幕間-救世主伝説の始まり
「あれが例の神器持ちですか」
瞳夜たちの姿が見えなくなってから、男たちの一人がコルネドに声をかける。
「ああ、そうだ。納得しただろう?」
コルネドの言葉に、男は頷く。
「ええ、とんでもない規格外ですね。あんな方が商売敵になったらと思うと、ゾッとしません」
言葉だけではなく男はブルリと体を震わせる。
彼はこの街で最も大きな運搬業者の現場主任である。
今日は商人組合から「極秘の取引に人手が足りないため、口の固いメンバーで協力して欲しい」との依頼を受けてやってきた。
その際に相手が絶対に喧嘩を売ってはいけない相手だとは聞いていたが、なにかの冗談だとばかり思っていた。
最大手というのは伊達ではない。
また魔王領との最前線に位置するサンテラにおいて、運搬を担うというのは他の業種にはない強みだ。
商人組合を軽んじるわけではないが、この街で喧嘩を売ってはいけない相手など聖皇教会くらいなものだろう。教会が相手ならば、そもそも喧嘩を売るはずがない。
だからその注意は実に無意味なものだと思ったのだ。
教会に喧嘩を売るはずがないし、教会以外に喧嘩を売ってはいけない相手などいるはずがない、と。
実際にその目で見るまでは。
「あんな巨大な乗り物が一瞬で消えてしまうなんて、そりゃあ神器でもなければ無理でしょう。しかもなんです、あの量のじゃがいも。いったいどこから買い付けたというのか」
規格外。まさにその一言だった。
指定の倉庫にあったのは、巨大な車だ。
車だが、馬車ではない。
それはほとんどが金属で出来ていた。想像できる重量を考えると、とても馬が引けるものではない。
だがあれは乗り物なのだ。
素材不明の大きな車輪がそれを表わしている。
動力不明だがアレは「動く」と現場主任は推測していた。
「言わなくても分かっていると思うが」
コルネドが珍しく鋭い目つきで見据えた。
それに現場主任は分かっていますと首肯して見せる。
「ええ、組合長。このことは絶対に口外しません。我々とて、この街の現状は理解してます。むしろ、彼だけは絶対に守らなければいけないでしょう」
「その通りだ。この街でまだ暴動が起きていないのは、率先して教会関係者が犠牲となってくれているからだ。だがそれは裏を返せば、死んでほしくないような人格者から減っていると言い換えられる。おそらく今がギリギリだ。ここを越えたら、もう円満には立て直せない」
コルネドが救世主だと言ったのは誇張でもなんでもない。
このままではサンテラの街は機能不全に陥り、魔王軍が本格的な侵攻を開始したらろくな抵抗も出来ずに陥落してしまうという未来がかなり現実味を帯びてきていた。
「私は、彼が神から遣わされたと言われても信じるよ」
コルネドの口調は軽かったが、表情は笑っていなかった。
それに現場主任も同意する。
「教会も表立っては否定しないでしょう。いや、積極的に認めようとすらするかも知れません」
むしろなぜそうしないのか。そちらの方が不思議でならない。
彼には何か秘密があるのだろう。
聖皇教会すらうかつに手を出せない、なにか。
それを察すればこそ、現場主任は瞳夜に楯突いてはいけないと確信していた。
そしてひょっとすればそれこそ、彼が真実神の使わされた使者なのではないか、とも。
「そうだな。ともかくこれでようやく私も仕事が出来る」
嘆息混じりのコルネドの言葉に、現場主任は首を傾げた。
「仕事は今もしているのでは?」
「打開策という意味で、だ。農家が過剰に売り控えしているのは、自分たちが食べる分が確保できなくなるかも知れない、という恐怖心からだ。しかしその不安がなくなれば?」
「なるほど、今までは実際に食料不足でその説得が出来なかったのが、今回の仕入れでそれも出来るようになる、と」
現場主任の言葉にコルネドは頷き、強く拳を握る。
「今まではこれでもかと煮え湯を飲まされ、自身の無力を嘆かされたものだが、ようやくだ。だから、一刻も早い解決のためによろしく頼むぞ」
「分かりました。口の固い人間ってことでこれだけの人数ですが、組合から各地の販売店への運搬はフルメンバーでやらせてもらいますよ」
「助かる。ではまず残りのじゃがいもの運搬からだな。さあ、運ぶぞ!」
倉庫に馬車が戻ってきたのを見てコルネドが号令をかけると、応っ!という力強い返事が倉庫内に響き渡った。




