、MPの量も伊達ではないらしい。
「まだ、できぬのか」
うなぎの串打ちが7割方終わったところで、スヴィアスフィアが様子を見に来た。
時間を忘れて作業していたが、いつの間にか陽が傾いている。
出来たらいっぺんにドン!と出してインパクトと勢いを出したい。
しかし待たせ過ぎてしびれを切らされてもまずい。
なにせ調理のためにアギとマリは車外のバーベキューコンロに張り付いている。
ブレスを吐かれたら、咄嗟にヴァーハナをマローダーに戻しても二人は助からない。
……説得すべきは、もっとも発言力があるらしいスヴィアスフィア一人。
ならば。
俺は急遽タレを持ってバーベキューコンロまで移動し、うなぎを一枚焼く。
するとぴくりとスヴィアスフィアが反応した。
そうだろうそうだろう。
うなぎは焼いている途中の煙、その匂いにも破壊力が宿る。
妙にそわそわしているスヴィアスフィアに、焼き上がったうなぎを差し出す。
「今準備を切り上げると、これの量が少なくなるんです。それでもよければ早めますので、味見をどうぞ。あ、串は取り除いて食べるものです」
「ふむ」
すると差し出したうなぎが串からするっと離れて宙に浮かび上がる。
そしてそのままふよふよと飛んでいき、スヴィアスフィアの口の中に入っていった。
なにかの魔法なのだろうか。
確かにあの巨体だと細かいことをするのにはそういう魔法が必要なのかも知れない。
「……ふむ」
「時間、早めます?」
「いや、待つ。だから量は減らすな。むしろ増やせるなら増やしてくれ」
こうかはばつぐんだ!
俺は頷くとうなぎの串打ち作業に戻った。
結局、全ての料理が揃ったのはとっぷりと日が暮れた後だった。
おでん、豚汁、ステーキ、うなぎ。
ステーキとうなぎは焼き立てが美味いので、ある程度数が揃ってからは現在進行系で焼いている。
ちなみに今焼いているのはマリとヒミナの二人だ。
どうも車から離れると俺より二人の方が上手いみたいだから。
うん、適材適所の結果である。
別に楽をしようなんて思っていない。ほんとに。
その証拠に俺とアギは酒類をトラックの荷台から四車両分ほど荷降ろししていた。
ちょっと背筋がぷるぷる震え始めているのには、苦笑いするしかない。
「ではみなさん、お待たせしました」
俺の言葉に合わせて、ずらりと並んだ竜たちが俺を見る。
……え、増えてるんですけど。
グロウル、スヴィアスフィア、ルルク、その他にも8頭ほど。
「いやあ、ちょいと周囲を飛んでいたら顔なじみがいたからよぉ」
意地の悪い顔でグロウルが言うと、他の8頭もニヤニヤと笑う。
「疑うわけじゃねぇーですけど、さすがにこれだけいたら約束は守ってくれるでしょう? スヴィアスフィア様」
「……無用だと思うがな」
スヴィアスフィアはつまらなさそうな表情で嘆息を漏らす。
なるほど。
スヴィアスフィアが約束を守らずゴリ押しで俺たちを守るかも知れないと、そう思ったわけか。
だからそれをさせないために仲間を集めた、と。
なんという執念……素晴らしい、感動的だな。
だが無意味だ。
俺はスヴィアスフィアの様子を見て確信する。
先程の「無用だと思うがな」という発言は、不正をするつもりはないという意味にも取れるが、俺には別の意味に思えた。
すなわち「お前のあれを味わえば納得するだろう」という、うなぎを味見したことからの予測だ。
俺自身も焼き上がったうなぎを味見したが、自分が作ったとは思えない専門店の味が再現出来ていた。
やはり俺の選択に間違いはなかった。
世界でも最高峰の食文化を持つ日本。
その中でも美味いもの五本の指に入るだろううなぎは、この異世界でも破壊力抜群だ。
「では、参加者が増えたので量による不満は言わないでくださいよ」
「ああいいぜ。量にはな」
くっくっくと悪そうに笑うグロウル。
その余裕、いつまで続くかな?
俺は余裕の笑みが零れそうになるのを堪えつつ、前に出て料理の説明をする。
「では、説明を。こちらはおでんと言います。中まで熱が入って人間だと舌を火傷することも多いのですが、みなさんには無用の心配でしょう。こちらの辛子を使うとまた一味変わります。お酒に合うのでそちらと一緒に。こちらは豚汁と言って、本来汁物なのですがおでんもあるので具沢山の煮物に近い状態にしてあります。こちらも七味唐辛子を入れると一味変わりますので、お酒と一緒に。うなぎの蒲焼と牛肉のステーキは特に言うこともありません。私の故郷の高級食材を使用しているものです。では、ご賞味ください」
言うが早いか、うなぎがごっそりと持ち上がる。
運ばれていく先は、スヴィアスフィアだ。よほど気に入ったらしい。
竜はみんな似たようなことが出来るらしく、用意した酒やらステーキやらもふよふよと宙を飛ぶ。
「……うまっ!? なんだこれ、柔らかくも歯ごたえがあって、色々な具材があるな!? 染み入った汁以外はまったく別々の味だというのに、妙な統一感があるな……そして酒が進む!」
あの竜はおでんを食べたのか。うお、辛子ごっそり持っていったけど大丈夫か!? あ、ちょっと涙出てる。涙腺あるんだな。
「こっちの豚汁というのもだ。豚は食ったことあるがこんな味はせんかったぞ! 甘みと塩味が丁度良く後を引く味だ」
「なんだこのステーキの肉は!? 口に入れたら溶けたぞ!」
「もう酔ったのか? 肉は焼いたら固くなるのだ、溶けるわけが……溶けたぁ!」
「この蒲焼というのも、ふっくらとした身にあましょっぱいタレ、そして脂の旨味がたまらんな。この瓶に入っている酒によく合う!」
「あ、こら、キサマら、途中参加のくせにがっつくな! 特に蒲焼は我が多めにもらう!」
「酒も美味いぞ!? なんだ、飲んだことのない種類もあるな!」
「これは果実酒か? しかしこの深みと味わい、飲んだことがないぞ!」
「くおお! なんだこの酒、酒精が強い! 火が付きそうなほどだ!」
料理と酒が飛ぶように、というか実際に飛び交いながらなくなっていく。
追加の蒲焼とステーキも出来上がるそばからすぐに誰かの口の中へと消える。
結局は酒も料理もあっと言う間になくなってしまった。
スヴィアスフィアが俺を見つめてくるが。
「用意した材料は全部使い切りましたよ」
「むぅ」
少し不満そうだったが、その視線は俺にではなく増えた8頭に向けられた。
8頭は全員さっと視線を逸らす。
「で、どうです。約束を守ったということで解放してもらえますか?」
「ぐ……」
グロウルは悔しそうに唸ってから、周囲の8頭の竜へ視線を向ける。
しかしその8頭が揃って首を振った。
美味い美味い言いながら食べてしまった手前、認めざるを得ないと言ったところだろう。
「異論はないようだな」
スヴィアスフィアが確認するが、誰もなにも言わなかった。
ふぅ。
一時はどうなることかと思ったが、助かった。
特に量の面は難癖を付けられるかも知れないと思っていた。
それをグロウルが余計な8頭を連れてきたおかげで、逆に言い訳出来るようになったのが大きい。
自分の小細工が裏目に出たと自覚しているのだろう、グロウルは不機嫌そうに尻尾をびたんびたんと地面に叩きつけている。
「仕方がねぇ。今回は見逃してやる」
やった。
俺は拳をぐっと。
「だからルルクぅ、てめぇに決闘を申し込むぜぇ」
握ろうとした瞬間に、グロウルがそんな物騒な言葉を口にした。




