四日目-2 はじめての引き渡し
やってきた南の農業区画というのは、北とは打って変わって開けていた。
北の門側は民家がずらりと立ち並んでいたのだが、こっちは見渡す限り畑、畑、畑だ。
なるほど確かに農業区画だ。今は収穫直後なのか作物はなく、人の姿も見えない。
南西の方まで行くと牧場もあるらしい。
案内された倉庫は、街の中央から南へと伸びる一本の大きな通りに面した場所にあった。
畑から倉庫、倉庫から北へと運びやすいように、南門との中間地点に作られたのだとか。
コルネドが言う通りかなり大きく、トラックでも四台は余裕で入りそうだ。周囲の人通りもほとんどない。
俺はセグウェイで中に入ってから、スライド式の大きな倉庫の扉をガラガラと閉じていく。
「俺がまた出てくるまで、中を覗かないでくださいね」
閉じきる直前にそうお願いする。
どこの鶴の恩返しだろうか。
ふとそんなことを思ってしまったが、コルネドは素直に了承してくれた。
扉を閉じきって、一度周囲を見渡す。
採光窓から差し込む光があるため真っ暗ではない。人もいないようだった。
一応アギとマリにも手伝ってもらって覗き穴のようなものがないかも確認する。
……大丈夫みたいだ。
「それじゃあ、と」
俺は倉庫の中央でセグウェイに乗って、変更するトラックをイメージする。
大きな4tトラックで、積荷は……日持ちするって聞いた覚えがあるし、じゃがいもでいいだろうか。
煮ても焼いても食べられるし、どこか主食にしている国もあった、よな?
ふわり、とまた摩訶不思議な感じでセグウェイが4tトラックに変わる。
俺は立っていたのに、いつの間にか運転席で座っているのだからなおさら不思議だ。
外に降りて貨物部分の扉を開く。
そこにはまるで壁のようにダンボール箱がそびえ立っていた。
よし。
俺は倉庫の扉を開く。
「どうぞ」
「え、もうですか?」
予想よりも早かったのだろう、驚いた様子でコルネドは中に入る。
「うおわっ!? なっ、ななななっ!? こ、これは……そうですか、これが噂の神器ですか。なるほど、これは奇っ怪だ……」
薄暗がりで巨大なものを見たので驚いたのだろう、悲鳴のような声を上げたものの俺が諌めるまでもなくコルネドは落ち着きを取り戻す。
「こちらです」
俺が貨物部を案内すると、おっかなびっくりと言った様子で中に入る。
「これは……箱ですかな? 木箱ではないようですが……中身を確認しても?」
「もちろん」
「では失礼して……むっ、思ったよりも重いですね……おお、これはぎっしりと中に詰められている、重いわけです。じゃがいもですね。もう少し北に行った涼しい地方で良く見かけます。しかし……まさか、ここにある箱、全てにこれだけぎっしりと入っているのですか?」
「そのはずです」
「なんと……トウヤ様!」
ガシッ! とまた両手で手を握られる。
「貴方は救世主だ! 素晴らしい! この感激、この感動、この感謝! どのように表現すれば良いのでしょう! ああ、神よ、なぜ私を女に生まれさせてくれなかったのか! この思いをキス以外で表現する手段を私は知りません!」
「け、結構ですよ?」
「もちろん! 私のような男にキスされても嬉しくありますまい! しかし! これはいやはや、しかし!」
興奮冷めやらぬ様子でコルネドはひとしきりはしゃぐと、こうしてはいられないとばかりにダンボール箱を外に運び出す。
それを俺とアギ、マリも手伝う。
量が量なのでなかなか大変だったが、途中で手配していた人手の屈強な男性が十人ほどやってきたので助かった。
だいたい15分ほどで全てを外に移すことが出来た。
その頃には商人組合の馬車が四台ほどやってきていて、今度はそちらへの積み込みが始まる。
さすがにそっちは手伝わない。
だって既にちょっと腰にキてるし。
「ではトウヤ様、おいくらほどでしょうか」
「え? こちらが値段を決めるのですか?」
「もちろん法外な価格でしたら交渉させて頂きますよ」
「なるほど」
これは俺がどんな値段をつけるかで商人や人としての資質を見定めるためだろう。
もちろんある程度高い値段でも言い値で買う、という意思表示でもあるだろうけれども。
商人組合を訪れる前にマリに聞いたところ、共通記念金貨というのはだいたい一枚で20万円相当のようだった。
そして元の世界のじゃがいも10kgを千円程度で買える。今回は2tのじゃがいもだから、千円の二百倍で20万円。
奇しくも丁度共通記念金貨一枚だ。
「共通記念金貨一枚でいかがでしょう?」
「トウヤ様……貴方と言う人は……」
呆れたような声を上げるコルネド。
え、なに、高すぎた?
そりゃあ消費者価格だもんなぁ、10kg千円って。
今回は卸しなわけだし、やっぱりふっかけ過ぎ──
「いえ、分かりました。では不足分はいつか必ず、お役に立つことで返させていただきます」
「えっ? 不足──あ、はい。うん。いや、お気になさらず」
逆だったらしい。
考えてみたら餓死する人が出るレベルの食料不足ってことは、庶民じゃ買うことすらままならないほど高騰しているのか。
でもまあ元手がタダだし。
本当はもっと安く売りたいし、なんだったらこの場ですぐにヴァーハナを別のトラックに変えて追加で売りたい。
けどさすがにそれはヴァーハナの能力があからさまに分かってしまう。
こっちとしてはこの価格でも心苦しいのだ。
元の世界とほぼ同じ値段、という免罪符がなければやってられない。
「では記念金貨一枚で……それとも金貨十枚の方がよろしいですか?」
「あ、はい、それで」
20万円札と2万円札なら、後者の方が使いやすいに決まっている。
「分かりました。では後ほど、お手数ですが商人組合にまでお越しください」
「そうします。あ、そうだ。それと聞いておきたいことがあるんですが」
「なんでしょう?」
「この街の人ってお米食べます?」
「米……ですか? いえ、あまり見かけないですので」
「じゃあ、何人か物覚えの良い人を、料理人だとなお良いので、集めて貰えますか? 明日か明後日くらいに」
「はぁ……出来なくはないと思いますが、なぜです?」
うん。
今回はよく分からなかったのでじゃがいもにしたけれど、個人的には主食と言えば米だ。
そして米なら日持ちもするし、炊き方を覚えればじゃがいもより食べやすいだろう。
トラックに積まれた商品の米を出せば精米済み。皮を剥く必要もない。
食べる習慣がないなら炊き方も一緒に普及させてしまえばいい。
ビニール袋はさすがにアレだから米俵だけど。
「もしよければ、明日に米をご用意出来るのですが」
ガシィ!
「トウヤ様!」
「あ、はい、分かりました。大丈夫です。なのでほら、コルネドさん、周りの人が見てますから、ね?」
この分だと明日も手を握られそうだ。
別に嫌だというわけではないけれども、こうも大げさに感動されると気圧されてしまう。
俺はなんとか笑顔を保ちつつ、じゃがいもを積んだ馬車が走っていくのを見送る。
それからコルネドと残った男性陣に一度倉庫から出てもらう。
本当はみんないなくなってからが良かったのだが、2tのじゃがいもを馬車四台では運ぶのには何往復かしないと無理なようだ。
全て運び終えるのには時間が掛かってしまいそうだった。
それまで見ているだけというの退屈だし、やってきた男性陣は信用出来る面々のはずなので、大丈夫だろう。
倉庫の扉を閉じて、トラックをセグウェイに変える。
また倉庫の扉を開いて。
「ではコルネドさん、また明日」
「はい。是非よろしくお願い致しますね、トウヤ様」
深々と頭を下げるコルネドに手を振りつつ、俺はセグウェイを走らせる。
コルネドの周囲にいた男性陣は口をあんぐりと開けて俺を見送っていた。
そりゃあなぁ、セグウェイなんて元の世界でだって見かけたら好奇の目を向けられるもんな。
いわんや異世界である。そうなるのも仕方がないだろう。
とはいえこのセグウェイ、便利は便利だけど、この状態だとアギとマリが小走りでついてくるのがちょっと罪悪感がある。
もうちょっと適当な乗り物を探してみるべきかも知れない。
……いや?
考えてみたら馬車で良くないか?
女神様は非推奨って言ってたけど、どうせもう一度馬車にしてしまっているし。
なんで今まで気づかなかったんだろう……アホ過ぎる。
俺は自分自身に呆れつつ、倉庫を後にした。




